本田一楊  (モダニズム短歌)

 

 

・天使の翼といふ兒をきけばいちじるき襤褸(らんる)ひかれる孤兒なりしなり

・足萎えの幼女もの言ふ陽のおもて冬ながらやはきその髪(かむろ)のひかり 

・み使いの鳩とぶべかり幼ならの孤兒ならなくて神を知りそむ

・鐵の門日もすがら乗りて搖れる兒の呼べばこほしか靑き雲まで 

・尼僧語る花さざんかはしきりなりイタリヤの言葉に散る夕まぐれ

・忘却のかへりくる日か坂駈けて自轉車(くるま)の銀ベル鳴らし疲るる

・石甃春冷えいまだ花ばらの壺もつ聖女をつむらせにけり

・幼きは聖徒(そう)にいだかれ陽の中の石段(きだ)くだりくる羶(けがれ)すらなき 

・鐘なりぬ兒らは駈けつつ手がいくつさむざむとして夕空にあり 

・誰々の罪ならねども鞭うたる無名の母も見ゆるなりけり

・まして冬象りてゐし色彩のうすれゆくみればたのむこころか 

・神は我いのちをよぎる色硝子あはれひかりくだけて踏みあへぬなり

・アシジ・フランシスみなし児らねむる罪なくてそぞろひさめの夜の額(ぬか)あかり

・神はわがいのちをよぎる色硝子あはれひかりくだけて踏みあへぬなり

・抱卵のわた毛と雲と合歓の花おもひほほけてひとによりゐし

・契りし日(ひる)も花がくれしを御身ひとりやつるるといふやしかと手をとれ

・あをぞらはかぎりしあらぬかなしみのかへりつつちるつばくらもみゆ

・靑空にゆれやまぬ樹樹の映る日のしらざりしけふ海までが雨

・山躑躅みあぐるときをうなじより日はかへりくる晴天なりし

・都より風にし遣らばつたへてむ流るるは人、雲と候鳥

・昼の靑しづみしあとのみをつくしくみもつくさむ水脈(みを)がかなしも

・ゆきずりの花もともしきうつつごと苦しみといふはこんなことでなし

・万象の水面(みづも)をすぎる秋にみゆあれオフェリヤか群るる盲龜か

・ここに眞白な花とほほけて死ぬるとも復活の日の血など湧くなゆめ

・砲煙のあはれ名もなき草のわたとびちれやちれ雄たけびのごと

・さかんなる花の占めゐし空と思ふあとかたもなくひびきやみぬる

・愛著のところきらはぬやつれさへ心(うら)滿たし浴みる日(ひる)の落葉に

・冬の夜の一座の花の翳もつは単彩といふにあまりありけむ

・いのちたとへばちりぬるきはも散る花の綺羅しづもりてあらばさやけみ

・花と火とおよそ歓呼の列なしてゆけば極まる身のさぶしさか

・世世の花ひかり惜しみて咲くといふわが名象(かたど)れる花わかなくに

・ひとりしてつむれる夜の靑春の音たてて過ぐ神速なりし

・母となる罪咎なくに冬棕櫚の花かくろふるかくさふべしや

・昨日(きぞ)の花おとせしはしらじあの風のひるがへるなべ誰の凱歌ぞ

・紅(あけ)の花のまはりにこむる陽とみしが血のごとくかわき終ることなし

・五月きぬもろ葉展ごる下にゐてなほ靑き翳ひく身か樹樹と

・祭きてふるさともなき日ながらのあやめ咲くとふあはれなるかな

・花かつみいつみき古歌のとほきより血にかよひゐて五月なりけり

・麥秋やあまねく草に伏す風の興亡もみゆ吹かれてゐたり 

 

 

モダニズム短歌 目次

 

 

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赤い作曲  石野重道  (稲垣足穂の周辺)

『彩色ある夢』1983年版より 

 

深夜 モモ色のカーテンを窓におとして、未来派の作曲者L・O氏は、ピアノの前に居るXXXX


古への、サラセン帝国の蒼空と尖塔に乱れて、深紅のストツキングが、騒音と、怪韻に舞踊をする
 無数の音彩が、正乱として不正のうちに凝りつゝ──ギン色の月に、一杯になるとXXX、
 月は静に柔かく 星の彼方に狂ほしくも美しく、白いひかりをたれて居る


──サラセンの星月夜
白馬にエビ茶の帽子の王様が、赤い服をきて、──豆の精やヒナゲシの実や フエアリーや、
コボルトをともなつて、月に向つて馬を走らせる


L・O氏は、立ち上つて、ムラードを口にくはへて煙を吐いたのである──

 

 

 

 

 
石野重道 キヤツピイと北斗七星
石野重道 聳ゆる宮殿
石野重道 廃墟

  稲垣足穂の周辺 目次

廃墟  石野重道   (稲垣足穂の周辺)

足穂「黄漠奇聞」の元になった作品。

足穂がその構想を話したら石野がこの作品を作り、それをベースにして「黄漠奇聞」が書かれたと云われている。

 (『彩色ある夢』1983年版より)

 

 

 

 

はてしなき砂漠である。 太陽があかく砂から昇つてさうして砂のなかへあかく沈む。── 風が砂を小山にしてはまたその小山を平にして過ぎ去つた。 死の寂寞がそこにたゞひとり住まつてゐた。


その砂漠のはてに、大理石の王城がある。 高い櫓に、青地に黄金の三日月を染めた旗が熱い風のうちに翻つてゐた。 バブルクンドの城と呼ぶ──。
自然が蓄へた総ての美と智識とを借り尽してつくつた王城である。 七つの大理石の門と、一つの金の門があつた。 金の門の扉を開くと、金と鸚鵡緑で作くられた王の居室であつた。
白金と金剛石の玉座が正面にあつて、金と鸚鵡緑の鏡のなかに玉座の影を、鐫めてゐる。 象牙の円柱が立ち竝んだ室である。その円柱には細かく彫刻が施こされて、龍涎香 蘆薈 丁字が薫る。──綾羅の衣を纏つた七人の妖美な侍女と、山野の珍味を夥しく食卓の上に置き陳べ、副卓には様々の美酒の罎の影は、白昼に異らぬ蠟燭のひかりに暗いのであつた。透明な紫水晶で作くられた砂時計のなかには、金剛石の砂がたへまもなく落ちて、蠟燭に煌めいた。
──かくて王は、酒を酌みつゝ夜を明した。 さうしてその美酒と珍味は、日毎異らぬものとてはなかつた。


宮園に、宝物を蓄へた庫がある。
庫のそれぞれの門を押し開くと、金剛石 碧玉 瑪瑙 紅の瑪瑙 黄玉 紫石英 紫玉 黄玉猫兒丸 白金 溢るゝばかりの金塊と銀塊、そのほか見も知らぬかずかずの宝石がある。 薔薇 白百合 白頭翁草が咲き敷かれて、薫り鼻を撲つ園生の中に、青い鳥 紅い鳥 白い鳥が、たへず歌ひつゞけて花から花へ移つてゆく。
名さへ知られぬ四季の果実の、枝に満ち満ちてゐる園に、籠もつ人もないのである。 しかも王城のなかには、あらゆる方面の学術を窮めた学者達が、──日夜新しい発見を為しつゞけるのであつた。


吹く風は、バブルクンドの結構を斯くこそと、つたへて行つた。 赤い帽子に青い服のキヤラバンの群が、駱駝の脊に砂漠を辿つて、四方から宏壯善美の憧れの王城へと、集まるのであつた。


或宵、王は青旗の翻つてゐる櫓に出でゝ、天上の星に勝つて輝やくバブルクンドの権勢と光輝を、心高らかに見まはしつゝ、軽く悦に入つてをると、ほのあかい西空に浮びいでた三日月が瞳に映つた。
さうして王の顔は颯 と変じた。
夜の蒼空の宝石を、総て固め尽したかの如く三日月は、超然として冷やかに、腹立たしくもバブルクンドを見下してゐる──。
短慮な王は、バブルクンドに勝つて輝いてゐる三日月を、怒りの形相すざまじく、焦立たしく凝めてをる。──
さて何らかを思ひ決めたかのやうに、学者達を召しよせた。 学者達は王の前に跪いて、さうしてたゞならぬ王の気色を読んで恐慌として、召し出されたことの由を訊ねた。
王は声音いと荒らかに三日月を指し示して、  
 かの三日月、かの三日月は、バブルクンドの光輝を落す為めに現れた悪魔の変姿である  御身達は、直ちにかの三日月と等しき形と光茫を放つものを創り、そを八方より眺め得るやう青旗に彫み入れ、いや増にバブルクンドの光輝を保たねばならぬ。
学者達は頭を持上げて西の空に見入つた──。
窈窕とした美女の眉にも似かよふ三日月、しかも金色に姿を見せて、──早や果なく遠き地平線に片割れのみを殘して消えかゝつてゆく──。あたかも世になき王のこの怒りから、静かに逃れんとするやうに──。
学者達は、王の平常を知つてはゐるものの霊のぬけ出ずるばかり美しい三日月の姿に、王の此の言葉は、地獄の業風とのみ聞きとられた。さうしてしばし黙してゐた学者達は、王の変つた顔色にやむを得ず、
 仰せ、かしこみ奉る
と、こたへて愴惶と退いた。


学者達は、空しきことゝは知つてはゐたが、若しや三日月に等しきものが創られないであらうかと、見えない糸の望みに王の厳命黙し得ず、頭を搾つた。
程経て、総ての研究が成り立つた時、彼等は王の焦望と、研究の結果を引き比べて太息を吐きつゞけた。如何に学者達の力の結晶でも、進歩せる科学の力とはいへ、天空の三日月に等しきものは決して創ることが出來なかつたから。
まして八方から眺め得る三日月を青旗に輝かすことは、更に空しき火の如き望みに過ぎなかつた。
学者達は、そのことの由を細かく王に告げねばならないのではあつたが、短心一徹な王に、そのやうな答へをするならば──と、心を病むのであつた。或は身の生存をさへも疑はれて、身を縮ませてことの運びの行先を憂へた。


西のはてに、蒼い空に、黄金の小舟が浮ぶ、王は、異様な目付きに凝めつくすのである。世に、求むることのなきまでの王は、──蒼空から三日月を抜き取ることは適はないことであらうか、さうして青い旗の中に入れることは、為し得ぬものなのであらうか、と、焦燥と激怒のあかく燃え立つとともに思ひつゞける──。
学者達は三日月に等しきものを創つたであらう、またその三日月は、八方に輝いて、蒼空の三日月は恥ぢてその姿をかくすであらう、と僅かに心を止めて、彼らの來ることを待つた。 期してゐることではあつたが、底知られぬ怖に、青白く戦慄く学者達は、召しに応じて王の前に頭を垂れた。
 やよ 御身達は、最早や三日月に等しきものを創つたであらう、──

と、学者達を見まはしつゝ、激く言葉を吐いた。
あはれな学者達は、ひたすらに頭を垂れて云ひよどむだ。
さうしてそれとなく互の横顔を見合せては、王に答ふることを、譲り合ふのであつた。
その有様を不思議に見守る王は  
 何故 かくも云ひ躊躇ふのであるか、御身達の学識は、吾も疾くより信じて疑はぬに、
──三日月は如何致したるか、して八方より眺め得る──。
と 云ひ寄つた。
──今は逃れられぬ所と諦めて、ひとりは、自ら、身を限りなき苦悩の淵深く入るゝ思ひに、死人の如く進みよつた。  

 王よ、日輪よりも輝く王よ、その名をたたへぬ草木とてもなき王よ、  
こひねがはくばあはれとおぼしめせ、
王の僕どもは、王の命によりて日となく夜となく三日月と等しき三日月を創ることについて考へ、焦り、頭脳もために失せんばかりに研究を爲しつゞけたのではありました。──  
しかも如何なる科学力を用ひるとても、バブルクンドの財宝を覆すとても、──  
それは、秘めたる深い嘆息を疾風に向かつて洩すに、異らないことでありました──。
王よ、わが王よ、  
ひとへにその烈しき御こころを戻し給ひ、浩大の御慈悲をもつて宥させ給へ、


さて、身もあらぬ思ひに王の面を伺つた。──
その面は見る見るうちに変つて行つた。短慮の王者は、絶望より生じた激しき心に、自己を忘れはてゝ憤怒の外は胸になく、直ちに部下に命じて学者達の命を断つてしまつた。さうして、このうえは三日月と等しきものは創れないのであると考へた王は、かの三日月をとりはずしてバブルクンドの青旗に彫み入れたひとの念が、沸きかへつてその念は刻々勢を加へるのみであつた。


一夜 バブルクンドの王は、麾下三千を率ゐ砂塵を蹴立てゝ、とりはづしてもちかへるために、三日月に向かつて突き進んだ。──西の山の上には、ぼんやりと黄金の筆に画かれたるが如くあつた。──
山の上には、軍馬に跨つた武者の影が黒い怒濤のやうに動いて、三日月の光りに影のなかは時として甲冑が強く煌いた。
さうして、黄金の櫛を差し向けたに同じく、数々の槍が三日月の真下にあつた。 王は、馬の脊に鐙を踏んで立ちのびつゝ片手に槍を高く 高く差し挙げて──、三日月をとりはずした──。
──満足に打ち慄へる両手に、近従の捧げてゐる、青い凾の中に三日月を納める。


王と三千の麾下は砂漠に入つた。踏み残しておいた馬足を、風がもち去つてしまつた。白く睛れた空と、はてしない砂原が目に映るのみである。幾日も 幾日も、王は砂のなかにさまよつた。
あてもない砂と、白い空の地平線の上に、遠く吹き送られる砂のあひま あひまに、僅かに蒼い空が見えた──。


 それは丈高き大理石の廃墟である。
時の流れに変りはてたバブルクンドの城址であつた。
半ば砂に埋れて、苔の生ふる大理石の円柱が物凄く竝び、古びた象牙の円柱に、細かにも美麗な彫刻が残つて──曾ての宏壮華美を物語つてゐる。
王は、その前に力なく跪いた、
さうして蒼い函を開くと、三日月の形に殘こつたキイロイ細かな砂が……その形を毀して、王の手に、バラ バラ と音もなくこぼれた

 

 

 
石野重道 赤い作曲
石野重道 キヤツピイと北斗七星
石野重道 聳ゆる宮殿

 

稲垣足穂の周辺 目次

キヤツピイと北斗七星 石野重道  (稲垣足穂の周辺)

『彩色ある夢』(1983年版より)

さすが、稲垣足穂の盟友というべき作品。

 

キヤツピイは、リンゴの頬の、キイロいネクタイの少年で、夜芝生の上に、腰を下ろして休んでゐた。あたりは静であつた、キヤツピイは星を眺めてゐたが──からだを三つの弓にして、長いアクビをした。
刹那、ガチリと、白いものが口に入つて大方ノドにゆきかけたので、いそいで立ち上がつて、涙を出して、思わぬ迷惑をしてその固いものを吐きだすと、ポンと、芝生に、ころげ落ちた。
 目をこすりながらキヤツピイは、よくよく芝生の上を見凝めると、それは、空から落ちて死んだ北斗七星の一つであつた──から、その夜は、北斗七星が一つ足りなかつたのである。

 

 

 

石野重道 赤い作曲
石野重道 聳ゆる宮殿
石野重道 廃墟

 

 

 稲垣足穂の周辺 目次

PARE SSEUX MERITE (怠惰な偉勲) 星村銀一郎   (稲垣足穂の周辺)

 

 

勲章を吊げた天使は劇場の煙突掃除をしてゐた時に黄昏の魚の跫音がした。魚は綠色の腦膸を映寫する故に私は小鳥の睡眠する海へ逃亡する。
午後は憂鬱の海の園丁の頸に波斯猫の眼を燃やす斯かる永遠の瞬刻に於て私は女優の肖像を崇拝する。それを知つた女優は碧玉の林檎の上に琥珀の夢を垂れる、その裡に流れる理髪師の肖像。腦膸を黒壇の日傘に廻轉して、女優は夢を喫煙する、女優は時計に灯をつける、女優は衣裳に眉を描く。

勲章を吊げた天使は劇場の煙突掃除を終へたのを知らないでオカリナを吹く。ステージに眠つてゐた女優は睡眠の房を垂れて帯劔する、黄昏の白痴の假面は女優の魔術のための衣裳に過ぎない。

私は花嫁の鱗を剝いで螺旋階段に翼を擴げる、けれども日傘は廻らない。女優の脚が戦慄する、花瓶の足が廻轉する、小鳥の足がが魔醉する。

勲章を吊げた天使は劇場の煙突掃除をしてゐたのは黄昏の脚の降りるのを知らない瞬間の現象に足りない。それを知らない天使の首環は金魚の眼球であつた。私は嘲笑して潜水する、女優は昇天する、リラの唇が散る、綠の毛髪の影の展望は白鳥の胸毛の上に落ちる。斯くて薫るマグネシユームの薔薇を抛げるものは女優の頸と首を賞讃する私の影像にすぎない。天使は激しく嘲笑して足を曲げる、腕を吊るす、硝子の雨、香水瓶の太陽化粧の悲哀。あゝ!シヤンペンの栓のシヤンペンの色彩の影、私は怠惰な偉勲を稱揚する         MARS

 関西文藝  第5巻8号 (関西文藝協会1929年8月)

 

 

 星村銀一郎 水夫とマルセイユの太陽

 

稲垣足穂の周辺 目次

草飼稔 Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

・虹のきものの女の子
  きみはみ空のお人魚
  散つて消(しま)つた うろこ雲

・しやぼん玉
  しやぼん玉の偽のない色は
  稚(ちい)さな音で そのやうに消えた。

・びい玉 びい玉 
 稚い夢のきれぎれを
 さまざまな色の 絹絲にむすんだ。

・おもひ出は ゆめと うつゝの
 格子縞のつゝ袖を着(つ)け
 わたしを取巻く

・きみの掌(て)に 掌(わたし)をくんで
 掌(て)すぢの鳥籠をつくつてた
 ふたりは小鳥

・繪封筒
 あなたの頬を ぬけてきた
 泪のにほい 薬のにほい

・にほいのない花 散らぬ花
 あなたの頬は
 造花(かみ)の薔薇

・掌(て)の水溜
 魚の目ばかり 流れの雲うつした

・頁のない本の中に
 誰れも讀めない文字になってゐる
 わたし

・この徑は どこまで歩つても
 鵞鳥の聲がゆく先にゐて
 常に顔を歪めてゐる

・雲の背中の 何がわたしを招(よ)ぶのか ふり仰ぐ前額は 動かぬ雲の色をしてゐる

・白い葩のやうに 掌(てのひら)をくむ あなたは わたしの温室(へや)で 咲いたかのやうに

・わたしの胸が あまり狭すぎて
 小鳥よ
 おまへはすつかり 羽を傷(いた)めた

・カタカナのやうに 稚(ちい)さな指は
 純(ただ)しく編(く)まれてゐた
 わたしの少年

・暗い言葉のかたちを 今日も 血色の呼吸が流て 哀れにも私の體操が始まる

・私(ひとり) わたしばかりでない 空しい教科の中に 歩(あきらめ)を移してゐる 背中の家族

・ペンを持つ手が 鶏になつて 終日 空しい嘆聲をあげ わたしの痣を喙む

・何もみえない 聞こえない のに わたしの影にゆれてゐる樹々の梢

・梢の上に わたしの筆がある
 青空の
 ひと色に染まりながら

・樹々の梢の上を わたしの爪先が歩いてゐる。しきりに神々の前額を蹴つて。

・本箱のなかで 私の衣装が骨牌のやうに竝んでゐる すつかり私の皮膚の装釘で。

・二十年 年輪の中に 咽喉をひそめ 空雷をひそめ わたしは一本の枯れ木であつた。

・書物の上の毀れた空 〈道〉は氷河となつて 肉體の空地へ流れてくる。

・目にみえぬ圖書館の重さであるか。わたしの歩を妨げる肉體の中の書物。

・何處へつゞくともわからぬ雲の上から、わたしはつねに、血を咯く小鳥の羽搏きを開いてゐる。

・旗を振り ふり 敗北の わたしの相(かたち)へ さつと白い線を
引き去つて 冬

・風のまゝ わたしは白い旗となつて 空(そら)へ すべてを まかせた

・擧げてしまつた 白い掌(てのひら) 身をまかせた 空へ 旗のかたちは ω(オメガ)

・掌(て)を振れば 掌(て)をふれば あゝ 靑空のひみつに ひつかゝる

・雨にぬれて たつた私(ひとり)の足下を失くして わたしの肩を 辷り墜ちた

・花を真似 ひとしく 神の足下にわたしらはゐた

・指先は 梢となつて 夕空はひくゝ 血にまみれ 雲を刺す

・唖(あ) 唖(あ) 唖(あ) きこえぬ聲で 鴉が一羽 ひつかゝつてゐる わたしの咽喉

 

草飼稔 Ⅱ

 

参考文献

清藤碌郎『異端と自由ー17人の詩人たち 』( 北方新社 2000 )
清藤碌郎『ふるさとの詩と詩人 』青森県の文化シリーズ〈22〉( 北方新社 1984)
芸術と自由社編『新短歌作家論』(多摩書房 1969 )
詩誌『朔』139号「草飼稔追悼号」 ( 朔社 1999/02 )

 

 


モダニズム短歌 目次

 草飼稔氏の御子息のサイト

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下條義雄 Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

 

・春來(はるく)ればまた生(い)くる日を美(は)しといふ光(ひか)る若葉(わかば)もとく萠(も)えいでよ

・神(かみ)ありとつゆ知らなくに少年の眉びきとほく雪を仰ぎし

・火山系北(くわざんけいきた)にきはまりゆくところわがゆきし村ありて雪をふらしつ

・花の散るかなしさなどはひと戀ふるねがひに秘めて幼かりしか

・火箭(ひや)ひとつ中空(なかぞら)たかに燃えさかるただ眞晝(まひる)のみわが世界なれ

・何(なに)に戀ふるこころの谷を流れゆくセロの音(ね)のあり雲雀(ひばり)が鳴くも

・初夏(しよか)の空よ若きいのちのかずしれぬかなしみよ翔(と)べよ嘆きあへぬと

・しんと照る坂のまひるのきびしさにせめて眞紅(まつか)な花ころがさむ 

・たんぽぽの花咲くとさへ虚言(いつはり)のごとくに思ふいつの頃より

・ひなげしの赤(あけ)に死すべくは思ほへど救はれがたき人さへやある

・ゆく春は盲(めし)ひとなりてひねもすをつめたき椽(えん)に坐り暮さむ

・うす赤き林(はやし)の中に人のゐてわがつくりなす春の構圖(かうづ)よ

・うつろなる瞳(め)に思考(しかう)さへ失はむ日かはらはらに花びら散れや

・まさぐれば見えねどさむき花びらにゆく春の日はいかにかあらむ 

・この道のほそきに入れば木立(こだち)のみ赤き瓦の家が見えて來(く)

・踏切(ふみき)りをひとり越えつつゆくこころ忘れはてたる湖(みづうみ)が見ゆ

・いやはてのこころ敗(やぶ)れてかへる日も若葉が白き春の落日

・見なれつつ人妻(ひとづま)といふその肩の旅のごとくにさみしきものか

・きららかに眞日(まひ)照る原の上(へ)にしろき一木(ひとき)の花のあはれはいはず

・ポプラの林(はやし)きららに遠き昔より黄なる日傘がひとつのぼり來(く)

・雪山(せつざん)を一気(いつき)に越ゆる思ひありわくらばのちるすでに秋なり

・ああ七月ものの乾(かは)きのおのづから君が瞳(め)にちる野蕗のひかり

・心音(しんおん)のいよよ澄みてはよみがへる野蕗のかげりあまたに靑き

・へルマン・ヘッセまた七月の夏の子と花のごとかなしかなしきわれは

・あまりりす咲きたる頃を抱かれて育ち來し日や父母こひし

 

 

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