兒山敬一(児山敬一)  (モダニズム短歌)

 

・草木みなよみがへるべし、生れきて 鳥むれわたる朝の停車場。

・うちつれて夕空わたりゆく鳥の、この世ながらのはるかなるかも。

・月の夜の蟲ましぐらに鳴きつづき、濃尾の原の夜となりにけり

・動きやまず 松の葉ごとの月のいろ、眼にしむときの身はほそるなり。

・いたいたしく冬の海なれば、眼をとぢて ふたたび波の碎くるを見ず。

・病ひいつかいゆらん時ぞ、春となり 木に花さきてまた赤からず。

・日にむけば 水も金魚もいきてゐれど、いゆるすべなき病ひは暗し。

・いちぢくは靑のいのちにみのれども、いゆらんときの病ひならず。

・池にそうて歩いてる。ぽんと黄いな月の出。

・めがさめる池で、朝舟(あさふね)と 藻ぐさ靑にきらめき。

・池の面(おもて)しづけく、輪をゑがく、しばらくの朝。

・寝ざむれば障子めにはゆし、鳳仙花 あかるむ影に落ちにけらずや。

・病みつづく眼にはるかなる靑ぞらの、雲しろき秋となりにけるかも。

・風とほく、いこふみ寺のさ庭べの つはぶきの葉のうすひかりかも。

・つはぶきの光うすうす歩みきて、冬日だまりに身は疲れたり。

・葦の葉はこもる靜かさ、あふぎみる 雲間を動く月のいろしろし。

・いま蓮池(はすいけ)となつてゆくことの、夏となるわびしさ。

・縁さきの木馬ぬれをり、ひえびえと 塗りの落ちたる片眼を見張り。

・夏だたみ、いのちは悲し 蜘蛛の子の 生きむらがりて走ろふ見れば。

・畑なかの靑きひかりの葉にゆれて、てんたうむしが眼にわづらはし。

・うすれ日の光にやせて、身ごもれる 犬は街路のそらを仰がず

・木木の影、ひかり、はためき、硝子戸の 静もるそとの嵐なるべし。

・鉢あふれて いのち生くべく生きものの、水うつうろこ散らすべからず。

・晴れて一點の雲なし、眼をふせて ななめの日影をかなしと思ふ。

・星窓(ほしまど)に松葉こまかにゆれながら、眼はかたくなの ゆれて見てゐる。

・踏めばかるく這ひだす影と影、靴ふくらみ、かくもあかるいまひるのまち。

・うみぞこに鯛に肉ども食べられゆき、眼だけはせめて人間であれ。

・ぽろぽろ ひかりか知らず、やみに濡れて、眼玉のふちがこはされてゐる。

・世にもみじかい日にすぎて、いちじくの葉かげは さびた。

・あはれはふかいみどり葉のひろ、みてみようとするいちまいごとに 日はくもる。

・こはれさうに日がたつて むかしあの 金魚さむしく水ゆれる。

・夕日にゆれてゐた水の、ころびさうにする金魚 よわい。

・かたむく夕日の 池水あさい 金魚かたむいてゆき。

・もくもくとひら押してくる、いくまんとなき 夜(よる)のくろさに手だけ觸れさす。

・ひびいるほど指みなひらき、眼のさきへ、方角のない手のすぢを散らす。

・黒濡(くろぬ)れて眼にしむままに絲となり、闇にもつれてこまかくなる。

・かきまはす闇にもつれるいくまんの線、ただ一線は動かずにゐる。

・夜(よ)のやみが あたかも生きてゐるやうに、絶望のそこを なほ歎かしむ。

・人間のなにを殘さう、闇にみる 眼だけはこれを離さずにゐる。

・夜(よる)とほく野に嚙んでゐる闇けむり、胸はいくへの黒みかさなる。

・星とおもふ曠野(あらの)の果てか、やみけむり 追ひかける眼にがらり散るおと。

・よひやみの波喰(く)ふひかり、死なされた 魚のうろこの重みがくる。

・やみより遠く 岩間くだけてくるうろこ、地球のよるの碎けくるおと。

・海ぞこから生き吹きおこすやみつ風、眼(め)すぢはそこのみだれ藻(も)にゐる。

・磯はるばる 波きつてゐる魚がゐるとも、ひとりか知らぬ地球とあるもの。

・きりきり動かして靑ぞらは このゐる、四角い窓をへだたりゆく。

・四角い窓へ はりつけた靑ぞらきり、がんと一羽の鳥をぶつけろ。

・とぢた靑ぞらまつぴる光線が、はだかの 洋館のかどを落ちて剝(は)がれる。

・窓に日ざしかたむき、病んで靑ぞらのゐる 角度のままの まなこひろがり。

・君がかうもりさしてはひつていつた、闇のそのくぼみは雨となり。

・波をひろげて波となる、海のうへの模様であつた。

・くろぐろ桃の木がありといふ、時の切りひらいた秋ぞら。

・かげ散らすまつぴるの空に見あげる、桃の葉裏(はうら)はことごとくしみる靑さだ。

・そらを切つてことごとに流れる、葉かげに散れてゆく桃の木の葉。

・冬ぞらはかさなる、あをあをと あらゆる方向を動くのである。

・山のいただきは雪をこばみ、そらをくぎる山の存在は、こもる をどる線となる。

・飛ぶのだ ことごとくそらの雨となり、ゆくても結論も見ず。

 


モダニズム短歌 目次

 

 

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聳ゆる宮殿  石野重道  (稲垣足穂の周辺)

 

 

──旅人は際しなきシリアの広原に、バラ色の空に呼び覚まされた。
香りよき一本のエジプト煙草をくゆらせるのであつた、
立ちこめた夜が開き初めて、朝霧の幾重ものトバリの立ち退いた遠き東の方に、蒼空に聳ゆる、麗美なる宮殿があつた
旅人は、その宮殿を、見凝めるのである──


 タバコの煙の、旅人の目よりも高く消ゆる時、彼の東方の宮殿も、消え去つた、

 

 

 

石野重道 赤い作曲
石野重道 キヤツピイと北斗七星
石野重道 廃墟

 



稲垣足穂の周辺 目次

 

 

上田穆 Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

・散歩人種は
 マヌ・カンとなり
 視線だけが
 空間のなかで
 音叉をはじく

・腦髓と
 腦髓と腦髓と
 プランクトンだ──
 みじめなほどに
 模索し合つて

・皮膚はみな
 魚族となつて
 糸のさきの
 銅臭を目懸けて
 あつぷ、あつぷ
 喘ぐ

・剝落する
 音がしめやかに
 蒸せてゐる──
 深夜の舗道は
 瘴氣を植ゑて

・ギニヨールを踊らせてゐる
 香具師の眼に
 行人の眼が
  ──突出た
  ──凹んだ

・公衆電話が
 ここにも ぽつんと置かれてゐる──
 交換手に
 春の挨拶を送らう

・沼である
 草がゆれてる
 草のなかで
 ウクレレを鳴らす

・丘は高い
 地平に遠い─
 馬に乗つてかげゑが通る
 幽霊が通る

・街道だ
 自動車が闇を追つかける
 砂塵がまひのぼり
 おいてけぼりの月

・ゆふぐれの都會は まぼろしの灯をつけて
 後家さんが通る
 犬をつれて──
 若い! 

・びいるだ!
 びいるだ!
 あつちでも こつちでも
 よんでゐる──
 わびしいたんぼの
 からすのやうに

・食欲直線──
 性欲直線──
 がらくたの生命の馬車を
 きしらせてゐる

・めかして
 すまして
 春風に乗つて
 露出して
 甘へて
 恥骨の自動磨滅作用

・をどつてる
 たはむれてゐる
 舞ふてゐる
 つながゆれてる
 つなわたりです

・無限連續の循環に手を擱く
 手のしびれ─
 夜陰の花のひそかな媚體

・軌道は無邪氣に平行四邊形を装ほひ──
 車輪の隋力が
 ぎくり ぎくりと辷る

・落葉の散らばる舗石の上に
 人の足と 機構の網と
 からんで搖れる

・一つの確かな實在が踊る
 醉ひ心地
 窓枠もなく
 華美なアラベスク

・ダンス靴に
 ひそかにオナニスムをやつてゐる
 トレモロ
 トレモロ
 媚藥の撒布

・直線、曲線
 バネがなびくよ
 足が
 頭が
 みんな空を向き
 みんな手を振り

・おしやべりは
 蓄音器が引受けてしまつたし
 奥さんは
 欠伸をお嚙みしめになる

・蒼い顔して
 煙草ばつかり吹かしてる──
 コリユームの莖の透けるやうな官能

・そのちつちやな
 あなたの二つの
 靴のさきに
 纖い哀歡の
 銀が散ります

・墓地の向ふに スパークはあがり
 醉つてゐるな──
 といふ意識が遠く映つた

・馬と私に
 すばらしいインスピレーションを強調した
 拍車だ 拍車だ
 きらめく一線

・うみの
 おほきなめらんこりいにつつまれて
 きままな情熱の散策だ
 月だ

・をんなは をんなは
 しろく なやましい
 海よ
 あんにゆいの伴奏をやめてくれないか

・うみの遠くへ
 のりだしてゐる半島に
 わたしは
 わびしい静脈をきく

・をんなに云ひよる 海の饒 舌──
 しつとりと
 ぬれてあをざめた
 わたしの心臓

・ドロツプのあまさが
 都會を攪乱する!
 斷髪、斷髪──
 カンニリングス!

 

 

 

 

上田穆 Ⅱ

 


モダニズム短歌 目次

 

 

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月夜とTABACO 田中啓介 (稲垣足穂の周辺)

 

 

──どうして今夜はこんなに靑いの。
 通りすがりの女がそつとささやいた。
 白い横文字の看板もコンクリイトの壁面もシヨーウインドの花園もさてはトレイドマークの赤旗もみんな水族館のハリのかなたにある。
 ガス燈のマントルのうちがはにはりつけられた街。
 アスハルトはブリキ板である。
 靑い街の上空に、アルミニユームのうすつぺらな目がぶらさげてある。

 彼ははグリインとイエローのふとい斜線のはいつたネクタイを蝶にむすび、ステツキをプロペラのやうにふりながら、六月のくれがたの街をブルタールなおさかなのやうにあるいてゐたが、みへすいた月のペテンがあんまりいやらしいのではらをたてゝひきかへしてしまつた。
 家にかへつて部屋にはいるとテーブルの上にノートがひき出されて、ひろげたまゝのつけてあつた。
 何氣なく手にしてみるとこんなことがかいてある。
 さても月のペテン師めと電柱のかげに身をひそめてピストルのひきかねに手をかけた
──GACHAN
 たしかに手ごたへがあつて月は二つにわれた
──SPON
 そこから空へひかつたものが飛びあがつた。
 そらにはゴールデン・バツトが二疋もつれてガチヤン・ガチヤンと飛んでゐたのである。

 彼はそれをみるとあをくなつてくはへてゐたシガレツトをあらあらしく灰皿にほをりこんでしまつた。

 

         2

 近道をするつもりでまよひこんでしまつたところは、倉庫のやうの洋館にそうたひろつぱである。
 月光が銀紙なので、あたりにしげつた洋館はまるみこまれて輕金属のやうにさらにさくら紙のやうにうすぺらになつて、窓だけがあやしくひかつてゐた。
 どの道をとほつて行つてもまたいちどまよひこんだこゝへかへつてくるのであつた。
 彼はどうすればこゝがぬけ出せるかといろいろ地理をかんがへてみた。
 こゝはたしかに圖のA点にあたつてゐるらしかつた
 こいつは月のペテンにちがひないと、そんなことをかんがえながらふと足もとをみると黒い箱がおちてゐた。
 ひろひあげてみると箱の中からシガレツトのやうなものが一本だけ出てきた。
 なにしろこゝは貿易港の街だ。おうかた異人さんのおとした奴だらうとかんがへながらそのシガレツトのマークをすかしてみて、ネームらしい字をMAGNESIUとまでよんだ、ときとつぜん頭の上で聲がした。
──うまいぞ・・・・・・・
 みるときれいな煙を輪にしながらお月さんがシガレツトをくはへてゐた。
 まんまとつりこまれてそいつにマツチをすつた。
──Shu。
 音がしてはつと思ふまにこつぴどく横面をやられて飛びあがつてかけ出した。
 はしつてゐるうちにとうとうそこをぬけ出してしまつたのである。

 

 




 田中啓介 分離以後の恒等式

 田中啓介 星色の街


 

稲垣足穂の周辺 目次

水野榮二(水野栄二)  (モダニズム短歌)

 

 

・天(あま)づたふ日輪寂し碧落に炎(も)ゆるはつひにただひとりのみ 

・日輪はひかり耀けさんらんと燃ゆる孤獨のつひにさびしき

・ゆふぐるる園あゆみきてしらじらし噴水はその歌を止めたり 

・春淺きゆうべのこころ大理石(なめいし)のしろき階段の蔭(かげ)踏みくだる

・夕やまの山脈(やまなみ)とほくうしなへるさいはひなりしいとけなかりし 

・たたかひを欲(ほり)するこころ湧く夜半の瓶のさくらはしろく咲きいづ 

・野心といふほどのことなくシグナルの靑き灯(あか)りをみつめてかへる 

・平凡にまぶれはてたる肩昂(あ)げて十年前のことなど云ふな

・とんぼがへりかるがると切る輕業(かるわざ)の道化にならばたのしからむか 

・もろもろの昆蟲どもの棲家(すみか)となりわが死なむ日は晴天ならむ

・絶望を絶望として投げ出せるそんな安價なゆふぐれならず

・遠花火紅く散りゆくひと夜だにこころしづかに吾を在らしめ

・ひかり黄に夕雲うすれゆくきははちまたにあをく頽廢生(あ)れぬ 

・夕雲の黄のかなしやといひしよりはつはつにしもおもひそめしか

・夕あをく零(ふ)れる泡雪ほのぼのと消ぬがにいまは歎きそめにし

・雪はつひに消えてはあをき朝ならむ眸をさなくわれを死なしめ 

・鴉鴉くろぐろといま摶けば蒼天たかく春ひかるべし

・ひた曇る山脈の空吹かれゆく鳥のごとくにかくろひはてむ

・靴底のしめりがすこしいとほしくゆふぐれどきの巷をかへる

・先生に手をさし上げるをさな子のこころをもちてけふは眠らな 

・塵ほこりのなかに呼吸(いき)するくるしさはつひに眼(まなこ)もとぢてしまはむ

・嘘をつくよろこびもちてまつ靑(さを)な五月の朝をつとめにいづる 

・荒野に呼ばるものの聲ききしあはれいつの世の幻なりし

・冬くれば伐らるる樹々のかなしさよわれもいくたびか伐りたふされぬ 

・鳴るものはなににかあらむ枯れはてし草野の涯はぼうぼうと夜

・山河のさやけやいのちほそる日もひとみを昂(あ)げて秋はあるべし 

・眼にいたく砂は照りたれひとしれぬ悔しさもちてあゆみきにけり 

・かかる夕べのシューベルトさへうつうつと身にはめぐりてかがよへるなし

・うらうらといかにも霞むも無益なる春なればふかく帽子かむるも

・ゆふぐれの畑のなかにゆきすぎし神なりやいまは忘れはてたり

・水の上に水のひびきの顯(た)つゆふべ花かとさやに竹にほふなる

・暗き日の靑葉の奥にともりゐるわがかなしみを神ともおもへ

・ともしびをともしをへたるたまゆらを街の夕影のあはあはしけれ

たまゆらをかの夕雲と炎えしめよ棄つらく惜しき生(よ)といはざりき

・夜半ふかく目ざめておもふ歎きなど慣れては苔のごとく淡しも

・鬱然と身におこりくるもろごゑのしばしば生をあやふからしめき

・背骨彎(ま)げてなに敵(かな)ふべきどやどやと雪崩(なだれ)たちくる夕映のいろ

・髪みだし秋の衢(ちまた)をいゆくとも獅子奮迅といふにはとほき

・ゆきゆくもかのくれなゐの露ふふむ花とたぐへむ勝利あるなし

・いちづなる悲壯をわれと愛しては埃まみれの花かざりきつ

・あかあかとともしび掲げよ敗れさらむその日まで汝がともしびあげよ

・樹陰ふかくひとりひそむも天日はかなしかりけりわが額(ぬか)てらす

・夕空に影となり佇てる一木の昨日の悔のごとくさやけし

・わが夢に縷縷としほそきよすがらのこゑたたぬ秋やまたかへり來し

・あかときはいつか忘れて來しみちの草の穂ほどの愁ひ搖り來も

・一瞬の火花と散らむおもほえば身に享くるものなべて蔑(なみ)せり

・月光の水のごときを哀しめるいく夜かすでに散りはてんとす

・冬霧のきらふ彼方に光(て)るものの花いくたびか身を傷(やぶ)るべき

・落日の慘たる冬に影ひくも孤りなるもゆめ抛つなかれ 

・うらうらとさくら咲く日はおろかしきわがてのひらのかくも黄いろき 

・いのちはやかくもやすらにありなむを胸もやさしき日(ひる)の牝雞

・花ひとつかざるものとし墜ちゆくやいくたびか身は疾風(はやて)に似たる

・燈(とも)しつらね生きゆくや春は神よりもかなしきねがひ身にひしめけり

・誰かわれらの胸搖りうたふいやはてのかなしみの日の若葉のうたを

・憊れはててはくるめくのみを蜉蝣(かげろふ)の死ねとひかりに前後あらすな

・紅葉(こうえふ)のしづけきみればわかかりしかなしみごとも疾風(はやて)とすぎぬ

・はかなさに褻(な)れてねむれる夜なよなの夢寐(むび)に顯ちくる花いかにせむ

 

 

モダニズム短歌 目次

 

 

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本田一楊  (モダニズム短歌)

 

 

・天使の翼といふ兒をきけばいちじるき襤褸(らんる)ひかれる孤兒なりしなり

・足萎えの幼女もの言ふ陽のおもて冬ながらやはきその髪(かむろ)のひかり 

・み使いの鳩とぶべかり幼ならの孤兒ならなくて神を知りそむ

・鐵の門日もすがら乗りて搖れる兒の呼べばこほしか靑き雲まで 

・尼僧語る花さざんかはしきりなりイタリヤの言葉に散る夕まぐれ

・忘却のかへりくる日か坂駈けて自轉車(くるま)の銀ベル鳴らし疲るる

・石甃春冷えいまだ花ばらの壺もつ聖女をつむらせにけり

・幼きは聖徒(そう)にいだかれ陽の中の石段(きだ)くだりくる羶(けがれ)すらなき 

・鐘なりぬ兒らは駈けつつ手がいくつさむざむとして夕空にあり 

・誰々の罪ならねども鞭うたる無名の母も見ゆるなりけり

・まして冬象りてゐし色彩のうすれゆくみればたのむこころか 

・神は我いのちをよぎる色硝子あはれひかりくだけて踏みあへぬなり

・アシジ・フランシスみなし児らねむる罪なくてそぞろひさめの夜の額(ぬか)あかり

・神はわがいのちをよぎる色硝子あはれひかりくだけて踏みあへぬなり

・抱卵のわた毛と雲と合歓の花おもひほほけてひとによりゐし

・契りし日(ひる)も花がくれしを御身ひとりやつるるといふやしかと手をとれ

・あをぞらはかぎりしあらぬかなしみのかへりつつちるつばくらもみゆ

・靑空にゆれやまぬ樹樹の映る日のしらざりしけふ海までが雨

・山躑躅みあぐるときをうなじより日はかへりくる晴天なりし

・都より風にし遣らばつたへてむ流るるは人、雲と候鳥

・昼の靑しづみしあとのみをつくしくみもつくさむ水脈(みを)がかなしも

・ゆきずりの花もともしきうつつごと苦しみといふはこんなことでなし

・万象の水面(みづも)をすぎる秋にみゆあれオフェリヤか群るる盲龜か

・ここに眞白な花とほほけて死ぬるとも復活の日の血など湧くなゆめ

・砲煙のあはれ名もなき草のわたとびちれやちれ雄たけびのごと

・さかんなる花の占めゐし空と思ふあとかたもなくひびきやみぬる

・愛著のところきらはぬやつれさへ心(うら)滿たし浴みる日(ひる)の落葉に

・冬の夜の一座の花の翳もつは単彩といふにあまりありけむ

・いのちたとへばちりぬるきはも散る花の綺羅しづもりてあらばさやけみ

・花と火とおよそ歓呼の列なしてゆけば極まる身のさぶしさか

・世世の花ひかり惜しみて咲くといふわが名象(かたど)れる花わかなくに

・ひとりしてつむれる夜の靑春の音たてて過ぐ神速なりし

・母となる罪咎なくに冬棕櫚の花かくろふるかくさふべしや

・昨日(きぞ)の花おとせしはしらじあの風のひるがへるなべ誰の凱歌ぞ

・紅(あけ)の花のまはりにこむる陽とみしが血のごとくかわき終ることなし

・五月きぬもろ葉展ごる下にゐてなほ靑き翳ひく身か樹樹と

・祭きてふるさともなき日ながらのあやめ咲くとふあはれなるかな

・花かつみいつみき古歌のとほきより血にかよひゐて五月なりけり

・麥秋やあまねく草に伏す風の興亡もみゆ吹かれてゐたり 

 

 

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赤い作曲  石野重道  (稲垣足穂の周辺)

『彩色ある夢』1983年版より 

 

深夜 モモ色のカーテンを窓におとして、未来派の作曲者L・O氏は、ピアノの前に居るXXXX


古への、サラセン帝国の蒼空と尖塔に乱れて、深紅のストツキングが、騒音と、怪韻に舞踊をする
 無数の音彩が、正乱として不正のうちに凝りつゝ──ギン色の月に、一杯になるとXXX、
 月は静に柔かく 星の彼方に狂ほしくも美しく、白いひかりをたれて居る


──サラセンの星月夜
白馬にエビ茶の帽子の王様が、赤い服をきて、──豆の精やヒナゲシの実や フエアリーや、
コボルトをともなつて、月に向つて馬を走らせる


L・O氏は、立ち上つて、ムラードを口にくはへて煙を吐いたのである──

 

 

 

 

 
石野重道 キヤツピイと北斗七星
石野重道 聳ゆる宮殿
石野重道 廃墟

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