Salutation  冨士原清一  (稲垣足穂の周辺)

Salutation

            冨士原清一
      1
 玻璃性白色光線の浴室に、輝かしい洋銀の皿あるテーブルに倚り、銀色のナイフとフオークをとりつゝ、はや少女は噴水のなかにある凡てのものを想像し盡してしまつた。
 いま少女は、彼女のつゝしまやかな5つの白百合の花びらをつゝむ白い手袋を欲しがり、ために彼女はピアノの蓋を開けなければならなかつた──。
 ピアノの蓋は開けられた、だが見たまい。
 そこにずらつと並んでゐる夥しいChopinの墓。
 その純粹な少女は無論12階律を無視しなければならなかつた。

      2
 君らは1と云ふ。僕らは3と云ふ。そして君らをふり向いて頰笑む。
 君らは3と云ふ。僕らは7と云ふ。そして君らをふり向いて頰笑む。
 僕らをピタゴラス音階に依つて律せんとするのは間違ひである。
 僕らを12階律に依つて律せんとするのは間違ひだ。
 君らはそれによつてとんでもない不協和絃を叩きだしてしまふだらう。
 僕らはつとに實にリズミカルである。故にまた愕くばかりtempo rubatoである。

 

      3
 君らはまた僕らに1匹の蛇を與へる。
 僕らはそれを手にとつて、やがて實に無雜作に吹きはじめる。
 すると鳴つた。……a a
 蛇は僕らにとつて全く靈妙な優美な笛に外ならなかつたのだ。

 

      4
 素晴らしい羅馬のカアニヴアルである。
 その美しい衣裳と衣裳のあひだを、マグネツシヤに滿ち充ちた鳴りさうな祭禮の空氣のなかを、さんさんと花咲いてゐる噴水の薄ら靑い煙のなかを、いま3頭の黄金馬にひかせて、花たちの滿載された宮殿にも劣らない豪奢な花車(だし)がゆく…。大きく搖れながら。花を撒きながら。
 そこに撒かれた花たちの群れ。

 

    Art for rose
    Rose for art
    Art for magic
    Magic for art
    Art for theory
    Theory for art

 

 

※多分「つゝしまやかな」→「つゝましやかな」

 

 『薔薇魔術學説』2号 昭和2年(1927年)12月  (今回のテクストは西澤書店による1977年6月復刻版) ※ただし、目次にはなく、表紙にseiichiの署名のみで載せられたもので、冨士原清一作と当方が判断。

 

 

 冨士原清一 CAPRICCIO
冨士原清一 BAISER OU TUER
冨士原清一 マダム・ブランシュ

 

 

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無限の弓  山田一彦  (稲垣足穂の周辺)

 

無限の弓

           山田一

 

火の如き蜘蛛の絲絲への演繹され得る慾望への指環 その肉感を露出せるひとつの蓮を拒否するための龍宮の旗旗への肖像の搖れる 斷然たる夢 それらの花の如き生殖器は大空への否定のための傳統を切斷せし犧牲である 永遠の自殺を可能ならしむる腦膸を南に向けし龍の生へる菩提樹あるひは蓮の萼に座わることの可能である孔雀の臍 隨圓空間の膝に垂直なる大藏鄕に於ける地獄の頸と稚兒それらに羽衣であるひとつの菊をかけることは傲慢の不能を許す宮廷の煌煌しき光には等しく無い 永遠の龍へ向けられた王様の無限なるひとつの夢に依つて神神は無限の階調の蠟燭を碾き簾の有る童女のために宮殿のあまりにも麗しい龍たちを殺害する阡の艶麗なる巴であるその微塵ある舞踊を持つ匣 ひとつの神のための山山はアレキサンドリアの寳石を捲く約束に過ぎない それは氷河に煌く森林が接待の鵞ペンをしか漉し得なかつた時間である それらを私の願望への花を以つて切る 私の思想の如き空の多數の約束たちは蛇の毛に對してのみ可能で有り得る裳裾である 私の生存への思索は灰の角(カド)を拭ふ夢で無ければなら無い けれども接觸へのみしか轉ばない波紋は貪欲なる謎たちの結晶ではある 不毛の花の尾に對立した夢たちは墮落をはかる考察を濾過することの無い空間を持つ魚魚へのみ許される鳥鳥への拒絕を住む氷河の森林である 孤獨のためにのみ開かれる窓窓から未知であるひとつの魚を眺めることの許され無い魯鈍あるひは神神へ獻ぜられる最後の花環は貪欲の氷山をそれらの腕環へ與へることを許し 地獄の鬼鬼の柱はひとつの惡魔のために魚の絨氈を破ることの可能を承認した

 

 

 

 

 

山田一彦 惡魔の影
山田一彦 海たち
山田一彦 寛大の喜劇
山田一彦 CINEMATOGRAPHE BLEU
山田一彦 二重の白痴 ou Double Buste
山田一彦 花占ひ
山田一彦 Poesie d'OBJET d'OBJET
山田一彦 PHONO DE CIRQUE
山田一彦 桃色の湖の紙幣
山田一彦 Mon cinematographe bleu

 

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鷹  丸山清  (稲垣足穂の周辺)

「四季」派の詩人丸山薫の弟で、稲垣足穂から"宝石細工のような小品"を書く幻想作家とされた丸山清の代表作。ご高覧ください。

 

 

翼をひろげればコンドルよりも大きくなるが窄めれば雀よりも小さくなる不思議な鷹が献上されて、天守閣のいちばん高い軒に美しい朱塗の鳥籠が吊るされました。片脚の失はれた怪しい猫背の男が身にあまる恩賞に浴して曙城を去るときに、次のやうに言ひ殘しました。
 「人間を嫌ふ氣むづかしい性格で御座ります。どんな餌食をもいつさい口に致さぬ代りには、絶えまなく昏々として深いねむりをむさぼつてゐるので御座ります。」
 それゆへに、家臣等はいふに及ばず、古くから仕へてゐる鷹匠達も、濫りに天守閣の頂上へ登るのを堅く禁じられました。
 亂淫のために若くして腰の不自由な御城主様は、今日も多勢の侍女等に左右から身を支へられながら、お庭の泉水のほとりを散策してゐました。虹のやうに灣曲して架けられた太鼓橋を渡る途中、ふと、杳かな頭上に棲む珍しい鷹を思ひ出したので、
「南蠻わたりの遠目鏡を持て。」
 かぼそい聲で荒々しく御側用人に命じました。
 見れば今、深いねむりから醒めて天へ舞ひ立たうとする鷹は、童子のかわいゝ掌に包まれようほどにちんまりとした小雀に過ぎません。精巧に壘まれた兩の翼は二本の脚が鳥籠の入口を離れると共に、恰も扇をひらくさまに次第に大きく末廣にくりひろげられて、小雀が忽ち百舌となり、……鴉となり、……鷹となり、荒鷲に變じてしまひます。
「やがて傳説のなかの大鵬となり、一面の蒼穹が三千里の翼に被はれて、爲に天地が晦冥となるであらう。」
 不吉な豫感を人々の胸に呼びおこさせ乍ら最後に實在のコンドルぐらゐの大いさに達する頃には、もう城廓の眞上を一巡して更にいつさう幅員のひろい第二の輪を城下の空にゑがきはじめてゐました。半身不随の御城主様が侍女等をせきたてゝ庭内の一隅の小高い築山のいたゞきへよろめきながら登つてゆく背後には、手槍のやうに細長い望遠鏡を肩に擔いだ老骨が、これもあたふたとして馳せあがつてゆきました。

 

「なあに、ゼンマイを仕込んだ細工物さ。」
 堀割の岸の柳の木蔭で、松葉杖を小脇に抱へ込んだ男が嚙んで吐き出すやうに呟きました。三日月型にふくらんだ猫背を一本脚で支へて佇む姿は、宛然、池中の殘瀬で鶴が片脚をあげて立ち乍らに居眠る形に髣髴してゐました。
「だが、怖ろしいことだ。生命を持たぬ物が持つらしく生活してゐる。」
 幽暗な面ざしで眺めやる空の一角では、コンドルが荒鷲となり、……鷹となり、……鴉となり、百舌となり、天守閣の屋根を中心とする大圓が次第に半經をせばめるにつれて、いつぱいに張られた翼が譬へば花が蕾に立ちかへるやうに少しづゝ閉ぢられてゆきました。とうとう小雀へまで縮んで鳥籠のなかへ消え去つたときに、城門の奥では御城主様を取り巻いて割れるやうな拍手喝采が湧きあがりました。
「眞相を知らぬ世間の連中の氣樂が羨ましい。作つた俺自身にとつては、ゼンマイと木材で仕組まれた鷹は、所詮、生活のないカラクリに過ぎないのだ。」
 香具師は殘念らしく舌打ちを洩らして、折から迫る夕闇に紛れて城下を立ち去つてしまひました。

 せめて一匹の蟋蟀が生き殘つてゐたなら……、そして、荒れ果てた城門の附近に散らばる灰いろ頭蓋骨のなかで、山吹いろの月に寄せる凉しいひとふしを奏でゝくれたなら……、赤い死の假面に似た惡性の疫病が蔓延して全世界に棲息するすべての生物を屠つて以来、曙城の城内からも氣むづかしい御家老様の咳払ひ一つ洩れ聞こえませんでした。あらゆる種類の殘骸を滿載した地球が、太陽に護られて空しく宇宙の縹渺を航行してゐるに過ぎません。しかも、或る晩、寂として人影のない天守閣の高い窓のほとりからハタハタとゆるやかな羽音をひゞかせて何ものかゞ舞ひあがつたときに、地球はかすかに全身を搖り動かして次のやうに獨語した様子でありました。
「はて、面妖な、今なほ拙者の背の上に何ものかゞ生命を保つてゐるらしい。」

 

 

『文藝都市』創刊号昭和3年(1928)2月

参考文献
・"宝石細工のような小品"の幻想作家--丸山薫の弟・丸山清をめぐって
安智史
愛知大学国文学 」(50)2010年12月
・「荒唐無稽派」の奇想作家--丸山薫の弟・丸山清をめぐって(2)
安智史
愛知大学文学論叢」143,2011年3月
・コント・ファンタスティックの短篇作家 : 丸山薫の弟・丸山清をめぐって(3)
安智史
愛知大学国文学 」(51), 2011年12月

 

 

丸山清 秋と病める少年
丸山清 ノツク・バツト型「のぞき器械」
丸山清 不幸な鴉の話 1

 

 

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Pensee et Revolution des Danseurs en Ciel 山中散生 (稲垣足穂の周辺)

 

Pensee et Revolution des Danseurs en Ciel   

              山中散生

 

薔薇色のパラシユート 貴女のオペラハツトである
晴天のこの飛行機に搭乗した予は薔薇色のパラシユートに滅形するであらう
貴女の奇蹟的に流行型となつた一個の卵子

時にはパラシユートはパラシユートの如く晴天の雲間を喪失するであらう
飛行士である予は大砲を抱へて悠然とパラシユートを開披する

薔薇色のパラシユート 貴女のオペラハツトである
飛行機を飲んだ貴女の一個のオペレツトは歌ふ

 

『シネ』第3号 昭和4年5月号

 

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裂かれた森を貝殻の腦髄が梳いた 上田敏雄 (稲垣足穂の周辺)

 

裂かれた森を貝殻の腦髄が梳いた


             上田敏

 

貝殻の側に星が岸へへばりついた

暫くたつた後で貝殻の生身が乳房のついた舌をのぞかせた

 腦髄の割れた處に梳かれた頭髪がぎざぎざな岸をづり動かした後でなめらかな星をいただいてゐた

 

 


『FANTASIA』第1輯 昭和4年6月号

 

 

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眠り男A氏の發狂行列  高木春夫  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

 

眠り男A氏の發狂行列

 

           高木春夫

 ストウブの影にて、石炭のおこつた顔が踊りだし、飛行器の丸窓からは、さかんに砂が落ちてきて、毛むくぢやらのステツキがおもちやの人形に接吻したり、ビルデイングのお姫さまを梯子形のローソクに照らして、のこぎりで誘惑したり、のちの寂しさには、えつさえつさと裸體を昇天させたり、あげくのはてには鏡をきざんで喰べてしまつたり。
 ブラボーブラボーと黄いろいコシマキをうち振りながら、きふ世軍のカナヅチぐらいはポケツトに捻ぢ込み、三角砂糖でもむちやむちやしやぶりながら、インデイアンの覆面(ヴヱイル)布の上までもしやぼん玉を捜しあぐねて、野原のまんなかでは狂人病院の白い旗を眺めてくらしたり、都會風景奇病のうちにも、アパアトメントやガレヱヂやハンテイングや築地小劇場やもみぢ狩りや虎狩りや東郷秀吉なぞは、六角多面の死人行列みたいに並べたてゝ、ビフテキ的手品師天勝氏のたねなぞは楕圓形のてんじよふにでも飛散させておけば、すむであらうし、お孃さんの、優しい肢體は、アスフアルトの上にたゝきつけておいて
めだまなんか要るまいとキレイに掃除をして、指の先には眞空管を篏め込み
ラジオならアポロトロンにかぎりますよと白狀したり、しやばつ氣を出してもみたり、ついでにゼンマイ仕掛けの靑色の舌もだして、ベロリベロリと電車も停留所も酒の肴にしてしまつて、好色精神はウヰスキイに混ぜこみ

「ちよつと失敬するよう」というが早いか、カウベもオオサカもキヤウトも市民会館前諸とも、うす桃色の敷物(カアぺツト)みたいに、くるくるくると巻きこむでしまつて。ギンザは
すいとり紙で吸いとることにして、おこのみであれば致しかたもないとあつて
トウキヤウの猶太人街とヨコハマの支那人街とは、最高速度詩型を構成して、三千億萬ボルトぐらいの車輪をつけて
ギリギルギルギリルギリギグギグリギリギリギリルと
葉巻もM・C・CもゴールデンバツトもW・Cもいともゆるやかに喫しながら 
サンフランシスコの朝寢坊をたゝき起して、
ぎん紙ざいくの宮殿なら、金十七錢に負けておいてもいゝよと
紐育や倫敦や伯林やモスクバの
高空はるけく消えいるばかり飛びにけりとなむ。    

 

 

高木春夫 虛無主義者の猫・・・
高木春夫 幻想W
高木春夫 ダダの空音
高木春夫 水の無い景色

 

 

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LOGIQUE DU OBJET 上田敏雄  (稲垣足穂の周辺) モダニズム     

 

        A NISHIWAKI JUNZABURO

LOGIQUE DU OBJET

髭の生へた麥酒瓶 髭の生へた麥酒瓶 髭の生へた麥酒瓶
臺に頤を載せる女が彼女の髯の生へた踵を顧みる
髭の生へた頭腦 髭の生へた頭腦 髭の生へた頭腦

衡り得る要求と服従は既に科學的で無感興である
             

 

           A ASAKA KENKICHI

LOGIQUE DU OBJET 

明快な猫 彼女は循環する猫である

私は明快な猫と彼女の循環を識る人間である

私は明快な猫と彼女の循環を識る人間である

私は明快な猫と彼女の循環を識る人間である
明快な猫 彼女は循環する猫である
            


           A UEDA TAMOTSU

LOGIQUE DU OBJET

あまり暑いので女神はかの女の着物をといた

かの女は暑い波にかの女の腿をつけた
oh POISSON FAUX
POISSON FAUX 彼の僞造の唇
の上に日傘が廻る
BRISEZ OMBRELLE
SAULE LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR
SAULE LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR LONGUEUR

私は浴槽で孔雀に戯れる
PAONNE FAUSSE JE SUIS PRINCE PERPETUELLEMENT PERPETUELLEMENT PERPETUELLEMENT

 

 

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