宮崎信義  (モダニズム短歌)

 


・海港。Empress of Canadaに展く窓──タイプライターがAmerica Americaを打ち續ける

・圓窓おして、潮風に醒める女。部屋には赤い南米航路地圖がはつてある

・ビルディング、ビルディング、その陰影らの迫力を追ふ瞳──螺旋階段に女が立つてゐる

銅像の上を雲が流れる。葉鶏頭の園。蝶が夕映えの空に消えてゆく

銅像の上を雲が流れる。〈黄昏〉街では娘らが花束を買つて歸つた

・花園の中に噴水がある。時にフランス語など話して女が小徑をゆく

・みなとへ續くアカシアのアベニウ。雨の日はキャバレイからひとときはワルツが流れる

・アカシアの鋪道のはては港。黄昏、エドナは山手からシェパアドをつれて散歩に出る

・鋪道にハンカチが落ちてゐた。領事館には三色旗がはためいてゐる

・空色の電車が朝は殊更明るい。午前八時、ユニオンジヤックがひらひら掲揚塔(マスト)を昇つてゆく

・暫く安全地帶に立つてゐた。入道雲とビルディングのコンポジションにフオッカアが飛んでゐた

・空に暮殘る棕櫚の木、葉もゆれず、秋近い日の別莊である

・林を過ぎて林に入つた。黄昏の海はカクテルのにほひがする。

・林木立の間から池が見えた。池のふちには白いベンチが一つ置かれてある

・谷へ展く針葉樹林、重つて、重つて、腕時計に雲がうつつてゐる

・メカニズムは九月の感情か。セダンにゆれる靑空の樹木ら

・秋風が吹く白い部屋。窓ぎはのベッドに體溫計が忘れてある

・靑空へ枯葦の莖が一本──この徑を行くと湖へ出る

・風が渡ると松はとても淋しかつた。宇宙の底に微かに燃える炎を感じた

・平凡な中にこそ眞理は見出だされると思つた。ひる過ぎになつて風が出た

 

 

 

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成川はつ子  (モダニズム短歌)

 

・窓の銅板 ホトホト鳴る月の鳩舎 花の莢はじけて黄ばみそめた

・霧の中の銃眼 斜面を走る空色のボタン 匂ひわすれて崖の家へ翅(はね)いた

・裝身具 故國に觸れる聰明な音樂 白馬の館に朱線を忘れる

・豁谷の踵 橋のむかうで白い肩から花のやうに睫毛にふれた

・蒸汽船の屋根 旅愁は銃彈の跡に似る 人住むとも見えぬ島かげの明るさ

・波切の岬 愛情に永別した烈日の異國風景石の階段に座る

・九月 庭園の銃を捨て 腕をのばし 痛ましい薔薇の陽にかくれた枝をささえる

・レンズをぬぐうても海は鉛色に見える 高山の花は聲に染つて鮮かにとんだ

・新調の靑い野 南の眞珠灣 明けがた海の女はきれいに飛躍した

・視察團をもたぬ夏の花園 高壓塔の縞を越えて香料が届けられる

・成層圈をかきわけかひくぐり 無帽の兵は人形の雪崩を受ける 地の襞に一行の聖句を寫した

・雪來る日 ひたすら逸らすかしこい妹の明眸に たゆとふ無音の一つを沈め

・しげり合う草木に応へて涙する 遠雷のあのゆたかな翼にあこがれ夜に近づいた

・その夜甲蟲が翅をひろげると純粹な精神が 緊張する あの森の鶴が膝をのばすのだらう

・手套の影 キラキラ光る曉の商店街 衿 侘しいゆめをみつめる

・來る日も來る日も八月の松の林は激しくゆれて 一つの追憶が空いろの吐息をもらす

・植物の秘かな邂逅にも高い精神の戦慄となつて 花束の中で幾許の手紙が燃える

 

 

 

 

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佐藤登里子  (モダニズム短歌)

 

・街燈の影にしほれるコロニイ 踊子達は花束の手術をうけてゐる

・機械になつた踊子達 笑ひを押しつけられて花束が崩れさう

旅愁の馬が走り去つた 綠のモノロオグ 踊子はナイフの足で滑つてゐた

・海の大きな窓 落下傘が花束になつて浮びあがつてきた

・夢から出てくると 足音を忍ばせて 月はフイルムを寫して見せる

・陸橋は濡れて搖れ いくつものモノクル喪はれ 黄色い海をひろげる

・月光が歩き出した 大きな月見草の傍で 風は搖籃を釣り下げた

・貝殻は海の響が好きになる 草たちのむれは砂丘に沈む

無花果の葉にメロンがかくれる 切り拔きの月は張られたまま

・草花の莖が伸びて 夕暮の廂に碧いレエスが懸けられる

・城塞を過ぎる趾の感激 愉快な弱点となる エルムの鐘も楽しく

・ふもとから 失はれる山 結婚式に瓦斯マスク持ってゆく國に唯一つ白い花

・氷の椅子が一つ 海からもくる 朝のフオークを置く

・坑をのぞく碧い悼しみ エルムの鐘 風は露地にはいつてゆく

 

 


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PHONO DE CIRQUE 山田一彦 (稲垣足穂の周辺)

 

PHONO DE CIRQUE
          

             山田一
ミユジイクの眼鏡をかけたミユジイクは
サアカスの遠い聲である  ミユジイク
の白い馬はサアカスの遠くなる厚い帽子
白い馬は寫眞のリボンとともに鍔にうす
くなる遠くなる煙の帽子をかむせて居る

 


『衣裳の太陽』NO.2 昭和3年(1928年)12月

 

 

山田一彦 惡魔の影
山田一彦 海たち
山田一彦 寛大の喜劇
山田一彦 CINEMATOGRAPHE BLEU
山田一彦 二重の白痴 ou Double Buste
山田一彦 花占ひ
山田一彦 Poesie d'OBJET d'OBJET
山田一彦 無限の弓
山田一彦 桃色の湖の紙幣
山田一彦 Mon cinematographe bleu

 

 

稲垣足穂の周辺 目次

 

簇劉一郎 Ⅱ   (モダニズム短歌)

 

「私の庭球」

・物質の倫理を・さつと かきみだす、コオトの白い動く 斑點

・プレイヤアが 作りあげては・こわしてゆく、速力の形而上學。これは。

・ひらいた右足に・かかる重點、支へた體(からだ)のひねり バツクストロオク。

・均整された姿態がくづれて 瞬間 ボオルの冷靜。バツクハンド・ストロオク。

・物質の彈道を鋭く表現する 對角線を 白い 呼吸だ。

・速力の彈條を 一瞬 截斷して、ネツト近くのチヨツプ・プレイ。

・均衡がみだれた陣營へ とびこむ・ボオルの 時間の 蒼い 斷面。

・一線へ追ひつめられた二本の線條。陣營の攪亂の上を ロビングの泳行。

・モオシヨンをぬすむ前衛を 網膜に──球(ボオル) と選手(プレイヤア)の 一瞬の靜止。

 

「極東陸上競技選手權大會」

・これは悠々と、これは瀟洒な跳躍、米系ヒリツピン選手 トリビオの2MA 

・吉岡 そら拔いた そらスピードだ 旗だ 靑だ 腕を 脚を ゴールへ飛躍

・ぐさり 世界記錄・記錄線へ 住吉の槍。フオールの旗がふられて

・靑天白日旗 印度三色旗 その原色のあざやかさ、その原色の、强い印象

・肉體と拍手・芝生と白線・國旗と靑空・垣一つ外の失業都市・東京

・この華かさ、この國際競技、この外苑・ここに極東オリムピツクパラダイス

・君ら跳躍にそふ兵士、君ら肉體の運轉者、その野性にひそむエロチシズム

 

「百貨店形態」

・一枚の 貸借對照表(バランスシート)に歸納される このデパートの10階の機構。

・デパートの鐵の機構が 見るまに折りたたまれる 一枚のカードに。

・富は先づ商品の蓄積から。商品の堆積層の間から 事務室の窓。

・營業室のドアのハンドル。曳いても 遠く資本は銀行にゐる。

・ひとつのものが4つに見える鏡の仕懸。その前にみんな立たされてゐる。

・階6←→5 階の段階にゐて、さて、私の貨幣は表情をもたない。

・エレベーターに吐きだされる屋根の上、神社に明朗な資本商標(トレード・マーク)。

 

「感情の斷層」

・人間の親切にまつはる限界性がそんなところにも築かれてあつた

・ほら あなたの親切も そんなところに逃場を作つておいたのだ

・蒼い斷層へ私を押しやつたまんまあなたはそこで手をひくつもり

・何年かまへの おびえた斷層が 新しい裝釘で またやつてきた

・眞實のすぐ てまへまで來てゐながらあなたはそこで目をとづる

・現實からうかびあがつたあなたの考へこそ 全くろまんちすとだ

・あなたを兄弟と呼ぶ繋がりを阻むもの それが經濟組織だといふ

・あなたをさうさせる させずにおかない それへ 刄向へといふ

・ぶつかつてゆく組織のまへ もう足もともない あなたでないか

・もうなにもないところまで押しつめられて それでも尚と いふ

・まきあげられる經濟組織へ まきあげられてゆく 私もあなたも

 

「犬と夜」

・暗闇をわたしが歩いてくると とつぜん とびかかつてきた おまへではないか

・暗闇からわたしめがけて 暗闇のなかからわたしに とびついてきた おまへ

・眼をひからせて 待つてゐたといふ おまへが わたしの 前にあつたといふ

・とびつくと はなれて そのまま 尾をふつてついてくる おまへ お前は犬

・停車塲の灯りだけが まつすぐまへに 三十間道路の ひろがる夜の秋の空氣

・爆音だけが夜の空たかく 見ると靑い飛行機は 靑い星と まぎれてしまつた

・靑い飛行機の光りが 星と星と そのあひだを はしつてゆく 靑い高い空を

・光りだけが見えて 爆音 宙返りだなんて 見えない機體から 光だけみえて

・飛行場立川の照明線が ここの 三階建ての屋根をも斜めに そのまま闇へ

・おそらく 一つの符號にすぎない夜の航空機 夜の鐵路に沿ふて 光の東京へ

 

「ある商會」

・あらしの 世界恐慌のさなかから ここだけとりのこされた といふ貌

・とりのこされた そのかはり もう生氣のないあなたたちの 手の帳簿

・ビルデング3階 螺旋を2つまわつて正面 その商會に遂にきた 休業

・カアテン ドアに鍵 資本はさつと身をひくと そのまま 商會のドア

・ドアの把手が 光つたまんま 新年にも開かぬ 暦だけは商會にも新年

・のぼるときとは ちがつた疲れ、ビルデイングの階段を下る、窓の靑空

・試験の疲れが階段を踏む、階段にビルデイングの靑空が切りとられ 窓

・靑空が小さく區切られる窓。まわる階段の まへに 區切られた 窓

・就職試験のはかない疲れが この螺旋形の 階段をくだる 窓に靑空

 

「風と感情」

・元旦は夜にはいると雨に變り カフエのまへ 空車がぬれてゐる 停止

・戸をとざした新年の街 くらさのまま そのまま 二日へ更けてしまふ

・あるきだす足もとから 夜の風 新年の風 うすぐらいその風であつた

・ひつそりとした街 バス あかるものの一つとなつて ゆられてゐる

・新年の街路を十往復 新年の道路を十二時間 あなたはバスに 働く

 

 


『空間の胴体(トルソ)』より

 

 

 

簇劉一郎 Ⅰ

 


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CINEMATOGRAPHE BLEU  山田一彦  (稲垣足穂の周辺)

 

CINEMATOGRAPHE BLEU

 

            山田一

雨のふる虛飾的の夕暮に噴水のある泉のレダが白鳥に乗つて居るあの頭をみてごらんなさい・彼女の聲を聞いてごらんなさい・

エレエヌよ・
雨のふらないことと雨のふらないことほど愛することと愛することは違つて居る・
エレエヌよ・

お前は窓の下の影を愛するパラソルをささない金魚である・お前がひとつの釦を間違へたらかならず三番目の釦は合はない・

靑い髪のレダのためのエレエヌは靑い錨の下の厚い帽子をつけたBUSTEとBAGAMIEを企てるために巧みに白粉刷毛で黑と白を間違へさせる・

雨のふる靜かな夜の海をパリスはヴエヌスの林檎をつけた釣竿を垂れ鶯を釣らうとしてモオタアボオトをすべらせる眼鏡をはづした鏡附の部屋で化粧するパリスである・

 

 

 


『衣裳の太陽』NO.2 昭和3年(1928年)12月

 

山田一彦 惡魔の影
山田一彦 海たち
山田一彦 寛大の喜劇
山田一彦 二重の白痴 ou Double Buste
山田一彦 花占ひ
山田一彦 Poesie d'OBJET d'OBJET
山田一彦 PHONO DE CIRQUE
山田一彦 無限の弓
山田一彦 桃色の湖の紙幣
山田一彦 Mon cinematographe bleu

 

 

 

稲垣足穂の周辺 目次

 

二重の白痴  山田一彦  (稲垣足穂の周辺)

 

二重の白痴
   ou Double Buste

          山田一


エツフエル塔のサロメ無花果を載せた皿を廻して居る
エツフエル塔のヨハネはフオクが無いのでメガフオンを廻して居る

BUSTEの光を浴びた砂漠の聲が土耳古風呂の浴槽にあるテレフオンから聞えてくる・

『汝サロメよ・五月の春は婦人の手袋の裏側に熟睡して居る・速く!汝の皿を惡魔の鼻に示せ・余はエロオドである』

BUSTEの影を浴びた銀行の現金出納係の方からヨハネの聲が遠く聞えてくる・

『ミユウジカルに永遠である春は二重の扉に閉ざゝれた二重の夕暮のたちさるとき永遠に永遠ではない曙とともに永遠のための永遠の音樂をかなでやうとして居る・余はその光でフオクを探さうとして居る・』

エツフエル塔のサロメヨハネは兩手に五拾錢銀貨を握り右手を右手に載せたまま土耳古風呂の中で白い馬上の女奴隷が鼻の右側に涙をおとす蓄音機附の活動寫眞をみて居る・

 

 


『衣裳の太陽』NO.2 昭和3年(1928年)12月

 

 

山田一彦 惡魔の影
山田一彦 海たち
山田一彦 寛大の喜劇
山田一彦 CINEMATOGRAPHE BLEU
山田一彦 花占ひ
山田一彦 Poesie d'OBJET d'OBJET
山田一彦 PHONO DE CIRQUE
山田一彦 無限の弓
山田一彦 桃色の湖の紙幣
山田一彦 Mon cinematographe bleu

 

 

 

 

 

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