オペラの部  饒正太郎  (詩ランダム)

 

オペラの部

            饒正太郎

チエツコスロバキヤの鵞鳥よ
料理屋のギターよ
けふは床屋の結婚式
葡萄の實を投げたまへ



サン・ジユアンの祭の日
君は茶色の自轉車をこはしたね
戰爭はまもなくつまらなくなるよ

 

太陽は馬丁のそばで
薔薇のやうにピカピカするし
ボオンピイ河岸では
アンダルシヤの娘が齒を磨き
ミリオネエルはチンパンヂイの夢をみる
マーク紙幣に注意したまへ
旅人はやせたロバに乗りたいと云ふ
初戀の家庭敎師には
麥藁帽子がよく似合ふ
馬車のひびきと洗濯屋の音



ヴイタミンと云ふ
牡馬が彫刻家の麥畑を荒したと云ふ
音樂的な話方が流行するだらう



朝食の鐘はなりひびき
僕等は水夫と話をする
君のジヤズ・ソングは空氣銃に似てゐるね
スワンは明日お休みです
花園で貧血を起こしたレトリツクの詩人よ
若き農夫は薔薇と眠る
蜜蜂と唄聲と

 

 

 

 

『20世紀』第3号 昭和10年(1935年)4月

 

 

饒正太郎 白いCabin
饒正太郎 苑の周囲

 

 


詩ランダム

 

 

説話  酒井正平  (詩ランダム)

 

說話

            酒井正平

 タイマツの點いてる暗さから遲々として落ちる指の様に指に基く言葉を點火(とも)ることに近付けてる 表裏ある空が映るアタゝカイその次にもたれる知性は還々的なる投影法が僕に飛行機をおしへるより飛行機にもとづく すぐれた中世の沈開法がヴェスビアスを薔薇にしたが あゝ でゝ行つてしまつた太平洋 !

 

『MADAME BLANCHE』第16号 昭和9年(1934年)6月

 

酒井正平 画布に塗られた陰について
酒井正平 航海術
酒井正平 肢
酒井正平 その日に聞かう
酒井正平 天文
酒井正平 七日記
酒井正平 果たして泣けるかについてきみは知らない
酒井正平 窓
酒井正平 洋服店の賣子など

詩ランダム

 

 

七日記  酒井正平  (詩ランダム)

 

七日記

           酒井正平

綠色はつながつてゐる
鍵をもたない金粉とそれを季節を分けて
メタル學者と步かなければならない
電話でそれを斷つてみえるが
晝食はオレンヂ色の動物學者ととり
草花は生えないと自意識する
忘れた盾を
グラモフオンの中に見つけだしてる… 

 


『MADAME BLANCHE』第16号 昭和9年(1934年)6月

 

酒井正平 画布に塗られた陰について
酒井正平 航海術
酒井正平 肢
酒井正平 説話
酒井正平 その日に聞かう
酒井正平 天文
酒井正平 果たして泣けるかについてきみは知らない
酒井正平 窓
酒井正平 洋服店の賣子など

 

 

詩ランダム

 

 

策取  西條成子  (詩ランダム)

 

策取

           西條成子

靑い風の中を悲しく光つて柩が通るとき

白い夜の奢りの饗應に花の蹂躙を忘れなかつた

惡魔等の冷たき笑ひはそこに始まり

あやしげなその響きは谿間の白い階段に突き當つては

死んで行くのでした。

 

 


『MADAME BLANCHE』第8号 昭和8年(1933年)7月


西條成子 青き絵筆に
西條成子 雲
西條成子 独楽
西條成子 再会
西條成子 プリズムの夢

 

 

詩ランダム

 

 

鷲の棲む皿  荘原照子  (詩ランダム)

 

鷲の棲む皿

           莊原照子

     Ⅰ
苦痛は夢よりもなほ優しかつた リルよりも──
あの影はヒイスのある銀砂の日
白い鷲をゆめみてゐる


羊毛を斷ちつくす手のその蔭
衣ずれは這ひ寄り うすれ
陷没する闇の背部からは
水色の髪だけ脫れ出る

     Ⅱ

夜の笹やぶを透かし
鳥らは苑の一隅をみる
あそこには芥子菜が濡れてゐる
啄めば胸に泌むであらう

     Ⅲ

園丁が燧石を掘り
たれのもの ? と言ふ
若いピユツクは答へる 僕の夢
銀星はつぶやいた 私の戀でない
薔薇にさそはれるリンネツトの聲よ

私達はモヂリアニの母子像を
私は遙かな夕月に掛け──

 

 

 

 

『現代女流詩人集』(山雅房 1940)より

 

荘原照子 魚骨祭
荘原照子 シユミイズ
荘原照子 育つ夢

 

 

詩ランダム

 

 

水の無い景色  高木春夫  (稲垣足穂の周辺)

 

水の無い景色

            高木春夫

三階の窓から黃いろい聲をだして
私の名前を呼んでゐる
練瓦の累積のなかにぢつと立て寵つて
枠のなかにはめた人像寫眞のやふに
尖らない 永い間獨り言の騷音に聽き
いりながら、決して決して怯えやふとは
しない
椅子はむかふの窓ぎはへコツソリと遁げ
てゆき、雪のやふに眞白な靴下の人形
お禮はあとでするよ
假名假名假名と、悲哀の提灯を振り翳し
てみても追ひつきはしない
馬は遠慮をして這入つてこない


捨て難い荒んだ家の詩韻
淡綠色の直線的悲哀
なんといふ統一した嬉しい氣分
結婚の準備の眞最中のやふに忙しくて
弱々しくて、たるんだ瘠せ木の果てに
毒々しい花が可愛さふな涙を落とす。

 

 

 

※「立て寵つて」→「立て籠つて」か?


『GGPG』第2年第1集 大正14年(1925年)1月

 

 


高木春夫 虛無主義者の猫・・・
高木春夫 幻想W
高木春夫 ダダの空音
高木春夫 眠り男A氏の發狂行列

 

 

稲垣足穂の周 辺 目次

アスフアルト・スクリーン  近藤正治  (稲垣足穂の周辺)

 

アスフアルト・スクリーン

           近藤正治

裏かへしになつたアスフアルトの上に
果てしなくのびてゆく幻燈の新都市では
何處からだつて月ならのぼるよ
新聞から パイプオルガンから 飾窓から
そしてゴールデンバツトの綠色の空へでも
やつてくる月
ピカソの月ならなほさらうれしく
こうしてのぞきめがねを窓え据えたら
星が增えるし ダイヤも增えるし
腐つたアセチリン瓦斯ほどよく光り
群衆の影だつて銀紙らしくキラキラ
タクシーに照り 電車に照り
ガソリンくさい酒塲の隅から
金モールや銀メダルで飾つた情熱が破裂しにくる
そこらあたりが火花に散つて
風が眩しいこの新世界に醉つて
ウイスキーの瓶に赤い淋菌を吹きこみ
ヴラボー ウラボーと
その瓶の底近くから
のぞきこんでゐるハガネ色の貴族は私である。

 

 

 


『GGPG』第4集 大正14年(1925年)4月

 

※「近藤正治」→「こんどうまさぢ」と読むようです。

 

近藤正治 銀座の若いキリスト
近藤正治 ココアの夢

 

 

 

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