藤木清子  (モダニズム俳句)

 

 

・古衾惡魔に黑髪摑まれぬ

・向かいの壁が眞赤で夜なべ鍛冶

・麥の穂や海の深淺あきらかに

・初秋よし靜脈透きて脈搏つよ

・飢えつつも知識の都市を離れられず

・さびし春機械の如く生くる妻

・ひとり身に馴れてさくらが葉となれり

・花の風つよければ海藍靑に

・香水よしづかに生くるほかなきか

・月涼しよきおもひ出をもたぬわれ

・きりぎりす晝が沈んでゆくおもひ

・針葉のひかり鋭くソーダ

・こめかみを機關車くろく突きぬける

・虫の音にまみれて腦が落ちてゐる

・元日のそらみづいろに齒をみがく

・チヨコレートとけて元日昏れてゐる

・落葉ふりひとあやまちを繰りかへす

・くろかみのおもくつめたき日のわかれ

・ひとりゐて刄物のごとき晝とおもふ

・春晝を沈むリフトにひとりなり

・春宵の時計のねぢを固く巻く

・淺春の體操選手の齒がしろい

・春の夜の夫人ゆるやかに着こなせり

・からたちのやはらかきとげ晝ながし

・香水の香のいきいきとふとさびし

・高階にハンカチひとつもとめたり

・夏ふかしおのが匂ひと晝をねむる

・寂寥の指紋べたべた雲はしろし

・きりぎりす視野がだんだん狹くなる

・僧房にくるしきこひをのみくだす

・しろい晝しろい手紙がこつんと來ぬ

・戰爭と女はべつでありたくなし

・短日の人妻の素足なまなまし

・水平線まるし瑞々しきいのち

・慰靈祭突如雨降り雨あがる

・いのちあり果汁琥珀に透きとほり

・病癒えぬ五月の山と平行に

・シネマ觀るひとふしの過去鮮かに

・默禱のしづけさ空にとりまかれ

・人戀へば夕べ笹の葉淸し淸し

・曇日の封筒花のごとしろし

・友と語れば海峽やがて月をかかぐ

・夏瘦の友に特急たくましく

・灯を消して孤獨の孤獨たのしきかな

 

 

 

 


モダニズム俳句 目次

 

 

片山桃史  (モダニズム俳句)

 

・泳ぎ寄る眼に舷の迅かりき

・鋭(と)きこゝろヨツトを迅く迅く驅る

・六月の懈怠ランチは河を駛る

・雨ぬくし神をもたざるわが怠惰

・影法師動くことなし雁渡る

・雁なけり醫師の眼鏡が壁にある

・雁ないて額に月の來てゐたり

・樂器店菊咲き樂器ひやゝかに

・樂やみてまなこ開けば菊すめり

・菊すめり樂器賣りたるレヂスタア

・珈琲の香にあふ舗道秋の雨

・蹤いてくる跫音それぬ秋の雨

・蜻蛉の翅音のひゞく菊日和

・貨車あまたちらばり凍てて歳去りぬ

・芝枯れて運河は靑し朝のお茶

・さくら咲く朝のスリッパひややかに

・朝のそら碧くさくらは濡れてゐる

・春曉の雨よ口笛とほくより

・口笛が絕えず薔薇垣雨ふれり

・窗高く五月の靑き河を敷く

タイピストすきとほる手をもつ五月

・鐵を灼く火を凝視む瞳に火が棲める

・靑葡萄紅茶のみたる手の血色

・透明な紅茶輕快なるノック

・秋まぶし表情かたき少女の話

・秋まぶし頑なに黑き瞳を俯せざる

・秋まぶし十顆の爪を目に偸む

・秋まぶし紅きつめたき唇小さき

・いんいんと耳鳴りわれに時亡ぶ

・よりどころなき眸に夕べ雪ふれり

・紫雲英野をまぶしみ神を疑はず

・蝶ひかる風ふき神は寢たまへり

・蛇苺地に熟れ人の眼はにごる

・どくだみの香に惡魔醒め蝶羽うつ

・どくだみに惡魔の會話虻とべり

・シュミイズにかくれぬ肌朝すゞし

・血管のみどりの肌朝すゞし

・肩萎えてをんながとほる雨がふる

・雨がふる戀をうちあけようと思ふ

・想出の中にも白き雲とべり

・三日月がひかれば女うそをつく

・階上にピアノ髭剃り麵麭を燒く

・朝の水胃に墜ち煙草肺ふかく

・雨はよし想出の女みな横顏

・雨の夜の遠き音読秋深し

・燈眩し肉搏つおとのにぶきおと

・桐咲けり憂愁ふかく身に棲める

・身のまはり靑き濕度の手紙書く

・靑の朝暴風身ぬちにも吹けり

・夕鷗我が吐く煙河を這ふ

・夕燒けてマストの十字架(クルス)ひとおりる

・叱られて叱られてありたりし神よ

・花の上に神々を見失ふ勿れ

 

 

モダニズム俳句 目次

篠原鳳作  (モダニズム俳句)

 

・うるはしき入水圖あり月照

・夜々白く厠(かはや)の月のありにけり

・ガチヤガチヤの鳴く夜を以てクリスマス

マドロスに聖誕祭のちまたかな

炎帝につかえてメロン作りかな

・よぢのぼる木肌つめたしマンゴ採り

・龍舌蘭(トンビヤン)の花刈るなかれ御墓守

・靑空に飽きて向日葵(ひまはり)垂れにけり

・サボテンの人を捕らんとはたがれる

・夜もすがら噴水唄ふ芝生かな

・ハタハタの溺れてプール夏逝きぬ

・大空の風を裂きゐる冬木あり

・冬木空時計のかほの白堊あり

・氷上へひゞくばかりのピアノ彈く

・雪晴のひかりあまねし製圖室

・ふるぼけしセロ一丁の僕の冬

・麥秋の丘は炎帝たゝらふむ

・トマトーの紅昏(くれなゐく)えて海昏れず

・一碧の水平線へ籐寢椅子

・波のりの白き疲れによこたはる

・満天の星に旅ゆくマストあり

・しんしんと肺碧きまで海のたび

・月光のおもたからずや長き髪

・そゝぎゐる月の光の音ありや

・一塊の光線(ひかり)となりて働けり

・起重機の豪音蒼穹(そら)をくづすべく

・ルンペンのうたげの空の星一

・あぢさゐの花より懈(たゆ)くみごもりぬ

・あぢさゐの毬(まり)より侏儒よ驅けて出よ

・日輪をこぼるゝ蜂の芥子(けし)にあり

・芥子咲けば碧き空さへ病みぬべし

・芥子燃えぬピアノの音のたぎつへに

・大空の一角にして白き部屋よ

・雛の眼に海の碧さの映りゐる

・月光のすだくにまろき女(ひと)のはだ

・セロ彈けば月の光のうづたかし

・月光のこの一點に小さき存在(われ)

ひとひらの月光(つき)より小さき我と思ふ

・一掬のこの月光の石となれ

氷雨よりさみしき音の血がかよふ

・我も亦ラッシュアワーのうたかたか

・古き代の呪文の釘のきしむ壁

・泣きじゃくる赤ん坊薊(あざみ)の花になれ

・太陽に襁褓かゝげて我家とす

・蟻よバラを登りつめても陽が遠い

 

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次

渡辺白泉  (モダニズム俳句)

 

・街燈は夜霧にぬれるためにある

・あまりにも石白ければ石を切る

・山蔭にゆふべ眞赤な石を切る

・象使ひ白き横目を綠蔭に

・まつさをな空地にともりたる電燈

・横濱の靑き市電にものわすれ

・めしひたるひとのまはりを歸る雁

・夏童女緬羊の顏刈る見たり

・夏童女紅き靴はき寢(い)に往きぬ

・祖父(ぢぢ)が胸赤くて閑古鳥鳴けり

・月光にふれしたまゆらくさめしぬ

・乙女子と三日(みか)逢はずければ天の川

・白き帆がひかりしりぞきゆく焚火

・臀(しり)圓き妻と斜面の芝植うる

・一本のみち遠ければきみを戀ふ

・しんかんと汝(な)が眼翳(かげ)れり鳰(にほ)の聲

・きみとゆけば眞間の繼橋ふつと照る

・われは戀ひきみは晩霞をつげわたる

・白靴を穿きかなかなに打たれゐる

・泣くことのあれば饒舌の霧一夜

・生(せい)續き雪ふる町にたちどまる

・冬の晝鳩にアポロンと呼ばれて笑む

・泣かんとし手袋を深く深くはむ

・朝曇烈しくゴオゴリをほめ默る

・遠き遠き近き近き遠き遠き車輪

・かぎりなく樹は倒るれど日はひとつ

・提燈を遠くもちゆきてもて歸る

・鷄たちにカンナは見えぬかもしれぬ

・銃後という不思議な町を丘で見た

・遠い馬僕見てないた僕も泣いた

憲兵の前で滑つてころんぢやつた

・戦争が廊下の奥に立っていた

・馬場乾き少尉の首が跳ねまはる

・吾子(あこ)うまるわれ頭(ず)を垂れて居りしかば

・朧曇の月の在處(ありど)と共にゆく

・春潮の爆裂したる白さかな

・新綠や白猫のゐる枇杷の下

・炎天やたらりたらりと石運ぶ

・秋晴れや笄町(かうがい ちやう)の暗き坂

・極月(ごくげつ)やなほも枯れゆく散紅葉

・北風の馬荒れ荒れて築地まで

・水番と士官夫人の眼が發止

・夏の海水兵ひとり紛失す

・童話めく焦土の道や雪降らでも

 

 

 

 


モダニズム俳句 目次

富澤赤黄男  (モダニズム俳句)

 

・爛々と虎の眼に降る落葉

冬日呆 虎 陽炎(かげろふ)の虎となる

・凝然と豹(へう)の眼に枯れし蔓

・寒雷や一匹の魚天を搏ち

・海昏(く)るる 黃金の魚を雲にのせ

・草原の たてがみいろの 昏れにけり

・火口湖は日にぽつねんとみづすまし

・もくせいの夜はうつくしきもの睡る

・影はたゞ白き鹹湖(かんこ)の候鳥(わたりどり)

・灯を消してあゝ水銀のおもたさよ

・遠雷のレンズの中の蒼い風景

・冬天の黑い金魚に富士とほく

・瞳(め)に古典紺々とふる牡丹雪

・屋根々々はをとこをみなと棲む三日月

・蝶墜ちて大音響の結氷期

・夕風の 馬も女も 風の中

・藻を焚けば烈しき鳥は海へ墜つ

・一本のマッチをすれば 湖(うみ)は霧

・椿散る あゝなまぬるき晝の火事

風光る蝶の眞晝の技巧なり

・炎天に蒼い氷河のある向日葵(ひまはり)

・鶏交(さか)り 太陽泥をしたゝらし

・陽炎はぬらぬらひかる午後のわれ

・水色の木蔭の嘘のすゞしさよ

・海鳥は絕海を畫かねばならぬ

・黴(かび)の花 イスラエルからひとがくる

・炎天の巨きトカゲとなりし河

・喨々(りやうりやう)と斷雲が吹きならすラツパ

・烈日を溶かさんと罌粟(けし)をさかしむる

・灯はちさし生きてゐるわが影はふとし

・靴音がコツリコツリとあるランプ

・戞々(かつかつ)とゆき戞々とゆくばかり

・めつむれば虛空を黑き馬をどる

・彷徨(さまよ)へる馬郷愁となりて消ぬ

・一本の絕望の木に月あがるや

・戦鬪は わがまへをゆく蝶のまぶしさ

・南國のこの早熟な靑貝よ

・春宵のきんいろの鳥瞳に棲める

・賑かな骨牌(かるた)の裏面のさみしい繪

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次

高屋窓秋  (モダニズム俳句)

 

・我が思ふ白い靑空ト落葉ふる

・頭の中で白い夏野となつてゐる

・白い霞に朝のミルクを賣りにくる

・虻とんで海のひかりにまぎれざる

・蒲公英の穂絮とぶなり恍惚と

・さくら咲き丘はみどりにまるくある

・灰色の街に風吹きちるさくら

・いま人が死にゆくいへも花のかげ

・靜かなるさくらも墓もそらの下

・ちるさくら海あをければ海へちる

・夜の土に落ちて白きは蛾にありし

・飛びし蛾の黃の殘光を闇放つ

・みだらなる蛾の裸身眼を燒きにくる

・白蛾病み一つ墜ちゆくそのひゞき

・樹々顫ひ蛾の飛ぶ綾に星あかり

・闇の中蛾の眼光の目もあやに

・やはらかき小徑とおもふ月あかり

・月光をふめばとほくに土こたふ

・闇の闇月落つ海は黃に染まり

・祭夜々靑き花火のひらききゆる

・山鳩よみればまはりに雪がふる

・海黑くひとつ船ゆく影の凍み

・日空しくながれ流れて河死ねり

・一人泣く少女は死兒を知つてゐた

・からからと骨鳴り花の蔭に老ゆ

・赤い雲悔と憎しみの湧き上る

・嬰児抱き母の苦しさをさしあげる

・闇底にとおく花咲き渴く夜か

・花を縫い柩(ひつぎ)はとおく遠くゆく

・花かげの妊娠河ひえびえ

・ひかりさえ氷晶となり草絕えたり

・氷界の思慕炎々と焚くは火よ

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次

西東三鬼  (モダニズム俳句)

 

・聖燭祭工人ヨセフ我が愛す

・燭寒し屍にすがる聖母の圖

・あきかぜの草よりひくく白き塔

・貝殻のみちなり黑き寡婦にあふ

・風とゆく白犬寡婦をはなれざり

・聖き夜の鐘なかぞらに魚玻璃に

・東方の聖き星凍て魚ひかる

・水枕ガバリと寒い海がある

・黑馬に映るけしきの海が鳴る

・園丁の望遠鏡の帆前船

・微熱ありきのふの猫と沖をみる

・春ゆうべあまたのびつこ跳ねゆけり

・右の眼に大河左の眼に騎兵

・白馬を少女瀆(けが)れて下りにけむ

・汽車と女ゆきて月蝕はじまりぬ

・手品師の指いきいきと地下の街

・猶太教寺院(シナゴーグ)の夕さり閑雅なる微熱

・ランチタイム禁苑の鶴天に浮き

・ジヤズの階下(した)帽子置場の少女なり

・三階へ靑きワルツをさかのぼる

・肩とがり月夜の蝶と花園に

・手の螢にほひ少年ねむる晝

・夏痩せて少年魚をのみゑがく

・熱さらず遠き花火は遠く咲け

・算術の少年しのび泣けり夏

・綠蔭に三人の老婆わらへりき

・ハルポマルクス神の糞より生れたり

・夏曉の子供よ土に馬を描き

・道化師や大いに笑ふ馬より落ち

・冬天を降(お)り來て鐵の椅子にあり

・ピアノ鳴りあなた聖なる冬木と日

・昇降機しづかに雷の夜を昇る

・紅き林檎高度千米の天に嚙む

・高原の向日葵(ひまはり)の影われらの影

・夜の湖ああ白い手に燐寸(マツチ)の火

・月夜少女小公園の木の股に

・空港なりライタア處女の手にともる

・美しき寒夜の影を別ちけり

・戀猫と語る女は憎むべし

・おそるべき君等の乳房夏來(きた)る

・中年や遠くみのれる夜の桃

・老年や月下の森に面の舞

・露人ワシコフ叫びて石榴(ざくろ)打ち落す

・黑人の掌(て)の桃色にクリスマス

・少女二人五月の濡れし森に入る

・天暑し孔雀(くじやく)が啼いてオペラめく

 


モダニズム俳句 目次