日曜 その他  井上多喜三郎  (詩ランダム)

 

日曜

           井上多喜三郎

靴磨き台上の 空の靑さよ


僕の頰に隣の草花店がうつるので
蝶のやうにとびたつネクタイでした

 

 

公園

風の子が ソーダ水を捧げてくる
コツプの中では 金魚がはねてゐる


濡れたリボンは フレツシユです

 

 

室内

豆ランプのなかには コオロギが住る


豆ランプは お母さんの乳房を探す

 


※元詩では、「住る」は「(ゐ)る」という振り仮名あり。

 

 

 

『花粉:井上多喜三郎詩集』(内藤政勝, 1942)

 

 

井上多喜三郎 言葉
井上多喜三郎 徑
井上多喜三郎 時間
井上多喜三郎 綴れない音信
井上多喜三郎 蜻蛉
井上多喜三郎 窓

 

 

詩ランダム

 

 

径  井上多喜三郎  (詩ランダム)

 

井上多喜三郎の詩は、関西風堀辰雄という気がする。

 

           井上多喜三郎

 

 

枝々は靑いランプをともしてゐた


ランプのまはりには春のコドモ達が住んでゐた


風がふくたびに


やさしい歌の流れる徑でした



 

 

※この詩、初め国会図書館デジタルコレクションに基づいてアップしたのですが、全集版では現在アップされているところまでで、あとは「花粉」という詩の後半でした。国会図書館版には頁表記がなく、問い合わせたところ落丁があったことが判明しました。元本にはその旨付箋が貼ってあったそうですが、デジタル化するときそれをアップしなかったそうです。現在は書誌情報にそれを追加して戴きました。当ブログは全集版で補ったものです。
『花粉:井上多喜三郎詩集』(内藤政勝, 1942)

 

 

井上多喜三郎 花粉
井上多喜三郎 言葉
井上多喜三郎 時間
井上多喜三郎 綴れない音信
井上多喜三郎 蜻蛉
井上多喜三郎 日曜 その他
井上多喜三郎 窓

 

 

 

詩ランダム

 

 

桂信子  (モダニズム俳句)

 

「秋たのし」まで丹羽信子名義、その後嫁いで桂信子となる。


・短日の湯にゐて遠き樂を聽く

・木洩れ日にむらさき深く時雨去る

・梅林を額明るく過ぎ行けり

・沈丁に朝の素顔がよって來る

・「源氏」讀む朧夜の帯かたく締め

・春雷や夕べひとりの食卓に

・ひとづまにゑんどうやはらかく煮えぬ

・きりぎりす素顏平らにひるねせる

・短夜の疊に厚きあしのうら

・なまぬるき水を呑み干し忿りつぐ

・秋たのし時計正午の針を揃へ

・柿つやゝか人の憂と向ひゐる

・枯園に人の言葉をかみ碎く

・逝く秋の翳深き顏を撮られたり

・白晝眩し身内に忿り持ち歸る

・霧の夜の鍵穴に鍵深く插す

・廢園に一つの記憶新しき

・朝光(かげ)に紅薔薇愛(かな)し妻となりぬ

・短日の薔薇白々と夫遅き

・晝のをんな遠火事飽かず眺めけり

・一日暮れ風なき街の空やさし

・曇り日のひとりの晝にジヤズ終りぬ

・乙女を地に雲なめらかに行き交ひぬ

・白裝の乙女を置きて昏るゝ野か

・水光り墓石墓石と對き合へり

・風落ちて人語ひそかに樹を巡り

・囁きと梨花のまはりにある夕べ

・たんぽゝの中に笑はぬ乙女も居ぬ

・夕櫻靜かに女(ひと)の醉さむる

・樹々の耀りあざやかに思念(おもひ)詩となりぬ

・霜柱悔なき朝の髪正し

・ピアノ古り人戀情に堪へんとす

・蟹あまた賣れ殘り春陽暮れ初むる

・春深く芋金色(こんじき)に煮上りぬ

・短日の机平凡に影を置く

・春晝の隣家の時計正確なり

・冬ぬくし子なきを望む夫と住む

・激情あり嶺々の黑きを見て椅子に

・雲、山に下り來激情の唇乾く

・困憊のまなこ大蠅飛び立たず

・樹とわれと匂ひ聲なき園昏るゝ

・夕月にゐて人間の聲太し

・櫻花爛漫と夫の洋服古びたり

・蟻殖えてひとみ鋭く夫病みぬ

・毛蟲涼し寢覺の顏を陽にさらす

・朝の素顏かゞやく微塵の中をゆく

・思慕ふかし人の背にバスの影流れ

・花の夕ひとりの視野の中に佇つ

・夫働きわれはもの食み春暮れぬ

・落葉踏みて瞬時の思ひ出あり

・夜の船室(ケビン)靜かにりんご傾きぬ

・海昏れてわれ夕風に匂ひけり

・ボーイ白く船室(ケビン)へ南風と吹かれ入る

・鰐の背は乾き閑寂とあるホテル

・白き部屋白きボーイを立たしむる

・夜のケビン天井に靴步み去る

・廊の靴正し南風吹き通る夜を

・わが聲のまづしく新樹夕映えぬ

・睡蓮に外人の聲ひゞきあへり

・風靑し寢椅子にパイプころがれる

・シユーベルトあまりに美しく夜の新樹

・盛夏晝のむなしさ道は白くつゞき

・蟬時雨夫の靜かな眸にひたる

・夫とゐるやすけさ蟬が昏れてゆく

・漕ぐわれに水のゆたかさばかりなる

・ひとり漕ぐこゝろに重く櫂鳴れり

・月の夜の胸に滿ちくるものいとし

・月あまり清ければ夫をにくみけり

・夫の咳わが身にひゞき落葉ふる

・クリスマス妻のかなしみいつか持ち

・女の心觸れあうてゐて藤垂るる

・鯉の音かそけしセルの香に佇てば

・夫の脊に噴水の音かはりけり

・秋の星嚴しき眞夜を夫は逝けり

・夫逝きぬちちはは遠く知り給はず

・天澄むに孤獨の手足わが垂らす

・秋の夜を笑ふひとなき淋しさよ

・夫戀へば落葉音なくわが前に

・白梅のかゞよひふかくこゝろ病む

・野菊咲き今年も締むる紅き帶

・白菊とわれ月光の底に冴ゆ

 

 

 


モダニズム俳句 目次

 

 

小沢青柚子  (モダニズム俳句)

ネット上で小澤靑柚子の句を余り見かけないので、できるだけ多く挙げてみました。

 

 

・うでまくりしたるもろての草むしり

・風搏てどなびくあたはず靑める芝

・あをぞらにたたかれバスの窓ゆけり

・森林のあをぞらに杭うつひびき

・鳩なりきみづくさあをき沼のそら

・競馬うま赤き覆面草を喰む

・あやめ咲き鴫の飼はるる水ほそく

馬鈴薯の花がなみうてりのどかわきぬ

・あをぞらが玻璃をあふれてくる机

・あきかぜはたとへば喬く鋭き裸木(らぼく)

・あきかぜにたまたま白き掌をひらく

・空氣銃黍よりひくく撃つを見き

・雪くるひバスの天井まるかりき

・まかるとて短日の陽をまれに見つ

朝顔に雨しとどなり飯(いひ)を食む

・水うてば流れながれて氷りけり

・鷺舞へり北風(きた)吹き線として流る

・ふみきりをうさぎのごとくバスに越ゆ

・日がよどみとんぼは石の痣となる

・霧がいまはがれて靑き玻璃となる

・ゆうやけがゆがんで寒くなる硝子

・あをぞらを離れて雪はしづくせり

・雪ふぶきポストは前を向かざりき

・雪ふぶきふぶきボレロの曲おこる

・麥ほめき天文臺はゆかでやむ

ペリカンが六月の陽にかわきゐる

・水族館を出てペリカンの貌とあふ

・火蛾舞へり一茶の軸は白く垂れ

・地球儀の影ゆき句集ひしめける

・かへるでの若葉つめたしひと握り

・手のひらは白く匂ひぬ走馬灯

・廢船にゐて寒鴉はたとたつ

・短日やおもちやからくりせはしなく

・幼兒ゐて聖樹の星をほしがりぬ

・藻刈舟あやつる腕の腕時計

・この觀賞魚(うを)は目高に藍を點(さ)せるごと

・闇にゐて緋薔薇の瀑(たき)が目を奪ふ

・如露の水如露をはなれて白薔薇

・如露の水緋薔薇をぬらし黃の薔薇へ

・懸崖の緋薔薇に如露を高くあぐ

・如露やめば緋薔薇のゆらぎ匂はしく

・夏雲たちよしきりのこゑ耳にみつ

・いもが欲(ほ)るものは白薔薇緋薔薇燃ゆ

・薔薇賣の不在(るす)なる薔薇をえらみをり

・瓦斯の燈を明るくひねり薔薇賣は

・月涼し月にまもられゐるごとく

・月涼し白きてのひら月にひらく

・甲板に鍛冶の火を撃ち汗垂りぬ

・梅雨寒やまひる火を焚く赤きいろに

・日にかざす麦稈帽は日に透(す)ける

・とまりたる羽根のかゞやき扇風機

・夏草のたけて花咲く花を知らず

・コスモスに夕飼のけむりゐて去らず

・こゑごゑはかりのまの闇にゐて涼し

・ほほづきはひとり遊びの子が鳴らす

・葛枯るるましらのごとく樹にからみ

・あきつ飛ぶこのよろこびを人は知らじ

・街(まち)小春白露の流民(るみん)羅沙を賣りに

・凪をゆきおなじながめの海に飽く

・霧の海わが吐く息を見ればみゆ

・霧の夜のひとかげなればかへりみつ

・鷺舞へり北かぜ靑くして染まず

・貝を剝く冬日の照りに閉づる目か

・波昏れて枯穂のさやぎなほきこゆ

・寒潮(さむしほ)に夜泊ての貨物船(ふね)は灯をいまだ

・墓碑そらをゆびさし丘のたそがれ來(く)

・鷗飛び吃水線にかつ沿へり

・黑奴をり船欄白くしてくろき

・霧降るがわびしと駱駝目はねむる

・日の丸の旗より高きもの梅雨ぞら

・あきさめはすべりて石をぬらしをり

・あきかぜに吹かれてきたる風白し

・雪とけてにごれりうつるひと澄みぬ

・生きものとともにこごえて雪のこる

・檻のなか猫がねむれりあはれなり

・木(こ)の昏れに鴉を飼ふはゆくりなき

・あきつ來と天のまほらの雲も見て

・カンナ炎え「長門」のマストそのはてに

・凧ながれひとつ入日に尾を振りぬ

・駅のまへ夜ひろびろと雨が降る

・鏡もて日をうけわれが面(おもて)をうけ

・電車ゆれ明るき電話局を過ぐ

・曇日のゆふやけにして麥そろふ

・梨の花散りてかわけり四月尽

・花なづな入日にわれらめしひたる

・うまごやし観世能樂堂敷地

・ものいはぬ馬らも召され死ぬるはや

・はたたがみ雌雄の鷄とまり木に

・夜振の火吹かれて崖を焦がすらし

・バス來れば國とりあそびふた岐れ

・夏來ては百日紅あかき墓地を忘れず

・避病院二月の木木をめぐらせり

・木の芽垣なかなる機械體操白し

・街五月眼帶のうちにわがかくれ

・秋空がカンとこはれてコツプあり

・枯園に噴水よよと立ちくづれ

・花曇すべて玉子はすかし見る

・自転車で河のまんなかまで來てみる

・松風にまみれて白く人寢たり

・風靑し電線も山を越え來たる

・理科室に赤き人體とゐるゆふべ

・赤き絲そよげり暑き日も暮れぬ

・松風にひとひらかわきゐし菫

・八重ざくら呆と見てをればみだらなる

・重湯より林檎の汁を飲み惜しむ

・鏡よりも明るき幾日ただに病む

・母よ見よ近頃の飛行機實に迅し

・骨董店黑き鎧が口をあきゐる

・おとならや木のぼりを忘れ木のほとり

・裏白き凧ぞあがれる夏の天

本願寺奥に何かあり階ほてる

・可動橋はじめてわたる顔暑く

・人妻とさりげなくをるに蚊にくはれ

冷え性の手にひときれの柿すべる

・柿食へば爪の大小も母に似る

・疲れゆき赤き月の出をかいま見に

・寒林に一箇の電車ひびき入る

・靄の夜の踏切はもだしゐるところ

・庭枯れて五六の金魚のみ赤し

・こまごまと塵の泛かべる初日かな

・子が泣けばなまじ日向のまぶしくて

・ある町の明治の屋根や冬霞

・冬の日や立て膝うすき人形師

・月の出の枝ばかりなる冬木かな

・火を焚けばふるさと匂ふゆうべかな

・歯磨粉ゆたかに含む春近み

・月夜よし山べの人は山を見む

・雪かわき自轉車りりと光り過ぐ

 

 


モダニズム俳句 目次

 

 

飯田兼治郎  (モダニズム短歌)

 近いうちに増補する予定ですが、余り長く休み過ぎたので、挙げておきます。

 

 

・飢えたものの目が
 行衞のない己の旅を急ぎたてるのではないか

・飢えたものたちが日夜あるいてゐる跫音がする露支國境地圖

・狹い巢のなかで生長した己に
 茫漠たる大陸地圖の示唆 !

・地圖を塗りわけて
 貧乏な邪魔者が訪れるのをはばみあつてゐるのだ

・長い間の闇から光りを喚びもどして
 地圖が一色に塗りあげられてゆくぞ

・思想を載せた列車が闇の中をはしりつづけてゐる音をきくのだ
 地圖の黑い線路

・母國を亡つた若いパパが
 土の上に座つて子供にキスをしてゐる

・絞首臺を下りて來た白系ロシア人の靑色の目がもつ革命期の憂愁

・建設のうしろに亡びてゆく人々
 子供は草に話しかける言葉をおぼえて

・大陸の日が沈む地平線は
 海のやうに傾いてゐる

・靑いペンキで塗られたポストの口から
 ほつかり妻の手紙がくるではないか

・船體を空にまきあげられたジャンクは
 破れたメーデーの旗をたてたまま

・國際都市の大空を支配する
 起重機の鐵柱が放射する力 !

・がつしりした起重機の膂(て)に己の傷ついた心を抱かせるのだ

・いきなり刺し殺される
 ヒステリカルな感激を抱いてゆく支那

・愛を亡うた體に突き刺つてくる
 まつ赤な支那ナイフの興奮

支那人の顏、支那人の顏、己を殺してくれる奴があると思ふのがなつかしいのだ

・誰も知らない支那人街の底で
 殺されてゆく自分を考えてゐるのだ

・阿片の切れた支那人の體をはつきり感じてゐる愛を亡うた心 (碧山莊阿片窟)

・生命を安々と賭けた阿片隠者のまへを革命は通過した

・おそらく發見(みつ)かることのない阿片窟でひとりの魂を抱いて死ぬのだ

・ああ・人生の空間を急速度でつい落する自分を茫然と意識してゐる

・腹の底から話しあいたくて
 支那の靑年に頭を下げた !

・新しい生活を築きあげた
 同志のがつしりした手をに握つてゐる靑年

・まつしぐら行動に移つていつた
 靑年支那の激情があふれた大陸

・同志のおほかたは
 理論と歴史の洪水におぼれて轉落した

・線香花火のやうな理論を机の上ではじらせてゐた同志の脱落 !

・生命をすてた無鐵砲さが
やたらに人を愛したくなるのだ

・水夫(マドロス)と淫賣(ヤーチ)と苦力(クリーン)の飢ゑた目が
 己の飢ゑた目とかち合うのだ

・心臓が破烈して死ぬ空想を抱いてロシアの汽車にのつてゐる
 深夜 !

・燈火を消した苦力列車のひびきが
 頭のなかを通過してならない

・密併(みつぺい)した寢臺車の鏡にうつる
 己の飢えた目をおそれる

・萬國寢臺車の窓に思想の匂ひがぷんぷんする赤い花束 !

・新しいロシアを横ぎつてきた尨大(ぼうだい)な機關車が己の體を敷いて通つた

・ロシア文字のスローガンをかかげた
 列車が放射するモスクワの激情

赤旗をかざりたてて驀進する機關車!
 五ケ年計劃の巨大な面貌だ

・まつ赤な帽子をかむつた少女が萬國寢臺車から下りて來た・朝

・ロシア語のアクセントで東洋の言葉をなげつけてくる・フラツパーな彼女

・赤い五月に突撃する彼女の
いのちをなげだしたフラツパーな風貌

貞操を認識しない彼女のあけはなたれた
 體、體、ああ斷崖だ

貞操は思想と國籍をこえて
まつ赤な花瓣をなげつけてくる

・危險地帯を侵してゐる少女の體にあふれた一九三一年の情熱

・危險にふれてゐる生命の躍動が
 國籍を無視してせまるのだ

・思想を胎んだスラブガールの
 震憾たる情熱がおしよせてくる

・勞働服を着た若いコンミユニストの
 魅力があふれた工場

・不思議な吸引力をもつ婦人コンミユニストの顏がある 機械 機械

・コンデイシヨンのよい機械が
 彼女達の體を解放してゐる 明るさ

・ソヴエート建設の若々しさをみながらした女體が工場にいつぱいだ

・潑刺とした蒸氣機械とコンミユニスト工場の外は大陸の起伏だ

・若いコンミユニストの衝動した視線
 帶革(ベルト)は急速力で囘轉する

・ながいこと空腹に馴されてきた少女の卓におかれたパン ソヴエートの夜明だ

・パンを燒いてゐる少女の顏 あゝ自分達のパンを燒く日が來たといふ喜び !

・すばらしいパンの燒たてをとりまいた !少女達の幸福さがあふれて

・黑麥の燒パンの匂ひが
 己の空腹をみたしてくる

・ぷんぷん燒パンのこげる匂ひが
 コーカサスの集團農場(コルホズ)をつゝんで

・國籍のないジプシイ女の奔放な顏が
 大陸の朝光を浸して

・生き拔かうとするジプシイ女の認識
 ロシア大陸の十月 !

・いきなり 波の上にシベリア大陸が浮び上がつてくる幻像

・ぴつたり
 封鎖した税關の黑い扉が憂欝な港だ

・失業したロシア貿易港の驟雨だ
 煙を吐かぬ汽罐車

・倉庫の黑い壁に張つた航海圖
 己の立つてゐる海の向うが浦鹽だ

・L L 黑い壁の頭文字(イニシアル)が暗示する
 失業港風景

・危險信號の旗を立てた汽船が
 眞黑い風景の港を朱で浸した

・港は失業の苦悶に喘いでゐる
 うごかない起重機は黑塗だ

・暴風雨の暗い海だ
 トロツキーの顏が溺れてゐる

・波止場に海を見てゐるロシア少女の簪は黑い毛糸である

・先生の眼にウラジオの燈火がうつつてゐるのを感じる夜の別れだ

・思ひきり自由にのびた檳榔樹が
 亞熱帯の空をさゝへてゐる

・びんらう樹のすこやかな樹幹が
 奔放な觸手をのばす朝の蒼空

・びんらう樹の林に赤い天幕はり
 生蕃がおどるまひるの光線

・せい悍な阿里山蕃のはなしたる木製の矢が空をながれる

・巨木を胴伐りにした宿の机に森林帶地圖をひろげてしたしむ

・みやくみやく血が脈うつてゐる感じ
 森林帶地圖の赤い登山線

・新高主峰の尖端までひかれた
 赤い登山線の蠱惑だ

 


著者についての情報やご意見を戴ける方はこちらまで。
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モダニズム短歌 目次


http://twilog.org/azzurro45854864
twilog歌人名または歌集名で検索すると、歌をまとめて見ることができます。

 

 

日野草城  (モダニズム俳句)

 

「ミヤコ・ホテル」十句

・けふよりの妻(め)と來て泊(は)つる宵の春

・春の宵なほをとめなる妻と居り

・枕邊の春の灯(ともし)は妻が消しぬ

・をみなとはかゝるものかも春の闇

・薔薇匂ふはじめての夜のしらみつつ

・妻の額(ぬか)に春の曙はやかりき

・うららかな朝の燒麵麭(トースト)はづかしく

・湯あがりの素顔したしく春の晝

・永き日や相觸れし手は觸れしまま

・うしなひしものを憶(おも)へり花ぐもり

   ★  ★  ★

・春の夜や檸檬(レモン)に觸るる鼻のさき

・春の月ふけしともなくかがやけり

・春の灯や女は持たぬのどぼとけ

・蠅一つ夜深き薔薇に逡巡す

・新涼や女に習ふマンドリン

・船の名の月に讀まるる港かな

・二三點雨の乾かぬセルの肩

・冬薔薇の咲いてしをれて人遠き

・春の蚊のひとたび過ぎし眉の上

・老孃の看護婦長の四月馬鹿

・をさなごのひとさしゆびにかかる虹

・灯を消せば靑い月夜がのぞく窓

・重ね着の中に女のはだかあり

夕映のしりぞく卓布眞白にぞ

・みづみづしセロリを嚙めば夏匂ふ

・七月の冷たきスウプ澄み透り

・水差にかちんかちんと夏氷

・伊勢えびにしろがねの刃のすずしさよ

・マカロニが舌を焦がしぬ風涼し

・靑メロン運ばるるより香に立ちぬ

・珈琲(コーヒー)や夏のゆふぐれながかりき

・靑楡(あをにれ)の森の奥處(おくど)へ自動車疾(くるまと)く

・わが原始風に觸れつつかくれなし

・ころぶして地球の膚に觸れたりき

・アダムめきイヴめき林檎嚙めるあり

・仰向(あおのけ)に神の眠りをねむりたり

マンドリンやさしき膝に載りそろふ

・うごかんとして靜かなる銀の指揮棒(タクト)

コントラバス白き腕(かいな)を纏(ま)きて彈く

・男(を)の指にギターつぶやきためいきす

マンドリン哭きつむせびつ女(め)の指に

・ひしひしと樂を鞭(むちう)つ銀のタクト

・彈きこぞる音のたかぶりのそのきはみ

・陋巷の裏へ夏野が來て靑し

・ひと拗(す)ねてものいはず白き薔薇となる

・飇天(へうてん)に孤獨なる月よ照るほかなし

・夕雲の熱きに觸るる傳書鳩

 

 

 

 

 ※「春の宵なほをとめなる妻と居り」には「夜半の春なほ處女(をとめ)なる妻と居りぬ」のヴァリアントもあるような。

 

モダニズム俳句 目次

 

 

平畑静塔  (モダニズム俳句)

 

・花が散る村のポストへ看護婦が

・そのころの解剖(ふわけ)の畫帳曝しあり

・舟鉾の螺鈿の梶があらはれぬ

・瀧近く郵便局のありにけり

・燈籠と泳ぎ別るる荒男見ゆ

・白き霧あふれて開く朝の門

・セツト輝(て)り含嗽ぐすりの色靑き

・女優出て月光冴ゆるセツト裏

・大年の街を乙女は書を讀みつ

・新春の人立つ書肆に今日も來る

・蛾の迷ふ白き樂譜をめくりゐる

・ホテル裏花の墓場が昏れてゆく

・靑空に躁狂(マニア)の手なる凧澄めり

・道中の娼家の鏡かゞやける

・傘止の生身の汗の光るとき

・地圖賣の女(め)顴骨が灼ける寺

・死にはべる銀につめたき壺を抱き

・ホスピタル算盤はじく夜をともり

・驅黴藥少女に注すと日は蝕えし

・ギター彈く樹下狂人に日は蝕えし

・蜜柑咲き海峽音を聞けり寡婦

・七夕のほろびたる朝移民發つ

・絕巓へケーブル賭博者を乗せたり

・鳩の足路上に赤し泥激(たぎ)ち

・ホール裏密林帶に秋が來る

終電車手に靑栗の君を歸し

・蟬擲てば狂人守の夜が疲れ

・冬園に尼となる身の犇と立てり

・聖女體煙のごとし訣れ去る

・冬天よ田村秋子は亡ぶるな

・病院船牧牛のごとき笛を鳴らし

・病院船海豚に花は棄てられる

・病院船晩餐の僧いや哄ふ

・難民の踊る假面の眼を感ず

・難民と神父とのみに居らしめよ

・ガスマスクやけに眞赤な雲だけだ

・混血のソロ低くせり除夜の家

・力士默々と撲(う)ち去りぬ開港の夜へ

・聖誕日旅人三鬼の髯伸びし

 

 

 

 

モダニズム俳句 目次