ひややつこ  井上多喜三郎  (詩ランダム)

モダニズム詩で冷奴なんですよね。関西風と思った由縁です。

 

 

ひややつこ

           井上多喜三郎

谿水で沐浴をしてゐた豆腐です


豆腐は中までしろい
豆腐は四角ですが
こゝろに骨を持ちません


生薑と醤油が
彼の人格を
僕の舌の上で賞める

 

 

 

 

 

『花粉:井上多喜三郎詩集』(内藤政勝 1942)


井上多喜三郎 言葉
井上多喜三郎 徑
井上多喜三郎 時間
井上多喜三郎 綴れない音信
井上多喜三郎 蜻蛉
井上多喜三郎 日曜 その他
井上多喜三郎 窓

 

 

詩ランダム

 

 

タバコ その他  井上多喜三郎  (詩ランダム)

 

国会図書館デジタル・コレクション『花粉』の落丁頁にあるはずの「タバコ」を全集版をベースにアップしています。あと2つの詩は、他頁のデジタルコレクションから。

 

 

タバコ

            井上多喜三郎

風が吹くたびにシヤツポをとるパイプ

風がくわえてゆくその小さなシヤツポは
こびとの國の 王様のシヤツポでした

 

 

手紙

ポストの巨離に キレイナお月さま


花瓣のやうに むしる手紙でした

 

 

シロホンのやうに竝んでゐる木柵でした


石だたみには打水がしてあつた


リボンのやうに長い夕暮でした

 

 

 


※「驛」詩の「巨離」→「距離」、多分。

 

『花粉:井上多喜三郎詩集』(内藤政勝 1942) 『井上多喜三郎全集』(全集刊行会 2004)

 

 

 

 

井上多喜三郎 花粉
井上多喜三郎 言葉
井上多喜三郎 徑
井上多喜三郎 時間
井上多喜三郎 綴れない音信
井上多喜三郎 蜻蛉
井上多喜三郎 日曜 その他
井上多喜三郎 窓

 

 


詩ランダム

 

 

井上多喜三郎  (モダニズム短歌)

 

近江のモダニズム詩人井上多喜三郎の短歌作品です。専門の歌人の作品のみをモダニズム短歌とするなら、番外編かも。


・馬橇の鈴の匂ひが豐です曠野いつぱい春の雪、雪

・アツプルが銀のお盆へ綠色の夢を投げてる初夏の宵

・曇天のくさつた腸をつきさしたマストのやうな葱の靑さだ

・まつしろなイチゴの花が空を硏ぐはつなつの朝をオームと話す

・月の手がタイプライターで戀を打つベツドに宿れ鈴虫の歌

・大鳶小鳶空に硏きをかけてます汽車のけむりが雲となる晴

・居酒屋の小町娘は十七よおしやれ燕が酒買ひに來る

・沸きかへる歡聲よそにみなし兒は花火みてゐたいてふの樹に倚り(運動會)

・太陽と襁褓襁褓とこひのぼり若葉の中でかくれんぼする

・麥の穂に月のあゆみがきこえますだまつて手をとるふたありのこころに

・ひとり身には小鳥が朝の時計ですアスパラガスにふかす寢莨

・輪になつて軍歌演習だ手を叩く營庭に高く產れ出る月

・朝光を斜に切つておとづれた封筒に菜の花がつきゐる

・木柵を越えくる春の微笑ですスイトピーがこゝろ捕へた

・マーブルのポーチ訪(おと)なふゴム靴の郵便脚夫がふめるステツプ

・びろうどの帽にさゝやく春の風兒は口笛で羊追ゐる

駅馬車の窓から游ぐカアテンのレースは花の香にそまりゐる

・カツフエは機械マツチだよサンポのタバコの火一寸貸りに寄る (「貸り」ママ)

・ともつたり消えたりしてゐるとき色の窓の灯(ほ)かげは花の香がする

・ポケツトが花の雫でぬれまする窓の薔薇の優しいことづけ

・娘(こ)がくれた百合の花ですだまり娘(こ)のこゝろ聽えるラヂオのラツパ

・夕ぐれにかるいうたまく自轉車よ垣根にさいた白粉(おしろい)の花

・苫船にほそぼそゆれてゐるけむり棧橋からころ月と步いた

・どこからか歌のきこえてくるめざめ窓からのぞくコスモスの花

・露おいたコスモス畠の窓の瞳(め)がサンポのコースに花粉をちらす

・二人乘の自轉車がゆくコスモスの花かげで一寸羨んでゐるトンボ

・唇(くち)つぼめ鸚鵡と話すオカツパさんの指先ひろいそばの花ばたけ

・荒れ狂ふ吹雪の夜を床屋から玉子のやうな顏で出て來た

・あかときを竹藪小徑(みち)そぞろゆく仰げば顏にこぼれるひかり

・どの竹もすらりのびをりどの竹もしづかに秋晴れよろこびあつてる

・紺絣の紺のにほひがながれくる朝(あした)間曳菜(まびきな)賣りに來た娘

・半白の髭でうもれた顏をあげほほゑむだけの朝の挨拶

・はるかなもののなつかしさ秋空のちり雲一つ胸かすめゆく

・死んだらどうなるんだらうわかりきつたことがさみしくてねられぬ夜が來た

・午前六時のサイレンはなるいちやうにゆれる櫟(くぬぎ)の梢の光

・さみどりの鉢の蕗(ふき)の薹(とう)窓におき置きこゝろ明るし君に手紙出す

・新刊の雜誌の匂ひしたしめる窓に氷柱(つらら)の折れ落つる音

 

 

 

 

 『現代口語歌集』(花岡謙二編 紅玉堂書店1928)

『井上多喜三郎全集』(全集刊行会 2004)

 

同著者の詩作品は
井上多喜三郎 花粉
井上多喜三郎 言葉
井上多喜三郎 徑
井上多喜三郎 時間
井上多喜三郎 綴れない音信
井上多喜三郎 蜻蛉
井上多喜三郎 日曜 その他
井上多喜三郎 窓

 

 

 


著者についての情報やご意見を戴ける方はこちらまで。
nostrocalvino@gmail.com


モダニズム短歌 目次


http://twilog.org/azzurro45854864
twilog歌人名または歌集名で検索すると、歌をまとめて見ることができます。

 

花粉  井上多喜三郎  (詩ランダム)

 

花粉

           井上多喜三郎

僕の癖のままに
歪んでゐる自轉車でした


くるつた僕の自轉車に
平氣で乘るひとよ
鷄や犢が遊んでゐる
狭い村道
走りながら
カネエシヨンのやうに手をあげるひとよ

 

 


国会図書館デジタルコレクション版が落丁ありということなので全集版を主にしてアップしています。

 


『花粉:井上多喜三郎詩集』(内藤政勝 1942) 『井上多喜三郎全集』(全集刊行会 2004)

 

井上多喜三郎 言葉
井上多喜三郎 徑
井上多喜三郎 時間
井上多喜三郎 綴れない音信
井上多喜三郎 蜻蛉
井上多喜三郎 日曜 その他
井上多喜三郎 窓

 

 

詩ランダム

 

 

日曜 その他  井上多喜三郎  (詩ランダム)

 

日曜

           井上多喜三郎

靴磨き台上の 空の靑さよ


僕の頰に隣の草花店がうつるので
蝶のやうにとびたつネクタイでした

 

 

公園

風の子が ソーダ水を捧げてくる
コツプの中では 金魚がはねてゐる


濡れたリボンは フレツシユです

 

 

室内

豆ランプのなかには コオロギが住る


豆ランプは お母さんの乳房を探す

 


※元詩では、「住る」は「(ゐ)る」という振り仮名あり。

 

 

 

『花粉:井上多喜三郎詩集』(内藤政勝, 1942)

 

 

井上多喜三郎 言葉
井上多喜三郎 徑
井上多喜三郎 時間
井上多喜三郎 綴れない音信
井上多喜三郎 蜻蛉
井上多喜三郎 窓

 

 

詩ランダム

 

 

径  井上多喜三郎  (詩ランダム)

 

井上多喜三郎の詩は、関西風堀辰雄という気がする。

 

           井上多喜三郎

 

 

枝々は靑いランプをともしてゐた


ランプのまはりには春のコドモ達が住んでゐた


風がふくたびに


やさしい歌の流れる徑でした



 

 

※この詩、初め国会図書館デジタルコレクションに基づいてアップしたのですが、全集版では現在アップされているところまでで、あとは「花粉」という詩の後半でした。国会図書館版には頁表記がなく、問い合わせたところ落丁があったことが判明しました。元本にはその旨付箋が貼ってあったそうですが、デジタル化するときそれをアップしなかったそうです。現在は書誌情報にそれを追加して戴きました。当ブログは全集版で補ったものです。
『花粉:井上多喜三郎詩集』(内藤政勝, 1942)

 

 

井上多喜三郎 花粉
井上多喜三郎 言葉
井上多喜三郎 時間
井上多喜三郎 綴れない音信
井上多喜三郎 蜻蛉
井上多喜三郎 日曜 その他
井上多喜三郎 窓

 

 

 

詩ランダム

 

 

桂信子  (モダニズム俳句)

 

「秋たのし」まで丹羽信子名義、その後嫁いで桂信子となる。


・短日の湯にゐて遠き樂を聽く

・木洩れ日にむらさき深く時雨去る

・梅林を額明るく過ぎ行けり

・沈丁に朝の素顔がよって來る

・「源氏」讀む朧夜の帯かたく締め

・春雷や夕べひとりの食卓に

・ひとづまにゑんどうやはらかく煮えぬ

・きりぎりす素顏平らにひるねせる

・短夜の疊に厚きあしのうら

・なまぬるき水を呑み干し忿りつぐ

・秋たのし時計正午の針を揃へ

・柿つやゝか人の憂と向ひゐる

・枯園に人の言葉をかみ碎く

・逝く秋の翳深き顏を撮られたり

・白晝眩し身内に忿り持ち歸る

・霧の夜の鍵穴に鍵深く插す

・廢園に一つの記憶新しき

・朝光(かげ)に紅薔薇愛(かな)し妻となりぬ

・短日の薔薇白々と夫遅き

・晝のをんな遠火事飽かず眺めけり

・一日暮れ風なき街の空やさし

・曇り日のひとりの晝にジヤズ終りぬ

・乙女を地に雲なめらかに行き交ひぬ

・白裝の乙女を置きて昏るゝ野か

・水光り墓石墓石と對き合へり

・風落ちて人語ひそかに樹を巡り

・囁きと梨花のまはりにある夕べ

・たんぽゝの中に笑はぬ乙女も居ぬ

・夕櫻靜かに女(ひと)の醉さむる

・樹々の耀りあざやかに思念(おもひ)詩となりぬ

・霜柱悔なき朝の髪正し

・ピアノ古り人戀情に堪へんとす

・蟹あまた賣れ殘り春陽暮れ初むる

・春深く芋金色(こんじき)に煮上りぬ

・短日の机平凡に影を置く

・春晝の隣家の時計正確なり

・冬ぬくし子なきを望む夫と住む

・激情あり嶺々の黑きを見て椅子に

・雲、山に下り來激情の唇乾く

・困憊のまなこ大蠅飛び立たず

・樹とわれと匂ひ聲なき園昏るゝ

・夕月にゐて人間の聲太し

・櫻花爛漫と夫の洋服古びたり

・蟻殖えてひとみ鋭く夫病みぬ

・毛蟲涼し寢覺の顏を陽にさらす

・朝の素顏かゞやく微塵の中をゆく

・思慕ふかし人の背にバスの影流れ

・花の夕ひとりの視野の中に佇つ

・夫働きわれはもの食み春暮れぬ

・落葉踏みて瞬時の思ひ出あり

・夜の船室(ケビン)靜かにりんご傾きぬ

・海昏れてわれ夕風に匂ひけり

・ボーイ白く船室(ケビン)へ南風と吹かれ入る

・鰐の背は乾き閑寂とあるホテル

・白き部屋白きボーイを立たしむる

・夜のケビン天井に靴步み去る

・廊の靴正し南風吹き通る夜を

・わが聲のまづしく新樹夕映えぬ

・睡蓮に外人の聲ひゞきあへり

・風靑し寢椅子にパイプころがれる

・シユーベルトあまりに美しく夜の新樹

・盛夏晝のむなしさ道は白くつゞき

・蟬時雨夫の靜かな眸にひたる

・夫とゐるやすけさ蟬が昏れてゆく

・漕ぐわれに水のゆたかさばかりなる

・ひとり漕ぐこゝろに重く櫂鳴れり

・月の夜の胸に滿ちくるものいとし

・月あまり清ければ夫をにくみけり

・夫の咳わが身にひゞき落葉ふる

・クリスマス妻のかなしみいつか持ち

・女の心觸れあうてゐて藤垂るる

・鯉の音かそけしセルの香に佇てば

・夫の脊に噴水の音かはりけり

・秋の星嚴しき眞夜を夫は逝けり

・夫逝きぬちちはは遠く知り給はず

・天澄むに孤獨の手足わが垂らす

・秋の夜を笑ふひとなき淋しさよ

・夫戀へば落葉音なくわが前に

・白梅のかゞよひふかくこゝろ病む

・野菊咲き今年も締むる紅き帶

・白菊とわれ月光の底に冴ゆ

 

 

 


モダニズム俳句 目次