黄昏 林修二(林永修) (詩ランダム)

 

黄昏

                                           林修

音もなく闇の潮が充滿する
しじまの海底に沈んで私は失明する
海への幻想に追はれながら私は
眞珠貝を手さぐる

私は疲れてしまつた
仄かなランプの光りチヂに碎け
靑いノスタルヂイアが波色に笑ひかける

遙かなる海風の響き
海藻の紅い翅が女扇のように私の頰にうねる
私の瞳はひととき
黄昏の匂ひの夜光蟲のように
きらめいてくる


「台灣日日新報・文藝欄・台灣詩人作品集6」(1936年3月3日)

林修二集』(臺南縣文化局 2000年12月)
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より


林修二 喫茶店にて

林修二 郷愁

林修二 月光と散歩

林修二 黄昏

林修二 瞳

 

 

水蔭萍 雄雞と魚 台湾 風車詩社
利野蒼 或ル朝 台湾 風車詩社
丘英二 星のない夜 台湾 風車詩社
戸田房子 遠い国 台湾 風車詩社

 

 

 

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短詩 水蔭萍(楊熾昌) (詩ランダム)

短詩

                                         水蔭萍子

 

A.白い曉
タイナンの鋪石道を步いて行つた人
うつむいて行つた人
死の國へ……
白い曉の中へ消えて行つた人

B.戀人
虐殺された女人の首……
※ ※
ああ……君の戀人が笑つている
君の戀人が笑つている

C.黎明
美しい夢……
乳色のモヤをとおして
窓に綠りの葉影が私を呼んでいる……

D.秋のにほひ
ガス燈の立つているアオギリの下
白い手袋の女が
獨り立つて……

E.冬
花屋の中は
菊の匂ひで一つぱいだ
オヤヂが菊の葉を食べている
※ ※
海上の濃靄〈ガス〉のやうに冷たい

F.冴えた夜空
落葉樹の枝先に凍つてい星
駄者座、雙子座……
※ ※
オリオン座 ギヤマンの花が
夜空に笑つている
※ ※
冴えた冬の夜空は
スバラシイ甘いゼリ-菓子である……

G.眠れる女
冷たく橫はつた死人
彼女は魂の花園を散步している
※ ※
心臟が胡弓をひいている……

H.夢
真赤な血を吐いて死んだ女
今もその血潮に濡れた唇が
アルレグロのテンポで唄ひつづけている……
※ ※
虐殺者の歌
ああ……血の讚美歌を歌つている

 

 

「台南新報」1932年1月18日 水蔭萍人名義

黃建銘『日治時期楊熾昌及其文學研究』より

 

詩ランダム

風車の庭 戸田房子 (詩ランダム)

 

風車の庭

                                             戸田房子

いつかの日のやうにあなたはそこにたつてゐる。古風な草花をかんむりのやうにからませて。その胸は虹、瞳(ひとみ)はぬれた童話の匂ひがする。なにかそれはせつないほどの。遠(とほ)くとほく雲のはてをひかつた雪片を追つてゐる

わたしは喪失した沓をはいてそつとよりそふ、その乳兒の肌。黃昏色の輕羅をすかせば。あなたはかぼそくわらふ、深海の魚(うを)あなたはかぼそくわらふ、層楼の埃(ほこり)。わたしはなほもよりそふ

これは睡眠(すいみん)の扉(とびら)だらうか。瞬間うしろの騷音がわたしのこころをかきみだす。わたしはひしとあなたの手をにぎる。なんと、その手はわたしの掌のなかで花粉のやうに崩れる。わたしはふるへる鄕愁であなたをかき抱くあなたは一片の無臭の塊となる

それが約束でもあるかのやうに假死した蝶が笑ふとこはれた風車がことことまはりはじめたその乾いたこゑ。蒼ざめて目をあげると、凍つた時間のなかをたくみに逸走する白い鳩。白い鳩よ。それにしても。ゆふぐれの徑にむらさきの花はあまく、飾石にもたれると、夢辺の合唱がなほもきこえてくるのであるが。


「台灣日日新報」1937年8月2 8日
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 

 

戸田房子    遠い国  

戸田房子    渡海   

 

 

水蔭萍 雄雞と魚 台湾 風車詩社
利野蒼 或ル朝 台湾 風車詩社
林修二 喫茶店にて 台湾 風車詩社
丘英二 星のない夜  台湾 風車詩社

 

 


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渡海 戸田房子 (詩ランダム)

 

渡海

                                      戸田房子

わたしは一つの約束をした
それがすむと    そつと甲板へ出ていつた
海は杳(くら)く   そのなかに   どんな嗟(なげ)きがあるかさへ
みわけがつかないほどだつた

おとがする    何かのおとがする
海の底(そこ)から   海の底(そこ)から
あれは魚の歌だらうか
人たちは何処にゐるのだらう
遠くで眠(ねむ)つてゐるのだらうか
わたしはここにゐるのだらうか
死はやせてわたしのすぐそばにゐた
わたしと睦(むつ)まじげになにかかたらひながら

その夜    海は果てもなくひろがつてゐて限りない不安は親しくさへあつた
こごえた風が宙へのぼり    ながい時間がすぎると
星達はたがひになにか叫(さけ)びながら降りはじめた

 

 

 


「台灣日日新報」1938年6月8日
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 


戸田房子 遠い国

戸田房子 風車の庭

 

 

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遠い国 戸田房子 (詩ランダム)

 

 

遠い國

                                 戸田房子

動物は一匹であるいてゐた
はいいろの草原のむかうには
鉛色の海が重たくひろがつてゐて
わたしはその色彩のない風景が
かなしくてしかたがなかつた
粉土(こなつち)の道の上を 動物ははしつてゐた
動物は駱駝(らくだ)ににてゐた
腹がたぷたぷゆれて
化石した夢(ゆめ)のなかを
それがわかつてゐるとも思へないのに
やつぱり海の方へはしつてゆくのであつた

 

 

 

 

「台灣日日新報」昭和12年(1937年)12月26日
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 

 

戸田房子 渡海

戸田房子 風車の庭

 

 


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星のない夜 丘英二(張良典) (詩ランダム)

 

星のない夜

                                                  丘英二

こだまする騷亂の蜂起する日沒になると中毒した陽熱を吐く石に股がつて私は空に網を投げ上げる。漸くたぐり寄せた憶出を刻みつける寶石を探して歩き疲れる
黄昏を焦した街燈は更に私を幻想の掌から掌に渡す。思ひきり逃避に息をきらせて安心する間もなく身體を見失ふ靄 のなかでない寶石を悲しむ。灯のない部屋では失望の寂しさが荒く喘ぐ

 

 

 

 


「臺灣文藝」第2巻第6号(昭和10年(1935年)6月)
『日曜日式散歩者』(行人文化実験室 2016年9月)より

 

 

水蔭萍 雄雞と魚 台湾 風車詩社
利野蒼 或ル朝 台湾 風車詩社
林修二 喫茶店にて 台湾 風車詩社
戸田房子 遠い国 台湾 風車詩社

 

 

 

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月光と散歩 林修二(林永修) (詩ランダム)

 

月光と散歩

                                       林修

 

散歩

雨、 晩秋時雨……

無定形螺旋状の小路を登りて、独りで晩秋の味をなめて見る。

凋落と挽歌、魂と肉体、結合と離散と……
音、色彩、感触。紅葉の時雨は詩の響。

 

何もない部屋とマリヤの像と鏡。
何らなすことのない夕暮
細々しい思念に灯をつけて霧の夜の虹を見る。

 

小さな思い

夜光蟲が光る─
海の響を楽しむにはコクトオの耳をかりるのか
それとも貝殻らになることか……

 

思い出

死の恋
            恋の死
弱い感情のルツボを覆した夜の思ひ出。

 

十二月

感傷と夜。夜に聞く秋のトレモロ
それは旣に葬られた言葉でなくてはならない。
秋に死んでしまった恋のムクロを静に愛撫する。

 

月光

真夏の深海の底のリズミカルな搖蕩。
月は疲れて歩き出す。僕はこのアルバムを不変色に保存したい。

 

意欲

時として果実になりたいことがある。
新鮮なる香気と少女の如き無垢なる性の羞恥は魂の疲れを甘やかになでまはす。

新鮮な果実への意欲。
私の五管の血圧は常に桃の花でありたい。

 

夢と春の譜

外の吹雪は止んで水銀は0度だ。遙かなる海島を渡って来る南國の抒情。白い堆積の中から木立に咲いた花粉の匂いをかゞんとして王子の如き盛装して春を探す。

 

 

 

『MOULAN』第3輯にこの総題、この並びで掲載されているとか。

林修二集』(臺南縣文化局 2000年12月)より。

林修二集』は漢字や平仮名の表記に不統一なところがあるようで、前半「蒼い星」は基本的に正漢字+現代かな使い、後半「集外集」は基本的に当用漢字+歴史的かな使い、但し1つの詩の中で両方が混じっていることもあるようです。

 

 

林修二 喫茶店にて

林修二 郷愁

林修二 瞳

 

水蔭萍 雄雞と魚 台湾 風車詩社
利野蒼 或ル朝 台湾 風車詩社
丘英二 星のない夜 台湾 風車詩社
戸田房子 遠い国 台湾 風車詩社

 

 

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