林亞夫  (モダニズム短歌)

戦後は林民雄の名で歌を発表している。昭和12年ごろは、山田盈一郎とともに、エリオット、パウンドに惹かれていて、ポエジー派の颯爽たる理論家として知られていたらしい。簇劉一郎の友人の同名の童話作家は彼のことか。 ・醫學生が兎を買ひにゆく 花粉のな…

中村鎭  (モダニズム短歌)

・自動階段(エスカレーター)。花ひとつ。私の足元まで昇つて來て踠(もが)いてゐる ・自動階段(エスカレーター)。自動階段(エスカレーター)。花ふたつ。平行に昇つて來て、左右の窓から別々に別れて行つた。 ・自動階段(エスカレーター)。花ふたつ。ひとつリ…

グウルモンにささぐ 衣巻省三  (稲垣足穂の周辺)

グウルモンにささぐ 衣巻省三 シモオヌ 雪はそなたの脛のやうに白い シモオヌ 雪はそなたの手のやうに冷い たそがれ 丘の上に雪がわたる丘の下ではたくさんのシモオヌが死んでゆく 無題 月光に空氣銃の先がひかつてゐる猫はむかふをむいて動かない私はトラン…

石原純  (モダニズム短歌)

・線條は面を幾何學的に劃し、風は常に新鮮である。さすがに畫布の上で女は永遠に微笑する。 ・ある夜壁面(へきめん)に白い花が開き、心臓が黄いろいふくらみを覺える。さて、心靈學者は徒に神秘を創造する。 ・忘れられたやうに朱塗の硯箱が置かれてゐる。…

簇劉一郎 Ⅰ  (モダニズム短歌)

歌人としては簇劉一郎または会田毅(本名:あいだたけし)、推理作家としては北町一郎。簇劉一郎は「そうりゅういちろう」と読むらしい(『論創ミステリ叢書 北町一郎探偵小説選Ⅰ』解説)。 ・東南風曇後晴 測候所横のグランドで 失策の多い試合が始まる 梅雨ばれ…

不幸な鴉の話 4 丸山清  (稲垣足穂の周辺)

だが、毎日、御天守の上空を翔ひ乍ら、斯うした盡きぬ怨言の縷々を吐き連ねてゐた鴉は、或る日、不圖、或る奇怪な出來事に兩眼を見張つた。と言ふのは、今の今まで自分の眼下に繪巻のやうに靜かに鳴りを潜めてゐた城廓と其の周圍の湖水とが、どうやらメリー…

不幸な鴉の話 3 丸山清  (稲垣足穂の周辺)

怪しげな天守樓の上半身が、暗黑の松松に深々と腰をば埋めて、默々として夢魔のやうに、又、幻影のやうに夜半の天空を摩してゐた。そして、此の高樓の半面は、今しも夕立のやうに烈しく降り注ぐ月光に洗はれて、恰も羽擊(はばた)くやうな白々しさに晝を欺き…

不幸な鴉の話2 丸山清  (稲垣足穂の周辺)

──(夢の中の鴉が城主であつた時に見た夢の中の鴉が城主であつた時に見た夢の中の鴉の獨白)………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

不幸な鴉の話 1 丸山清  (稲垣足穂の周辺)

そゝり立つ夏雲の峯を背に負ふた嚴(いか)めしい天守樓の上半身が、鬱蒼とした老松の綠靑(ろくしやう)いろの梢の上に、琥珀いろの天日の光に沐浴し乍ら、恰も世にも巨大な鎧を据えたやうに、魔の如く無邊の天空に懸つてゐた。灰いろの石崖が城を包んだ森をば…

廣江ミチ子 Ⅲ(新庄祐子名義)  (モダニズム短歌)

火山 ・霧すくなく立つ かたむけよと我がてのひらをかへす めざめてあればまなかひにくもる歌よ ・入江ある島にすむわづかなる作法にいたいたしいまひるの朗誦の吃音である ・麻の袋 その低いトオン 老いたソリジア 濱名湖の靑い寫眞がうつる ・人工の印象 …

神山裕一   (モダニズム短歌)

・帆柱の四五本が搖るる月夜空しろく羽ばたきて過ぐるものあり ・人或は眺めやるべし海原に夜ふけて赤く月ぞ照らせる ・夜はふけてやどかりうごく磯の岩娼家のあかりおよび來らず ・磯の空ときにひるがへる蝙蝠(かはほり)は月夜さやけみよく遊ぶらし ・部屋…

春日 衣巻省三  (稲垣足穂の周辺)

春日 衣巻省三 猫と一室に戯れつくしても暮れなかつたもう殺すよりほかない!首をしめ終へると日はやつとくれた死んだ猫はピクピク手を動かすのを止めない春日は夜の中に僅かに生き殘つて手を動かしてゐる 空腹 初めお腹の中に虹がたつてゐる──あした天氣に…

毀れた街 衣巻省三  (稲垣足穂の周辺)

稲垣足穂と共に、佐藤春夫のところへ出入りしていた衣巻省三の詩です。 毀れた街 衣巻省三 小 鳥 胸の中に豆電氣がともつてゐる 航 海 魚となつててのひらよ、艶やかな襟首の流れを下り、たぐひまれな彼女の入江にまで、春日遲々とたゞよひゆかん。 毀れた街…

ノック・バツト型「のぞき器械」 丸山清  (稲垣足穂の周辺)

見たところ野球用のバツトであるが、提げてみるとノツク・バツトよりもいつそう輕いから携帶には至つて便利なしろものである。實際は樫の棒に似せたボール紙の細工物であつて、その中腹から左右に一本づゝ都合(あはせて)二本のゴム管が垂れさがり、又、その…

秋と病める少年 丸山清  (稲垣足穂の周辺)

俊一郎は岬の突端に建てられた赤い屋根の家で、哀れにも夢み勝ちな腹膜炎を患ひつゞけてゐたのです。そしてそのゆへに此の不幸な少年の心の悲しみは、もう長い年月、水色でありました。病室の窓のほとりに其の涯は空の極みと相寄る海を眺めながら、早く秋が…

田中武彦  (モダニズム短歌)

・いちども冠(き)せぬベレツトといふ帽子それも柩(ひつぎ)に入れてやりたり ・樂しげに落語聞きをるこの男がつねにイデオロギイを口にする男か ・夕明(あか)る海を見おろし見おろして居留地街にのぼり來れり ・羅馬のコルシアムを思はす街を歩み蔦におほはれ…

海生動物 4  遠藤忠剛  (稲垣足穂の周辺)

……薫の高い白檀の林の生えた龍宮の門前の庭をめぐつて外界と境をして小川が流れてゐる。そこには黄金の橋が懸つてはゐるが下は溷(どぶ)の流れである。半月形をしたその橋の黄金の階段に腰をかけた二人の侏儒が、柔かな小人革の赤靴をはいた兩足をぶらぶら動…

海生動物 3  遠藤忠剛 (稲垣足穂の周辺)

我等の悲しき暴君は己れにも他(ひと)にも分らぬ恐ろしい孤獨の悲惱を抱いてひとり海に生れながら、海に棲む者の群を遁れてその力のままに有限の海に無限無終の慘忍三昧に耽つたのである。魚を、魚を、限りなき魚を幾代となく彼の種族は悲しく貪り啖ひ飽くこ…

海生動物 2  遠藤忠剛 (稲垣足穂の周辺) 

B 私の母は生れた時、その嬰子(あかご)特有の赤い頭は公方柿のやうに尖り、またその眼は櫧子眼だつたと云ふ。出産祝ひに親類の畫家が蛸の繪を描いて送つて來たので、私の母の母は産褥(とこ)の中で齒がみして怒つたとか云ふ話。── C 私はこの夏、八月三十一日…

海生動物 1 遠藤忠剛 (稲垣足穂の周辺)

稲垣足穂編集『文藝時代』「怪奇幻想小説特集号」(1926年8月)に掲載された遠藤忠剛の傑作。一種の怪獣小説? ご高覧あれ。 A AA 何時の日から、又なにのためだかしらぬ、兩肩の筋肉が巖疣瘤(こぶ)となつてもりあがつた毛だらけの眞黑な大男が三里四方もある大…

Salutation  冨士原清一  (稲垣足穂の周辺)

Salutation 冨士原清一 1 玻璃性白色光線の浴室に、輝かしい洋銀の皿あるテーブルに倚り、銀色のナイフとフオークをとりつゝ、はや少女は噴水のなかにある凡てのものを想像し盡してしまつた。 いま少女は、彼女のつゝしまやかな5つの白百合の花びらをつゝむ…

無限の弓  山田一彦  (稲垣足穂の周辺)

無限の弓 山田一彦 火の如き蜘蛛の絲絲への演繹され得る慾望への指環 その肉感を露出せるひとつの蓮を拒否するための龍宮の旗旗への肖像の搖れる 斷然たる夢 それらの花の如き生殖器は大空への否定のための傳統を切斷せし犧牲である 永遠の自殺を可能ならし…

鷹  丸山清  (稲垣足穂の周辺)

「四季」派の詩人丸山薫の弟で、稲垣足穂から"宝石細工のような小品"を書く幻想作家とされた丸山清の代表作。ご高覧ください。 翼をひろげればコンドルよりも大きくなるが窄めれば雀よりも小さくなる不思議な鷹が献上されて、天守閣のいちばん高い軒に美しい…

Pensee et Revolution des Danseurs en Ciel 山中散生 (稲垣足穂の周辺)

Pensee et Revolution des Danseurs en Ciel 山中散生 薔薇色のパラシユート 貴女のオペラハツトである晴天のこの飛行機に搭乗した予は薔薇色のパラシユートに滅形するであらう貴女の奇蹟的に流行型となつた一個の卵子 時にはパラシユートはパラシユートの如…

裂かれた森を貝殻の腦髄が梳いた 上田敏雄 (稲垣足穂の周辺)

裂かれた森を貝殻の腦髄が梳いた 上田敏雄 貝殻の側に星が岸へへばりついた 暫くたつた後で貝殻の生身が乳房のついた舌をのぞかせた 腦髄の割れた處に梳かれた頭髪がぎざぎざな岸をづり動かした後でなめらかな星をいただいてゐた 『FANTASIA』第1輯 昭和4年…

眠り男A氏の發狂行列  高木春夫  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

眠り男A氏の發狂行列 高木春夫 ストウブの影にて、石炭のおこつた顔が踊りだし、飛行器の丸窓からは、さかんに砂が落ちてきて、毛むくぢやらのステツキがおもちやの人形に接吻したり、ビルデイングのお姫さまを梯子形のローソクに照らして、のこぎりで誘惑し…

LOGIQUE DU OBJET 上田敏雄  (稲垣足穂の周辺) モダニズム     

A NISHIWAKI JUNZABURO LOGIQUE DU OBJET 髭の生へた麥酒瓶 髭の生へた麥酒瓶 髭の生へた麥酒瓶臺に頤を載せる女が彼女の髯の生へた踵を顧みる髭の生へた頭腦 髭の生へた頭腦 髭の生へた頭腦 衡り得る要求と服従は既に科學的で無感興である A ASAKA KENKICHI…

香炉の煙  稲垣足穂  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

香炉の煙 稲垣足穂 李白と七星 或る晩、李白が北斗七星をかぞへると、一つ足りなかつた。それが自分の筆入のなかに入つてゐるやうな氣がしたので、その竹筒を何回もふつてみたが、星は出なかつた。どうもをかしいと思つて、もう一度かぞへてみると、こんどは…

美木行雄 Ⅱ (モダニズム短歌)

・斷髪が 日にぱつと搖れ、 びるでんぐの角を 踵で廻る 洋裝の女。 ・街はづれの 暗い坂の上で、 へつどらいと ぢーつと廻り、 ─女(ひと)を乘してゐる。 ・ぱつと、 燭光をうけてあげる 横顔の、 鼻筋はきんととほり、 輝く眼のいろ。(Miss Junea) ・しよう…

マダム・ブランシュ 冨士原清一  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

マダム・ブランシュ 冨士原清一 1 いまに月があの尖塔の突先に、靑いアルミニウムの旗をあげさうなので、街中のいつさいの色彩は忽ちいち絛の白色瓦斯體となり、慌てて街燈のなかにかくれてしまひました。 ために花屋の花たちと化粧室の婦人らは衣裳をつけて…