風景ノ墓石 利野蒼(李張瑞) (詩ランダム)

風景ノ墓石 利野蒼 烟ノ花束 退屈ノ輪ガ夏ノ祭典二投出サレ永遠二夢見ヌ雜草ノ群 無意味二少女ノ日傘二戱レ 逃場ヲ失ツタ光線ハ少女ノ匂ヲソツト盜ミパラソルノ薔薇ヲ拔取ツテ武裝シタ木麻黃ノ葉蔭二凭レ 輦霧(レンブ)ノ香リヨ 樟ノ林ヨ寧靖王ノ寂靜ナル眠床…

テールームの感情 利野蒼(李張瑞) (詩ランダム)

テールームの感情 利野蒼(李張瑞) 南の街の舗道が感情のナイトキヤツプを被るとテールームのビクトロラは静かに悲哀の最低音から立ち上る。 無為から恋愛を造型せんとするハムレット 莨の消毒が感情のアスピリンとなったとき、棕梠の葉蔭から美しい笑ひが消…

古びた庭園 利野蒼(李張瑞) (詩ランダム)

古びた庭園 利野蒼(李張瑞) 月光を浴びて、古びた庭園の影、ゲツキツの香気に讃美歌を口ずさむ少女、その横顔。 虚空を流星の聖母は月桂冠をぬいで上天する。 天国の扉は愛の悲しい使者である。少女の柔い手には脆い。アダムとイブと林檎。少女は常に聖書(バ…

白き空間 利野蒼(李張瑞) (詩ランダム)

白き空間 利野蒼(李張瑞) 紫色の硝子は夜明の薔薇ではない。冬の恐怖は心臓を病む胡弓であって菊の花弁を集めない。微風に戦く性の羞恥とアラビヤの王子に恋する王女の無躾。処女のポストは生々しい虚空であった。私の頭脳は刺青した生蕃女の乳房である。 阮…

出口王仁三郎  (モダニズム短歌)

大本教教祖出口王仁三郎は、モダニズム短歌が盛んだった当時、前川佐美雄の『日本歌人』や前田夕暮『詩歌』等多くの歌誌に投稿していた。歌は旧来のものだとされるが参考のために。 ・秋の夜の月はうごかず庭の面(も)を照らせど暗きわが戀心(こひごころ) ・…

横山房子  (モダニズム俳句)

・南風の港の晝に今日も來(き)ぬ ・アシカ棲む水にすだまは夜は戱(たはむ)る ・原稿の出ぬ日の貌が壁を凝視(み)る ・遊歩場朝(あした)のバラに人在(あ)らず ・日時計の埃に高く陽がゆける ・戰傷者のバス過ぎ鋪道よみがえる ・昏れ早き一日の果を米濯ぐ ・濯…

村田とし子  (モダニズム短歌)

・何と云ふかなしい歌をうたふでせふ雪のふる夜は蓄音機までが ・王女さまの瞳のやうなはなやかさぱつちりひらいたたんぽぽの花 ・霧ふかい山ふところの溫泉の宿の日暮れを散る山桜 ・玲瓏とあをくはれてる大空のひるまぽつかり出たお月さま ・うえとれすの…

「存在」に就いて  古賀春江  (詩ランダム)

「存在」に就いて 古賀春江 うるんだ眼から指が動いて靑い水の滴りを掬ひあげる深い重みが遠い所からやつて來る微笑(ほゝえ)みながら頁をめくると掌の上にある桃色の鳩の羽が落ちぼけた顏をなめるやうに昔噺の本を案内する 切斷の整理はしかしどんなに努力して…

製作  古賀春江  (詩ランダム)

製作 古賀春江 純粋な理念は純粋な行為であつた私は昨日死んだのだ埃のために汚れた太陽も今洗滌しなければならない凡ての価値が両側の鳩のやうに落ちてしかし精神がある限りそれは色づけられては見られない 儚ない夢のはぎとられた時時間が見合をはじめる純…

神生彩史  (モダニズム俳句)

・新涼の玻璃に描ける白き裸女 ・蟲の音をビルの巷にうたがはず ・月の潮白きランチが截りゆけり ・暖房や大き裸婦の圖を壁に ・をさならに白きページに靑あらし ・重工業白き月光をけぶらする ・白き船月の海ゆき居ずなりぬ ・詩書さぶく經濟の書と肩を組め…

古き市街  瀧口武士  (詩ランダム)

古き市街 瀧口武士 曇日肉屋から腺病質の少年が出て來る 斜陽裏門に梨が咲いてゐる癈屋の庭から籠を持つた婦が現れる。 弦月癈園の向ふに春がある二階で少年が新聞を讀んでゐる。 春闇瓦の上に熟んでゐる星新樹の河畔で天然痘が猖獗してゐた。 『新天地』(新…

航海 その他  瀧口武士  (詩ランダム)

航海 瀧口武士 夜おそく、船長室の窓をあけて、彼らは小さな會話を始める 秋 Cabinの窓に秋が來た河岸にある舟舟舟あの帆柱をかぞへてごらん──猫が居るから 高臺 三月の高臺は鶯曇りである坂になつた段々の街で午前の時計が鳴り合つてゐる遠い市街に電話をか…

母 その他  吉田一穂  (詩ランダム)

母 吉田一穂 あゝ麗はしい距離(デスタンス)常に遠のいてゆく風景……… 悲しみの彼方、母への搜り打つ夜半の最弱音(ピアニシモ)。 嵐 森彼女にひそむ無言。夜を行く裸形の群れ彼等は踊る。魚愚かなる野の祭り。 自像 黃金と香気の密かな文字を刻む深夜の薔薇背…

軍艦茉莉  安西冬衛  (詩ランダム)

軍艦茉莉 安西冬衛 一 「茉莉」と讀まれた軍艦が北支那の月の出の碇泊場に今夜も錨を投(い)れている。岩鹽のやうにひつそりと白く。 私は艦長で大尉だった。娉嫖(すらり)とした白皙な麒麟のやうな姿態は、われ乍ら麗はしく婦人のやうに思われた。私は艦長公…

ひややつこ  井上多喜三郎  (詩ランダム)

モダニズム詩で冷奴なんですよね。関西風と思った由縁です。 ひややつこ 井上多喜三郎 谿水で沐浴をしてゐた豆腐です 豆腐は中までしろい豆腐は四角ですがこゝろに骨を持ちません 生薑と醤油が彼の人格を僕の舌の上で賞める 『花粉:井上多喜三郎詩集』(内藤…

タバコ その他  井上多喜三郎  (詩ランダム)

国会図書館デジタル・コレクション『花粉』の落丁頁にあるはずの「タバコ」を全集版をベースにアップしています。あと2つの詩は、他頁のデジタルコレクションから。 タバコ 井上多喜三郎 風が吹くたびにシヤツポをとるパイプ 風がくわえてゆくその小さなシヤツ…

井上多喜三郎  (モダニズム短歌)

近江のモダニズム詩人井上多喜三郎の短歌作品です。専門の歌人の作品のみをモダニズム短歌とするなら、番外編かも。 ・馬橇の鈴の匂ひが豐です曠野いつぱい春の雪、雪 ・アツプルが銀のお盆へ綠色の夢を投げてる初夏の宵 ・曇天のくさつた腸をつきさしたマス…

花粉  井上多喜三郎  (詩ランダム)

花粉 井上多喜三郎 僕の癖のままに歪んでゐる自轉車でした くるつた僕の自轉車に平氣で乘るひとよ鷄や犢が遊んでゐる狭い村道を走りながらカネエシヨンのやうに手をあげるひとよ ※国会図書館デジタルコレクション版が落丁ありということなので全集版を主にし…

日曜 その他  井上多喜三郎  (詩ランダム)

日曜 井上多喜三郎 靴磨き台上の 空の靑さよ 僕の頰に隣の草花店がうつるので蝶のやうにとびたつネクタイでした 公園 風の子が ソーダ水を捧げてくるコツプの中では 金魚がはねてゐる 濡れたリボンは フレツシユです 室内 豆ランプのなかには コオロギが住る…

径  井上多喜三郎  (詩ランダム)

井上多喜三郎の詩は、関西風堀辰雄という気がする。 徑 井上多喜三郎 枝々は靑いランプをともしてゐた ランプのまはりには春のコドモ達が住んでゐた 風がふくたびに やさしい歌の流れる徑でした ※この詩、初め国会図書館デジタルコレクションに基づいてアッ…

桂信子  (モダニズム俳句)

「秋たのし」まで丹羽信子名義、その後嫁いで桂信子となる。 ・短日の湯にゐて遠き樂を聽く ・木洩れ日にむらさき深く時雨去る ・梅林を額明るく過ぎ行けり ・沈丁に朝の素顔がよって來る ・「源氏」讀む朧夜の帯かたく締め ・春雷や夕べひとりの食卓に ・ひとづ…

小沢青柚子  (モダニズム俳句)

ネット上で小澤靑柚子の句を余り見かけないので、できるだけ多く挙げてみました。 ・うでまくりしたるもろての草むしり ・風搏てどなびくあたはず靑める芝 ・あをぞらにたたかれバスの窓ゆけり ・森林のあをぞらに杭うつひびき ・鳩なりきみづくさあをき沼の…

飯田兼治郎  (モダニズム短歌)

近いうちに増補する予定ですが、余り長く休み過ぎたので、挙げておきます。 ・飢えたものの目が 行衞のない己の旅を急ぎたてるのではないか ・飢えたものたちが日夜あるいてゐる跫音がする露支國境地圖 ・狹い巢のなかで生長した己に 茫漠たる大陸地圖の示唆…

日野草城  (モダニズム俳句)

「ミヤコ・ホテル」十句 ・けふよりの妻(め)と來て泊(は)つる宵の春 ・春の宵なほをとめなる妻と居り ・枕邊の春の灯(ともし)は妻が消しぬ ・をみなとはかゝるものかも春の闇 ・薔薇匂ふはじめての夜のしらみつつ ・妻の額(ぬか)に春の曙はやかりき ・うらら…

平畑静塔  (モダニズム俳句)

・花が散る村のポストへ看護婦が ・そのころの解剖(ふわけ)の畫帳曝しあり ・舟鉾の螺鈿の梶があらはれぬ ・瀧近く郵便局のありにけり ・燈籠と泳ぎ別るる荒男見ゆ ・白き霧あふれて開く朝の門 ・セツト輝(て)り含嗽ぐすりの色靑き ・女優出て月光冴ゆるセツ…

横山白虹  (モダニズム俳句)

・春晝の線路步めば咎めけり ・病院の春夜の跫音(あおと)たまさかに ・椿道ふむや漂ふ月の色 ・自動車の灯おつるところ草の王 ・霧の奥灯るごとく月出でぬ ・よろけやみ七夕ながすものに從(つ)けり ・よろけやみあの世の螢手にともす ・街上の雪はしきりに圖…

東京三(秋元不死男)  (モダニズム俳句)

・氣球浮き囚徒に奢る街眩し ・市場(いち)たけなは理髪師椅子にゐて眠る ・靑果散り日覆からからと商區覺む ・肉フライ造船工の歸路に盛られ ・造船工にパン屋の騾馬が遅れつつ ・ペダル踏む少年工に町は祭 ・造船工歸り龍骨地に灯る ・耶蘇のうた嗄れ運河も…

三橋鷹女  (モダニズム俳句)

・すみれ摘むさみしき性を知られけり ・蝶とべり飛べよとおもふ掌の菫 ・手花火のしだれ柳となりて消ぬ ・春の夢みてゐて瞼ぬれにけり ・夏瘦せて嫌ひなものは嫌ひなり ・しづかにしづかに地球はめぐり萩の咲き ・煖爐灼(や)く夫(つま)よタンゴを踊らうか ・…

藤木清子  (モダニズム俳句)

・古衾惡魔に黑髪摑まれぬ ・向かいの壁が眞赤で夜なべ鍛冶 ・麥の穂や海の深淺あきらかに ・初秋よし靜脈透きて脈搏つよ ・飢えつつも知識の都市を離れられず ・さびし春機械の如く生くる妻 ・ひとり身に馴れてさくらが葉となれり ・花の風つよければ海藍靑…

片山桃史  (モダニズム俳句)

・泳ぎ寄る眼に舷の迅かりき ・鋭(と)きこゝろヨツトを迅く迅く驅る ・六月の懈怠ランチは河を駛る ・雨ぬくし神をもたざるわが怠惰 ・影法師動くことなし雁渡る ・雁なけり醫師の眼鏡が壁にある ・雁ないて額に月の來てゐたり ・樂器店菊咲き樂器ひやゝかに…