海生動物 2  遠藤忠剛 (稲垣足穂の周辺) 

B 私の母は生れた時、その嬰子(あかご)特有の赤い頭は公方柿のやうに尖り、またその眼は櫧子眼だつたと云ふ。出産祝ひに親類の畫家が蛸の繪を描いて送つて來たので、私の母の母は産褥(とこ)の中で齒がみして怒つたとか云ふ話。── C 私はこの夏、八月三十一日…

海生動物 1 遠藤忠剛 (稲垣足穂の周辺)

稲垣足穂編集『文藝時代』「怪奇幻想小説特集号」(1926年8月)に掲載された遠藤忠剛の傑作。一種の怪獣小説? ご高覧あれ。 A AA 何時の日から、又なにのためだかしらぬ、兩肩の筋肉が巖疣瘤(こぶ)となつてもりあがつた毛だらけの眞黑な大男が三里四方もある大…

Salutation  冨士原清一  (稲垣足穂の周辺)

Salutation 冨士原清一 1 玻璃性白色光線の浴室に、輝かしい洋銀の皿あるテーブルに倚り、銀色のナイフとフオークをとりつゝ、はや少女は噴水のなかにある凡てのものを想像し盡してしまつた。 いま少女は、彼女のつゝしまやかな5つの白百合の花びらをつゝむ…

無限の弓  山田一彦  (稲垣足穂の周辺)

無限の弓 山田一彦 火の如き蜘蛛の絲絲への演繹され得る慾望への指環 その肉感を露出せるひとつの蓮を拒否するための龍宮の旗旗への肖像の搖れる 斷然たる夢 それらの花の如き生殖器は大空への否定のための傳統を切斷せし犧牲である 永遠の自殺を可能ならし…

鷹  丸山清  (稲垣足穂の周辺)

「四季」派の詩人丸山薫の弟で、稲垣足穂から"宝石細工のような小品"を書く幻想作家とされた丸山清の代表作。ご高覧ください。 翼をひろげればコンドルよりも大きくなるが窄めれば雀よりも小さくなる不思議な鷹が献上されて、天守閣のいちばん高い軒に美しい…

Pensee et Revolution des Danseurs en Ciel 山中散生 (稲垣足穂の周辺)

Pensee et Revolution des Danseurs en Ciel 山中散生 薔薇色のパラシユート 貴女のオペラハツトである晴天のこの飛行機に搭乗した予は薔薇色のパラシユートに滅形するであらう貴女の奇蹟的に流行型となつた一個の卵子 時にはパラシユートはパラシユートの如…

裂かれた森を貝殻の腦髄が梳いた 上田敏雄 (稲垣足穂の周辺)

裂かれた森を貝殻の腦髄が梳いた 上田敏雄 貝殻の側に星が岸へへばりついた 暫くたつた後で貝殻の生身が乳房のついた舌をのぞかせた 腦髄の割れた處に梳かれた頭髪がぎざぎざな岸をづり動かした後でなめらかな星をいただいてゐた 『FANTASIA』第1輯 昭和4年…

眠り男A氏の發狂行列  高木春夫  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

眠り男A氏の發狂行列 高木春夫 ストウブの影にて、石炭のおこつた顔が踊りだし、飛行器の丸窓からは、さかんに砂が落ちてきて、毛むくぢやらのステツキがおもちやの人形に接吻したり、ビルデイングのお姫さまを梯子形のローソクに照らして、のこぎりで誘惑し…

LOGIQUE DU OBJET 上田敏雄  (稲垣足穂の周辺) モダニズム     

A NISHIWAKI JUNZABURO LOGIQUE DU OBJET 髭の生へた麥酒瓶 髭の生へた麥酒瓶 髭の生へた麥酒瓶臺に頤を載せる女が彼女の髯の生へた踵を顧みる髭の生へた頭腦 髭の生へた頭腦 髭の生へた頭腦 衡り得る要求と服従は既に科學的で無感興である A ASAKA KENKICHI…

香炉の煙  稲垣足穂  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

香炉の煙 稲垣足穂 李白と七星 或る晩、李白が北斗七星をかぞへると、一つ足りなかつた。それが自分の筆入のなかに入つてゐるやうな氣がしたので、その竹筒を何回もふつてみたが、星は出なかつた。どうもをかしいと思つて、もう一度かぞへてみると、こんどは…

美木行雄 Ⅱ (モダニズム短歌)

・斷髪が 日にぱつと搖れ、 びるでんぐの角を 踵で廻る 洋裝の女。 ・街はづれの 暗い坂の上で、 へつどらいと ぢーつと廻り、 ─女(ひと)を乘してゐる。 ・ぱつと、 燭光をうけてあげる 横顔の、 鼻筋はきんととほり、 輝く眼のいろ。(Miss Junea) ・しよう…

マダム・ブランシュ 冨士原清一  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

マダム・ブランシュ 冨士原清一 1 いまに月があの尖塔の突先に、靑いアルミニウムの旗をあげさうなので、街中のいつさいの色彩は忽ちいち絛の白色瓦斯體となり、慌てて街燈のなかにかくれてしまひました。 ために花屋の花たちと化粧室の婦人らは衣裳をつけて…

白痴ある寶石  上田保  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

白痴ある寶石 上田保 女神の光を喞へた饗宴への嵐の光 海のパラソルをくだく憂鬱なる人魚 軟風を防禦する白痴のパラソル光る ひかる蜜臘の雲に接吻する優美なる雲母の幻想 海の宮殿に喞へた魔女の生命宇宙の魔術の園をのぼる雲母の樂園 燃ゆる人魚を飾る女優…

惡魔の影  山田一彦  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

惡魔 の影 山田一彦 OU ESPACE SANS HYPOTHÈSE 空を絞めて絨毯の血を毟る人類の憂鬱を見上げる 剃刀を嵌めた寢臺 彼女はもつと象眼の蓋の裏を撫でた 習慣の環を懸けた腿の外をひとつの雨の帆が馳せめぐる 他の雨の帆たちは明確に足をしめす 彼女は耳朶の麗ら…

海たち  山田一彦  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

海たち 山田一彦 綠色の詩集と表紙 花たちが ふることができないために 夜は明けることができました呼吸の反射することのできる額の こまかいヨコ線の多い液體性の帽子雨のふるのに波のたてることのできない旗は鉛筆にひとしいものでした劍を吊つた馬と第5次…

CAPRICCIO 冨士原清一 (稲垣足穂の周辺) モダニズム

CAPRICCIO 冨士原清一 Night, such a night, such an affair happens. パレットにねりだされた多彩な繪具族のかなしみと、明暗の花咲く女性(かのひと)の寢室に燈つてゐた小さいLampのさびしさを、外套の釦である紫色のビイドロに覺えながら、私は細い頰を高…

稲垣足穂の周辺

稲垣足穂の周辺の人々がどのような詩や文章を書いていたか知って戴きたくて、それらを少し集めてみたいと思います。 石野重道 赤い作曲石野重道 キヤツピイと北斗七星石野重道 聳ゆる宮殿石野重道 廃墟 稲垣足穂 香炉の煙 上田保 白痴ある寶石 上田敏雄 裂か…

坂野健   (モダニズム短歌)

・踊る空中人形 風景に墜落してくる螺旋階段 鐘に午後三時の針が映る ・鏡に映つて結ぶ襟飾(ネクタイ) 手振り忙しい 一隅を鰭動かして魚族が過ぎる ・鏡の奥に凝視める瞳をみた 縹渺と 靜かな雲がゆききして絶間ない ・鏡の中に蘚苔類が生える 蝶の粧(すがた…

逗子八郎   (モダニズム短歌)

・沼澤地方の習慣で 發育した肢體のまま 取引所の走狗となつた ・山麓地帯の花盛りを過ぎてから あれは砲兵の儀禮ですと眼鏡を拭つた ・屋上庭園(ルーフ・ガーデン)。白鷺が並び美しい脚でタイプライターの擬音を立ててゐる ・林のなかの夕日。ウビガンの匂…

六條篤   (モダニズム短歌)

・はろばろと あかつき白きわが夢に 點々と汚れたる 神の足跡 ・この白きけものの肌を撫でさすり 木枯のたえまに とほき神々の跫音をきく ・凍りたる土に吐く嘔吐の 鬼畜となりて なほ 人を 神を憎めり ・わが背におびえて降りる 坂路の どこまでもつづく こ…

太田靜子  (モダニズム短歌)

モダニズム短歌補遺ともいうべき歌群。太宰治『斜陽』の原作者太田靜子が、戦前短歌におけるモダニズム表現の集積地だった新短歌でどんな歌を詠んでいたかということで、ここに挙げておきます。 ・天使のダンテルがふるへ 悶えが續き、繪皿の夢に眠りたかつ…

草飼稔 Ⅱ  (モダニズム短歌)

・氷の下に空の映りだすのはいつだらう、川はどちらへも流れてゐない ・空にも雪が降つてゐて つひ 食卓に後姿でのこされ隣の人のナイフを握る ・どこからくる切なさであらう、松の花ほどの姿勢で ひたすら剃刀をみせてゐた ・もはや日數はうごかない、林の…

橋本甲矢雄  (モダニズム短歌)

・幻燈を見に行きませう あの古い傳統の繪は氣高いね 靜止の駝鳥勲章の輝かしさ ・馬に乗つてオリムピツクへ行く 僕の背なかでパラソルが廻つてゐる 廻つてゐるね ・雲のマントを脱ぎ裸の無花果はうぶ毛の芽をひらいた 早くお入りなさい ・春の無花果はけだ…

村上新太郎  (モダニズム短歌)

・正月朔日(ついたち)老いさらばひし木の葉さへ氷柱(つらら)とともにこほりゆくらん ・まなことぢ巢にこもりゐる鳥毛物(とりけもの)の思ひはおなじ秋の夜の雪 ・じとじとに夜霧かぶさる闇の山ぬれてねむれる鳥おもひ出づ ・おし流される思ひをつかむまた捨て…

藤井千鶴子  (モダニズム短歌)

・楼下る靑繻子の靴支那の靴は星をふみにしつめたさあり ・紙に透く蛍の靑の匂ひ、つめたい指そへて、憔悴の日をまづしく濯(すす)いでゐる ・花束のような影を落して、春の舗道をゆく、姑娘(くうにやん)のあふれ出た馬車(まあちよ)。 ・夏の地球の上を飛んで…

小玉朝子『黄薔薇』Ⅲ  (モダニズム短歌)

・朝しろく鏡のなかにある花はヴイオラのやうに音をしのばせ ・ここに咲く三味線草のこぬか花はるかに春は充ちにけらしも ・いまをかぎりにふたゝび春の光となるこの朝あけの太陽のいろ ・はだか身でおぼれゆく今朝の靑さなりえにしだの枝も春の呼吸(いき)す…

田中火紗子『土塊』Ⅱ  (モダニズム短歌)

・鳥が驅(かけ)つたあとから 秋の づぬけてしろい雨がおちた ・さびる陽にくまどれ まして 生きものの赤い顔のいろ ・一枚の陽の面へ 赤まんまが はびこつてゐる感性 ・あかるい月は、矛盾だらけの世界にのぼるのが至當である。 ・炭素のもえてるやうなその…

廣江ミチ子 Ⅱ  (モダニズム短歌)

・暗いカイエ なめらかに海をわたり 帆船はかたりと 落下した ・逆説のものがたりを寫本して夕ぐれとなるたゝまれて行く皿にともすれば明滅した ・侵蝕して人々はとほつてゐた 地圖に「あれは弗化水素といふものです ・高山植物はめがねをかけた 明るいきり…

上田穆 Ⅱ  (モダニズム短歌)

・無理な無電を受信する 怠慢な原住民よ 地球のあちらが拜火教 ・身邊(しんぺん)の妖氣(えうき) 輒(すなは)ちスヰートピイ發信の轟々(ぐわうぐわう)たる放電の川 つまり寒帯の沙漠も寛闊(くわんくわつ)さ ・勞作嫌(らうさぎら)ひな精神のHook a gyps 満月の…

兒山敬一(児山敬一)  (モダニズム短歌)

・草木みなよみがへるべし、生れきて 鳥むれわたる朝の停車場。 ・うちつれて夕空わたりゆく鳥の、この世ながらのはるかなるかも。 ・月の夜の蟲ましぐらに鳴きつづき、濃尾の原の夜となりにけり ・動きやまず 松の葉ごとの月のいろ、眼にしむときの身はほそ…