白痴ある寶石  上田保  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

白痴ある寶石 上田保 女神の光を喞へた饗宴への嵐の光 海のパラソルをくだく憂鬱なる人魚 軟風を防禦する白痴のパラソル光る ひかる蜜臘の雲に接吻する優美なる雲母の幻想 海の宮殿に喞へた魔女の生命宇宙の魔術の園をのぼる雲母の樂園 燃ゆる人魚を飾る女優…

惡魔の影  山田一彦  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

惡魔 の影 山田一彦 OU ESPACE SANS HYPOTHÈSE 空を絞めて絨毯の血を毟る人類の憂鬱を見上げる 剃刀を嵌めた寢臺 彼女はもつと象眼の蓋の裏を撫でた 習慣の環を懸けた腿の外をひとつの雨の帆が馳せめぐる 他の雨の帆たちは明確に足をしめす 彼女は耳朶の麗ら…

海たち  山田一彦  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

海たち 山田一彦 綠色の詩集と表紙 花たちが ふることができないために 夜は明けることができました呼吸の反射することのできる額の こまかいヨコ線の多い液體性の帽子雨のふるのに波のたてることのできない旗は鉛筆にひとしいものでした劍を吊つた馬と第5次…

CAPRICCIO 冨士原清一 (稲垣足穂の周辺) モダニズム

CAPRICCIO 冨士原清一 Night, such a night, such an affair happens. パレットにねりだされた多彩な繪具族のかなしみと、明暗の花咲く女性(かのひと)の寢室に燈つてゐた小さいLampのさびしさを、外套の釦である紫色のビイドロに覺えながら、私は細い頰を高…

短詩 冨士原清一  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

園庭遊動圓木をわたる叫びごゑ朝日に照らされた少女たちの胴體(トルソ)焦だつ思ひで見てゐたわたしは足袋を汚して 墟鴿の來て踏むわたしの墓碑わたしの頭痛は永遠に置き忘れられた蕁麻(いらくさ)が生える わたしの掌に根をおろして 梅の花 春ごとに公園の梅…

稲垣足穂の周辺

稲垣足穂の周辺の人々がどのような詩や文章を書いていたか知って戴きたくて、それらを少し集めてみたいと思います。 石野重道 赤い作曲石野重道 キヤツピイと北斗七星石野重道 聳ゆる宮殿石野重道 廃墟 稲垣足穂 香炉の煙 上田保 白痴ある寶石 上田敏雄 裂か…

坂野健   (モダニズム短歌)

・踊る空中人形 風景に墜落してくる螺旋階段 鐘に午後三時の針が映る ・鏡に映つて結ぶ襟飾(ネクタイ) 手振り忙しい 一隅を鰭動かして魚族が過ぎる ・鏡の奥に凝視める瞳をみた 縹渺と 靜かな雲がゆききして絶間ない ・鏡の中に蘚苔類が生える 蝶の粧(すがた…

逗子八郎   (モダニズム短歌)

・沼澤地方の習慣で 發育した肢體のまま 取引所の走狗となつた ・山麓地帯の花盛りを過ぎてから あれは砲兵の儀禮ですと眼鏡を拭つた ・屋上庭園(ルーフ・ガーデン)。白鷺が並び美しい脚でタイプライターの擬音を立ててゐる ・林のなかの夕日。ウビガンの匂…

六條篤   (モダニズム短歌)

・はろばろと あかつき白きわが夢に 點々と汚れたる 神の足跡 ・この白きけものの肌を撫でさすり 木枯のたえまに とほき神々の跫音をきく ・凍りたる土に吐く嘔吐の 鬼畜となりて なほ 人を 神を憎めり ・わが背におびえて降りる 坂路の どこまでもつづく こ…

太田靜子  (モダニズム短歌)

モダニズム短歌補遺ともいうべき歌群。太宰治『斜陽』の原作者太田靜子が、戦前短歌におけるモダニズム表現の集積地だった新短歌でどんな歌を詠んでいたかということで、ここに挙げておきます。 ・天使のダンテルがふるへ 悶えが續き、繪皿の夢に眠りたかつ…

草飼稔 Ⅱ  (モダニズム短歌)

・氷の下に空の映りだすのはいつだらう、川はどちらへも流れてゐない ・空にも雪が降つてゐて つひ 食卓に後姿でのこされ隣の人のナイフを握る ・どこからくる切なさであらう、松の花ほどの姿勢で ひたすら剃刀をみせてゐた ・もはや日數はうごかない、林の…

橋本甲矢雄  (モダニズム短歌)

・幻燈を見に行きませう あの古い傳統の繪は氣高いね 靜止の駝鳥勲章の輝かしさ ・馬に乗つてオリムピツクへ行く 僕の背なかでパラソルが廻つてゐる 廻つてゐるね ・雲のマントを脱ぎ裸の無花果はうぶ毛の芽をひらいた 早くお入りなさい ・春の無花果はけだ…

村上新太郎  (モダニズム短歌)

・正月朔日(ついたち)老いさらばひし木の葉さへ氷柱(つらら)とともにこほりゆくらん ・まなことぢ巢にこもりゐる鳥毛物(とりけもの)の思ひはおなじ秋の夜の雪 ・じとじとに夜霧かぶさる闇の山ぬれてねむれる鳥おもひ出づ ・おし流される思ひをつかむまた捨て…

藤井千鶴子  (モダニズム短歌)

・楼下る靑繻子の靴支那の靴は星をふみにしつめたさあり ・紙に透く蛍の靑の匂ひ、つめたい指そへて、憔悴の日をまづしく濯(すす)いでゐる ・花束のような影を落して、春の舗道をゆく、姑娘(くうにやん)のあふれ出た馬車(まあちよ)。 ・夏の地球の上を飛んで…

小玉朝子『黄薔薇』Ⅲ  (モダニズム短歌)

・朝しろく鏡のなかにある花はヴイオラのやうに音をしのばせ ・ここに咲く三味線草のこぬか花はるかに春は充ちにけらしも ・いまをかぎりにふたゝび春の光となるこの朝あけの太陽のいろ ・はだか身でおぼれゆく今朝の靑さなりえにしだの枝も春の呼吸(いき)す…

田中火紗子『土塊』Ⅱ  (モダニズム短歌)

・鳥が驅(かけ)つたあとから 秋の づぬけてしろい雨がおちた ・さびる陽にくまどれ まして 生きものの赤い顔のいろ ・一枚の陽の面へ 赤まんまが はびこつてゐる感性 ・あかるい月は、矛盾だらけの世界にのぼるのが至當である。 ・炭素のもえてるやうなその…

廣江ミチ子 Ⅱ  (モダニズム短歌)

・暗いカイエ なめらかに海をわたり 帆船はかたりと 落下した ・逆説のものがたりを寫本して夕ぐれとなるたゝまれて行く皿にともすれば明滅した ・侵蝕して人々はとほつてゐた 地圖に「あれは弗化水素といふものです ・高山植物はめがねをかけた 明るいきり…

上田穆 Ⅱ  (モダニズム短歌)

・無理な無電を受信する 怠慢な原住民よ 地球のあちらが拜火教 ・身邊(しんぺん)の妖氣(えうき) 輒(すなは)ちスヰートピイ發信の轟々(ぐわうぐわう)たる放電の川 つまり寒帯の沙漠も寛闊(くわんくわつ)さ ・勞作嫌(らうさぎら)ひな精神のHook a gyps 満月の…

兒山敬一  (モダニズム短歌)

・草木みなよみがへるべし、生れきて 鳥むれわたる朝の停車場。 ・うちつれて夕空わたりゆく鳥の、この世ながらのはるかなるかも。 ・月の夜の蟲ましぐらに鳴きつづき、濃尾の原の夜となりにけり ・動きやまず 松の葉ごとの月のいろ、眼にしむときの身はほそ…

聳ゆる宮殿  石野重道  (稲垣足穂の周辺)

──旅人は際しなきシリアの広原に、バラ色の空に呼び覚まされた。香りよき一本のエジプト煙草をくゆらせるのであつた、立ちこめた夜が開き初めて、朝霧の幾重ものトバリの立ち退いた遠き東の方に、蒼空に聳ゆる、麗美なる宮殿があつた旅人は、その宮殿を、見…

上田穆 Ⅰ  (モダニズム短歌)

・散歩人種は マヌ・カンとなり 視線だけが 空間のなかで 音叉をはじく ・腦髓と 腦髓と腦髓と プランクトンだ── みじめなほどに 模索し合つて ・皮膚はみな 魚族となつて 糸のさきの 銅臭を目懸けて あつぷ、あつぷ 喘ぐ ・剝落する 音がしめやかに 蒸せて…

月夜とTABACO 田中啓介 (稲垣足穂の周辺)

──どうして今夜はこんなに靑いの。 通りすがりの女がそつとささやいた。 白い横文字の看板もコンクリイトの壁面もシヨーウインドの花園もさてはトレイドマークの赤旗もみんな水族館のハリのかなたにある。 ガス燈のマントルのうちがはにはりつけられた街。 …

水野榮二  (モダニズム短歌)

・天(あま)づたふ日輪寂し碧落に炎(も)ゆるはつひにただひとりのみ ・日輪はひかり耀けさんらんと燃ゆる孤獨のつひにさびしき ・ゆふぐるる園あゆみきてしらじらし噴水はその歌を止めたり ・春淺きゆうべのこころ大理石(なめいし)のしろき階段の蔭(かげ)踏み…

本田一楊  (モダニズム短歌)

・天使の翼といふ兒をきけばいちじるき襤褸(らんる)ひかれる孤兒なりしなり ・足萎えの幼女もの言ふ陽のおもて冬ながらやはきその髪(かむろ)のひかり ・み使いの鳩とぶべかり幼ならの孤兒ならなくて神を知りそむ ・鐵の門日もすがら乗りて搖れる兒の呼べばこ…

赤い作曲  石野重道  (稲垣足穂の周辺)

『彩色ある夢』1983年版より 深夜 モモ色のカーテンを窓におとして、未来派の作曲者L・O氏は、ピアノの前に居るXXXX 古への、サラセン帝国の蒼空と尖塔に乱れて、深紅のストツキングが、騒音と、怪韻に舞踊をする 無数の音彩が、正乱として不正のうちに凝り…

廃墟  石野重道   (稲垣足穂の周辺)

足穂「黄漠奇聞」の元になった作品。 足穂がその構想を話したら石野がこの作品を作り、それをベースにして「黄漠奇聞」が書かれたと云われている。 (『彩色ある夢』1983年版より) はてしなき砂漠である。 太陽があかく砂から昇つてさうして砂のなかへあかく…

キヤツピイと北斗七星 石野重道  (稲垣足穂の周辺)

『彩色ある夢』(1983年版より) さすが、稲垣足穂の盟友というべき作品。 キヤツピイは、リンゴの頬の、キイロいネクタイの少年で、夜芝生の上に、腰を下ろして休んでゐた。あたりは静であつた、キヤツピイは星を眺めてゐたが──からだを三つの弓にして、長い…

PARE SSEUX MERITE (怠惰な偉勲) 星村銀一郎   (稲垣足穂の周辺)

勲章を吊げた天使は劇場の煙突掃除をしてゐた時に黄昏の魚の跫音がした。魚は綠色の腦膸を映寫する故に私は小鳥の睡眠する海へ逃亡する。午後は憂鬱の海の園丁の頸に波斯猫の眼を燃やす斯かる永遠の瞬刻に於て私は女優の肖像を崇拝する。それを知つた女優は…

草飼稔 Ⅰ  (モダニズム短歌)

・虹のきものの女の子 きみはみ空のお人魚 散つて消(しま)つた うろこ雲 ・しやぼん玉 しやぼん玉の偽のない色は 稚(ちい)さな音で そのやうに消えた。 ・びい玉 びい玉 稚い夢のきれぎれを さまざまな色の 絹絲にむすんだ。 ・おもひ出は ゆめと うつゝの …

下條義雄 Ⅰ  (モダニズム短歌)

・春來(はるく)ればまた生(い)くる日を美(は)しといふ光(ひか)る若葉(わかば)もとく萠(も)えいでよ ・神(かみ)ありとつゆ知らなくに少年の眉びきとほく雪を仰ぎし ・火山系北(くわざんけいきた)にきはまりゆくところわがゆきし村ありて雪をふらしつ ・花の散…