筏井嘉一『荒栲(あらたへ)』Ⅰ (モダニズム短歌)


・夢さめてさめたる夢は戀はねども春荒寥(くわうりやう)とわがいのちあり 

・わが内(うち)に神を見ぬ日ぞ焦燥す肉體ひとつおきどころなく

・めざむればラヂオ鳴るあれは春の唄Mendelssohn(メンデルソーン)に朝なごみゆく     (メンデルソーン=メンデルスゾーン) 

・わが冬はさむきこころの糧(かて)としも太陽ひとつ戀しかりけり 

・平凡に在(あ)り澄むといふジイドはや海彼(かいひ)のこころわれをなごます

・うらがなし百貨店(デパート)屋上の網がこひ鶴いろ褪(あ)せて𩛰(あさ)りけるかも 

・兵おくる萬歳のこゑあがるまは悲壮に過ぎて息(いき)のくるしゑ

・戰亂の後(のち)に來(こ)む世のすがしさを或る日はおもふ子を抱きつつ 

・フアンに似る心理を憎む秋睛(あきばれ)や傷兵慰問ひききらずけり

・C(ツエイ)の絃(げん)切れて音せぬ洋琴(ピヤノ)に對(む)き何を彈(ひ)かんとするこころぞも 

・國々の鬩(せめ)ぐ歴史に身は生きて孤高(こかう)の念(おも)ひ烈(はげ)しかるかな

・わが家はがらくたばかりがらくたの一部ぞわれも子も妻もまた

モナ・リザの微笑(びせう)はわれのものならず口(くち)さへあきて妻の居眠る 

・一目(ひとめ)見し舅(ちち)よ眼を灼(や)け土にうまれ土に果てたる野良着(のらぎ)のむくろ

・店(たな)に積む魚類濡れつついろ鮮(あたら)し子に食はす鯛をいつぴきもとむ

・冬の家にのぞみ杳(はる)かなる兒のこゑやサイタサイタサクラガサイタ

・Gauguin(ゴオガン)はタヒチの島に遁(のが)れけり眞實(まこと)たづねてつひに孤(こ)なりき

・炎(ほのほ)なす向日葵(ひまはり)の繪をかかげおき書斎にGogh(ゴツホ)と在(あ)るおもひなり 

・Rousseau(ルウツソオ)のゑがく飛行船にわれ乗りてこの世見おろせばしばらく愉(たの)し 

・見るたびに壓(お)さるるばかりCezanneの畫面の林檎かがやき深む 

・わが室(へや)にちらばる樂譜や繪のたぐひ海のあなたの精神(こころ)にむせぶ 


筏井嘉一『荒栲』Ⅱ



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