田中火紗子『土塊』Ⅰ (モダニズム短歌)

 

・さびしく 水線から空に すでに歴史へくらました思慕

・紅(あか)く 晝顔みたいにおろかに 何が これほど纏綿と つながるのかしら 

・潮が鳴り 潮どきの あでやかすぎる自負のまんまで 

さるすべりが咲いた、溫度たかく 濃く 赤く 

・とめどなくむらがり、炎天 おいらん草が咲いてるけども

・海が鈍い音(ね)だ まつたく ましてこころよく情死するとしても 

・夾竹桃の紅(べに)のさかりに 次いで 約束の死をこばむがいい

・低聲で まつすぐで うつろで このあかるい花の咲く晩だ 

・みぞれて ひとの瞳が濃くせつなく そのさもしさのはやり唄 

・灯がつけつぱなしな 哀傷のむかふで降る みぞれ少(すこ)し  

・月あかりで化粧したかほに なんの 月が發光體ぢやないんだ

・燭をつかはなくちや昏い もいちど 雪がやつてくる 肩に   

・あぢきなく愛慾の生(よ)の けふ 野にかぜと雪との跡がつき 

・おそろしく道化が 雨と霜とで ち切れつぱなしの春の前夜 

・蒔いた畠だ ほんの みぢかい時期のあひだ月がそめるよ

・しきりと月が降るので それつきり 季節のことは考へてやしない

・むらむらの赤で こごんで 冬だなとかんがへる舞踊 

・戀慕する 風でなし 雪でなし 冬はたださへ赤赤と降つてる 

・まだら雪のころ ちちと ははと すこやかに生きるための火焰だ 

・まだらゆき踏んで 刻限の 灯がつくときを考へる さむさ  

・びつしより斑雪の たひらな風景へ いつぽんのはだか火をもやす

・まだら雪の印象につかれ かぜとともに 太陽がまんなかで照らす  

・肩掛にくるまつて あすこで 寒い光源がどこだかきいてみるんだ

・とんがつた富士を 春だけの さまざまな悔で假想するがいい

 

 

 

 田中火紗子『土塊』Ⅱ

 

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