平田松堂『木苺』  (モダニズム短歌)

 

 

・山の下へ下へ下へとなびかふも靑海の上の一面の茅 

・斷層の幾番目にか殘る陽あたりその日當りの直きにうごけり 

・道のべのしらやま菊の白花は往けども往けどもこの花咲けり 

・夕しづの湖には動く雲のありて島にはわたるあざやかに見ゆ

・水際の夕木(ゆふぎ)をもるゝ陽(ひ)はしのび湖にたもてる光にさやる 

・ふくらみて湖を渉りし白雲のあまたはポンモシリーにま影を落す (湖中三島の一つ)

・雨の後上りくるらし山腹にちぎれつゞく霧の光り動きつ

・湧きあがる霧の絶えまを靑濡れて山は向ふにつゞきたるかも  

・木苺の實を捥(も)ぎ食べつ段々に減(へ)りくる枝を強く引寄せ 

・木苺の引寄す枝のそりかえりこゝだ實段々に高みにあるも

・木苺の瑪瑙(めなう)の實こゝだ次々と脊延び引きゐる頭(づ)の上(へ)に來たる 

・小雨深くあたり煙(けぶ)れば木苺をつたひ落つる雫忙しき

・斷崖がはろか海先暗くしつ潮もそこより急に蔭りくる 

・遠潮の最中散亂(さなかちらば)る白浪の覆(かへ)り際立(きはだ)ち風光るかも

・波はこゝに崩れて泡のせめぎあひ押されつづくも白き白き岩間(いはま) 

・打ち上り磯の窪處(くぼど)のどれにも入りどれにも動く潮をみしかも

・とのぐもりみはてぬ海は遠々に山ゆき山ゆき地峽をつくる

・草山の空斷(た)つ線に近づきてさはらでゆきし雲はさぶしき 

・このはしる山のうねりのはろけくは一線一線草山かぎる

・日を一日暮春の山をめぐりきて男は男と湯に入りにけり

・春の田の曇り落ちたるとのぐもり四角四角の菜の花さき繼ぐ 

・いつぱいにつけた雫の水の珠ぴかりと冬木のひかり震へる

・裸木のいつぱいさやる雨しづくどれかゞ落ちるそこでもおちる 

・この枝を雨はつたはりしづくすと大きさ定まりぴかりと光る

・落ちさうな落ちさうもない雨しづく照り明りしてひつそりしすぎる 

・枝先きに黄いろい靑い何に色といへない春芽(しゆんめ)がもう着いてゐし

・靑丘の海に斜走しゐるなれど何と云ふなごやか目が海にゆく 

・遠つ海に靑丘くだり白の牛のひとつあそべり黒の斑もちて

・鷗鳥いちどに立てば片々と白くちぎれて尚わかれ往かず

・浮き浮きて鷗よぎらふ海の上に一面の陽の浪きざみ寄る

・山の間の湖にしづめる藍靑(らんじやう)の寒さかゞよへり草木の映つる 

・この連絡船(ふね)のうすくらがりにレール敷かれ後すざりして貨物汽車入りし

・つまと雄と波の寄ればか流れ木に傾きのりてかたぶく鷗

・駒ケ嶽はだら陽のさし褐色に照りきる見れば力は強し

・天雲の降りてしげかる嶽をひろみ陽は照り亂れいよゝ忙しき 

・天雲の來ては去りゆく停(とどま)らぬ雲はさびしも山ひとり高き 

・駒ケ巖まさしくは頂に天とがり急に陷没せり火を吐きし跡の 

・釧路野の葦のさやぎの風きけば泥炭地層をはしる悲しさ

・雲の影落ちてさびしき白樺は幹しらじらと水湖映つる 

・山の間にたゝへ深める靑淀の湖にあらはれ白雲消えぬ

・こゝにして一徑(ひとみち)長しあきらけし霧の中靑く沼を湛ふも 

・半輪の月はかゝりてむら山の襞(ひだ)照らみ白雪氷らく光れり

・明け晴るゝ空限りなき雲の海のいまだもゆるがず山横たへり 

・ほととぎす水上げ來たり一花一花確しか花瓣の輪廓にかへる      (山草ほととぎす)

・ほととぎす頭上に開き次々に下部(しもべ)の花は咲く力なし 

・相模伊豆雲閉ざさへる下にして幾山くらく脈(なみ)疊る見つ 

・この金魚の「木の葉落し」の片々と水中たしかに直下し來る 

・この金魚の氣狂ひ追ふはあはれなれど雌か雄かの何れ追へるにかあらむ  

・雨しとり山の傾斜(なぞへ)の靑草のしみじみ濡れて静かなるかも 

・向つ尾の傾斜(なぞへ)の圓(まろ)み靑草に雨は静かに降りつ明るき

・峽を上る霧あし迅し山脈(やまなみ)の眞靑(まあを)襞々つぎつぎと越ゆ 

・梅雨(つゆ)雲の陰り重たく動かねば暗さは峽にしみじみ深し 

 

 

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