下條義雄 Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

 

・春來(はるく)ればまた生(い)くる日を美(は)しといふ光(ひか)る若葉(わかば)もとく萠(も)えいでよ

・神(かみ)ありとつゆ知らなくに少年の眉びきとほく雪を仰ぎし

・火山系北(くわざんけいきた)にきはまりゆくところわがゆきし村ありて雪をふらしつ

・花の散るかなしさなどはひと戀ふるねがひに秘めて幼かりしか

・火箭(ひや)ひとつ中空(なかぞら)たかに燃えさかるただ眞晝(まひる)のみわが世界なれ

・何(なに)に戀ふるこころの谷を流れゆくセロの音(ね)のあり雲雀(ひばり)が鳴くも

・初夏(しよか)の空よ若きいのちのかずしれぬかなしみよ翔(と)べよ嘆きあへぬと

・しんと照る坂のまひるのきびしさにせめて眞紅(まつか)な花ころがさむ 

・たんぽぽの花咲くとさへ虚言(いつはり)のごとくに思ふいつの頃より

・ひなげしの赤(あけ)に死すべくは思ほへど救はれがたき人さへやある

・ゆく春は盲(めし)ひとなりてひねもすをつめたき椽(えん)に坐り暮さむ

・うす赤き林(はやし)の中に人のゐてわがつくりなす春の構圖(かうづ)よ

・うつろなる瞳(め)に思考(しかう)さへ失はむ日かはらはらに花びら散れや

・まさぐれば見えねどさむき花びらにゆく春の日はいかにかあらむ 

・この道のほそきに入れば木立(こだち)のみ赤き瓦の家が見えて來(く)

・踏切(ふみき)りをひとり越えつつゆくこころ忘れはてたる湖(みづうみ)が見ゆ

・いやはてのこころ敗(やぶ)れてかへる日も若葉が白き春の落日

・見なれつつ人妻(ひとづま)といふその肩の旅のごとくにさみしきものか

・きららかに眞日(まひ)照る原の上(へ)にしろき一木(ひとき)の花のあはれはいはず

・ポプラの林(はやし)きららに遠き昔より黄なる日傘がひとつのぼり來(く)

・雪山(せつざん)を一気(いつき)に越ゆる思ひありわくらばのちるすでに秋なり

・ああ七月ものの乾(かは)きのおのづから君が瞳(め)にちる野蕗のひかり

・心音(しんおん)のいよよ澄みてはよみがへる野蕗のかげりあまたに靑き

・へルマン・ヘッセまた七月の夏の子と花のごとかなしかなしきわれは

・あまりりす咲きたる頃を抱かれて育ち來し日や父母こひし

 

 

モダニズム短歌 目次


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