PARE SSEUX MERITE (怠惰な偉勲) 星村銀一郎   (稲垣足穂の周辺)

 

 

勲章を吊げた天使は劇場の煙突掃除をしてゐた時に黄昏の魚の跫音がした。魚は綠色の腦膸を映寫する故に私は小鳥の睡眠する海へ逃亡する。
午後は憂鬱の海の園丁の頸に波斯猫の眼を燃やす斯かる永遠の瞬刻に於て私は女優の肖像を崇拝する。それを知つた女優は碧玉の林檎の上に琥珀の夢を垂れる、その裡に流れる理髪師の肖像。腦膸を黒壇の日傘に廻轉して、女優は夢を喫煙する、女優は時計に灯をつける、女優は衣裳に眉を描く。

勲章を吊げた天使は劇場の煙突掃除を終へたのを知らないでオカリナを吹く。ステージに眠つてゐた女優は睡眠の房を垂れて帯劔する、黄昏の白痴の假面は女優の魔術のための衣裳に過ぎない。

私は花嫁の鱗を剝いで螺旋階段に翼を擴げる、けれども日傘は廻らない。女優の脚が戦慄する、花瓶の足が廻轉する、小鳥の足がが魔醉する。

勲章を吊げた天使は劇場の煙突掃除をしてゐたのは黄昏の脚の降りるのを知らない瞬間の現象に足りない。それを知らない天使の首環は金魚の眼球であつた。私は嘲笑して潜水する、女優は昇天する、リラの唇が散る、綠の毛髪の影の展望は白鳥の胸毛の上に落ちる。斯くて薫るマグネシユームの薔薇を抛げるものは女優の頸と首を賞讃する私の影像にすぎない。天使は激しく嘲笑して足を曲げる、腕を吊るす、硝子の雨、香水瓶の太陽化粧の悲哀。あゝ!シヤンペンの栓のシヤンペンの色彩の影、私は怠惰な偉勲を稱揚する         MARS

 関西文藝  第5巻8号 (関西文藝協会1929年8月)

 

 

 星村銀一郎 水夫とマルセイユの太陽

 

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