水野榮二(水野栄二)  (モダニズム短歌)

 

 

・天(あま)づたふ日輪寂し碧落に炎(も)ゆるはつひにただひとりのみ 

・日輪はひかり耀けさんらんと燃ゆる孤獨のつひにさびしき

・ゆふぐるる園あゆみきてしらじらし噴水はその歌を止めたり 

・春淺きゆうべのこころ大理石(なめいし)のしろき階段の蔭(かげ)踏みくだる

・夕やまの山脈(やまなみ)とほくうしなへるさいはひなりしいとけなかりし 

・たたかひを欲(ほり)するこころ湧く夜半の瓶のさくらはしろく咲きいづ 

・野心といふほどのことなくシグナルの靑き灯(あか)りをみつめてかへる 

・平凡にまぶれはてたる肩昂(あ)げて十年前のことなど云ふな

・とんぼがへりかるがると切る輕業(かるわざ)の道化にならばたのしからむか 

・もろもろの昆蟲どもの棲家(すみか)となりわが死なむ日は晴天ならむ

・絶望を絶望として投げ出せるそんな安價なゆふぐれならず

・遠花火紅く散りゆくひと夜だにこころしづかに吾を在らしめ

・ひかり黄に夕雲うすれゆくきははちまたにあをく頽廢生(あ)れぬ 

・夕雲の黄のかなしやといひしよりはつはつにしもおもひそめしか

・夕あをく零(ふ)れる泡雪ほのぼのと消ぬがにいまは歎きそめにし

・雪はつひに消えてはあをき朝ならむ眸をさなくわれを死なしめ 

・鴉鴉くろぐろといま摶けば蒼天たかく春ひかるべし

・ひた曇る山脈の空吹かれゆく鳥のごとくにかくろひはてむ

・靴底のしめりがすこしいとほしくゆふぐれどきの巷をかへる

・先生に手をさし上げるをさな子のこころをもちてけふは眠らな 

・塵ほこりのなかに呼吸(いき)するくるしさはつひに眼(まなこ)もとぢてしまはむ

・嘘をつくよろこびもちてまつ靑(さを)な五月の朝をつとめにいづる 

・荒野に呼ばるものの聲ききしあはれいつの世の幻なりし

・冬くれば伐らるる樹々のかなしさよわれもいくたびか伐りたふされぬ 

・鳴るものはなににかあらむ枯れはてし草野の涯はぼうぼうと夜

・山河のさやけやいのちほそる日もひとみを昂(あ)げて秋はあるべし 

・眼にいたく砂は照りたれひとしれぬ悔しさもちてあゆみきにけり 

・かかる夕べのシューベルトさへうつうつと身にはめぐりてかがよへるなし

・うらうらといかにも霞むも無益なる春なればふかく帽子かむるも

・ゆふぐれの畑のなかにゆきすぎし神なりやいまは忘れはてたり

・水の上に水のひびきの顯(た)つゆふべ花かとさやに竹にほふなる

・暗き日の靑葉の奥にともりゐるわがかなしみを神ともおもへ

・ともしびをともしをへたるたまゆらを街の夕影のあはあはしけれ

たまゆらをかの夕雲と炎えしめよ棄つらく惜しき生(よ)といはざりき

・夜半ふかく目ざめておもふ歎きなど慣れては苔のごとく淡しも

・鬱然と身におこりくるもろごゑのしばしば生をあやふからしめき

・背骨彎(ま)げてなに敵(かな)ふべきどやどやと雪崩(なだれ)たちくる夕映のいろ

・髪みだし秋の衢(ちまた)をいゆくとも獅子奮迅といふにはとほき

・ゆきゆくもかのくれなゐの露ふふむ花とたぐへむ勝利あるなし

・いちづなる悲壯をわれと愛しては埃まみれの花かざりきつ

・あかあかとともしび掲げよ敗れさらむその日まで汝がともしびあげよ

・樹陰ふかくひとりひそむも天日はかなしかりけりわが額(ぬか)てらす

・夕空に影となり佇てる一木の昨日の悔のごとくさやけし

・わが夢に縷縷としほそきよすがらのこゑたたぬ秋やまたかへり來し

・あかときはいつか忘れて來しみちの草の穂ほどの愁ひ搖り來も

・一瞬の火花と散らむおもほえば身に享くるものなべて蔑(なみ)せり

・月光の水のごときを哀しめるいく夜かすでに散りはてんとす

・冬霧のきらふ彼方に光(て)るものの花いくたびか身を傷(やぶ)るべき

・落日の慘たる冬に影ひくも孤りなるもゆめ抛つなかれ 

・うらうらとさくら咲く日はおろかしきわがてのひらのかくも黄いろき 

・いのちはやかくもやすらにありなむを胸もやさしき日(ひる)の牝雞

・花ひとつかざるものとし墜ちゆくやいくたびか身は疾風(はやて)に似たる

・燈(とも)しつらね生きゆくや春は神よりもかなしきねがひ身にひしめけり

・誰かわれらの胸搖りうたふいやはてのかなしみの日の若葉のうたを

・憊れはててはくるめくのみを蜉蝣(かげろふ)の死ねとひかりに前後あらすな

・紅葉(こうえふ)のしづけきみればわかかりしかなしみごとも疾風(はやて)とすぎぬ

・はかなさに褻(な)れてねむれる夜なよなの夢寐(むび)に顯ちくる花いかにせむ

 

 

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