田中火紗子『土塊』Ⅱ  (モダニズム短歌)

 

 

・鳥が驅(かけ)つたあとから 秋の づぬけてしろい雨がおちた

・さびる陽にくまどれ まして 生きものの赤い顔のいろ

・一枚の陽の面へ 赤まんまが はびこつてゐる感性

・あかるい月は、矛盾だらけの世界にのぼるのが至當である。

・炭素のもえてるやうなその光を、象徴と感じたならば、それはあられもない──月の苦惱である

・ニイチエを狂死せしめ、あらゆる純粹なものの具現をこばんだがために、──しばらくの月の苦惱がある。

・雨だ 雜草へ のびあがつてる知覺をまつしぐらに

・むしろ月とならず 肉感のさきの草が飛ぶ

・都會の質量に堪へて 白く 毒だめの花を咲かし

・くれぞらへ凱歌のぼれ 永久にあをい靑麥の性だ

・ふたたび來て孤立す 午後のあらしが麥をたほし

・五月 はやしにさいた黄の花 人間が受胎をおそれ

・紅桃だ いつぱいの この現實を笑つてゐる

・影がながくなり 騎馬の兵士がこの街へきた

・麥のあをい明りだ そらへ つぎつぎ空砲をうつ兵士

・ぢれつたい母が 季節の 汁のおもさを知らないで染めた

・みんな阿呆だ 植物に似て あをの正確なそらへ

・菜つぱ濃し 秋は、秋の鋭性がひろがつてしまつた

以下『出船』より

・どの窓もかならずみえる雪の山、にごれにごれと山の雪げだ

はまなすの花のさかりに、らんぷ消してゐる波の燈臺

・船は一枚の帆ではしり、砂から あかい花のつるくさが咲く

・海鳥の飛ぶところには必ず魚がゐる さむい二月の波がしら

・とけみずは空をうつし、おもひ絶やすといふことなし

・雪をふくみ 弧線さやかなる二月、枝枝に鳥なき交わす

・或夜そとへ出てみたら 草ぼうぼうの 半かけの月だつた

・月がそらを流れてゐるまに、こよい 油つけて髪をたばね

・草ことごとく枯れつづく野路、いつぽんのあさ風がふき

・まひる月、茎までもあかい 赤まんまのさく原つぱ

・ささやかに降る霧のなかに、灯ひとつちかよせて 眉のかなしさ

・思慕ゆゑに、きらきら灯をともす 谷も谷も霧のしづくだ

・月にともるあをい情念を知らないで、ひとひとりのまこと

・あまりに大きな月が、街にともすよりも早く黄いろないろ

・海が濃くなれば、黒髪をあたためるほども らんぷもやす

・もえる合歡木(ねむ)、粗いうたのままでくちびる嚙んでゐるま晝

 

 

田中火紗子 Ⅰ
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