六條篤   (モダニズム短歌)

 

 

・はろばろと あかつき白きわが夢に 點々と汚れたる 神の足跡

・この白きけものの肌を撫でさすり 木枯のたえまに とほき神々の跫音をきく

・凍りたる土に吐く嘔吐の 鬼畜となりて なほ 人を 神を憎めり

・わが背におびえて降りる 坂路の どこまでもつづく この 言葉の傾斜

・幸うすき二月よと わが祈る手の越えてゆく 神々の嶺(みね)

・あるなしの 鏡の中を吹く微風(かぜ)に ひねもす わが像(すがた)さへ捕へかねたる

・にし ひがし この空漠のさすらひに 梨花も眠れよと わが子守唄

・ふと つき當りたる わが背を撫でさすり 碑文字にふかき黄昏のかげを讀む

・音もなく梢に降りる 神々の 夜々のたはむれも われには重し

・百千の わがいつはりを嚙みくだき 神々の面に にがきつば吐く

・日日は辛く 僞の身にかへる刺 わがこの舌の裏表ある

・見つむれば わが影の底知らず ひたすらに合す掌のその隙を墜ちてゆく

・黄昏は わが掌(てのひら)の手に重し いと高き神の眸よ ゆく雲の背

・蒼穹(あをぞら)で 鳥は鳥の形に ねむる梨李(すもも)辛夷の花や夢は梢に

・空かよふ夢の翳よりも とほききのふよ 地の果に 母はまたその母の名を呼ぶ

・墜ちし夢の翳 地に淡く 空渡る季節(とき)の聲あり

・あかときを唄ふ梢の 松の花しろじろと また けふの日がはじまる

・歌ひ終れば背景の白き梢よ 風はどこまでも 喜劇の空を流れる

・燃えつくし わが掌の灰となり なほ禱る掌の形ある

・日毎 わが生きの身に打つ 釘の音の 冬空に響き應へるは何の笑ひぞ

・なんぞ ときに 白き笑ひの身に刺さる 石に彫る魚の眼に はてしなく冬空は澄み

・啼く鳥の啼かぬ日暮よ 掌に親しく 虫の歩む手ざはり

・小鳥の居ない鳥籠があり 山寺に訪ねた春は留守でした

・黄昏は 過去の垣根にそうてくる この道をゆきくれて また 自らの背を見送る

・暮れ殘る黄昏の道 しろく 自らの言葉を嚙めば 記憶に混る砂もあり

・母の背に 指で書く文字の いつしかに黄昏れて わが旅の ゆくへうしなふ

・翳重き わが日々のたはむれ 手をたたけばきのふの空に ふりしきる花

・花花は すべて 南へ傾いて もの言はぬ村落のうへ いつぱいの夜

・手をたたけば いくたりもの侏儒がとび出して 廢園の闇に 花花はくづれる

・はるかなる玻璃器の底の 靑空に わが血を 滴らし 祖(おや)を憎みてやまず

・夜明 わたしがつまづいて倒れたのは わたしの忘れた白影(かげ)。

・新しい頁を切り開いて 索めてゐるものはたつた一人のわたし。

・夢は掌にこわれた 風の行邊を追つてあなたは魚の眼をする。

・その美しさは何ものをも强いない たゞ少女は夢の重さをかこつのである。

・ひとすぢに爪は月夜をぬけ出でゝ 白いグラスのひゞわれを這ふ。

・天地のけじめさだかに陽の照ればわが身の傷も透けて見ゆなり

・樹々の幹透けてはるけし地に卵生みゐる虫のひそかなるかも

・山深みゆるく這ひゆく朝霧に苔の肌(はだへ)のぬれて光れる

・星と星の間の深き夜空を流れゆく聲ありよごと眠らしめざる

・夜々の星かぞへ疲れてなほ仰ぐわが身に痛き空のとげかや

・地球ハドコヘ墜チルノデアラウ 黄昏ノ尾ヲヒイテ 誰レモガ母ノ名ヲ呼ビツゞケル

・風ヲ呼ビ 雲ヲ呼ブ巨大ナ手ノ翳二 人間ノ骨ヲ寄セ集メ 褐色ノ情熱ヲ燃シタ

・絡驛トツゞク人馬 黑キ血ノ記憶ノ闇ヲ走ケ巡ル白キ花 人ヤ馬

・不透明ナ時間 老イタル新聞紙二唄フ 肋骨アア花ヤ花

・地球ガ呼吸ヲヒソメル 夜ハ夜ノ重サ二沈ム

銃口ノ深イ闇ヲ切ツテ 又モヤ肉體ノ底二星ガ墜チル

・朔風二耳ヲ澄セバ 肩カラハ又新シク片腕ガ墜ル

・全ク月ガ熟レタ 地球ノ斷面 東洋ノ食卓ニハ茶ノ葉ガ浮ンデヰル

・全テノ葉ハ落チツクシテ 皹破レタ記憶ノ空 ハルカナル地平二白キ墓標ガアル

・サツスーン ソレハ一陣ノ風デアル 熟レツゞク麥ノ穂二地球ノ髪ハユレテヰル

・地球ノ裂傷二沿フテ流レル雨ガヤガテ新ラシイ河ヲ作ツタ

・ひとすぢに しろく流れる空の河 おもひ渇くままに 醒めて眠れり

・空の上 幾重にもまた空があり 日毎 われには重き 家郷の山河

・手にふれる樹々の幹みな透きとほり わがふる里はかくも間近き

・十重二十重(とへはたへ) いつはりの雲を踏み なほわが舌にあらぬ重さよ 

・海の藻草も つひに空しく枯れしといふ 魚の血潮も渇きてあるべし

 

 


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