逗子八郎   (モダニズム短歌)

 

 

・沼澤地方の習慣で 發育した肢體のまま 取引所の走狗となつた

山麓地帯の花盛りを過ぎてから あれは砲兵の儀禮ですと眼鏡を拭つた

・屋上庭園(ルーフ・ガーデン)。白鷺が並び美しい脚でタイプライターの擬音を立ててゐる

・林のなかの夕日。ウビガンの匂ひ。分讓地の美學は複雜な數式をもつ

・矢車草のやうな形態。朝の商業區のリズミカルな蠕動が葉柄を動かしてゐる

アテネ丘を越えて疲れた鶴 藝術院よ 養老院よ 揃つた

・愛國切手。美しい思考の角度。巨大な歩みに就て君もしらない

・ヒユームよ アポリネールよ 鉛の彈道の美學を次章にのこしたまま

・蜩に昏れ入る馬込の谷 このうるはしい祖國の顔をしばし見守つてゐた

・騒々しい靴音は捨てておけ 俺は俺の花園のなかの花のなかに沈む

・冷然と扉(どあ)をしめた 内側の構造は誰もしらない扉(どあ)のなかにかくれた

・私の愛する窓を寂かに澄ましめよ そしてその日のその時まで

・冷い感覺の魚が戰車から迸り あの近づいてくる 故山の修身講堂を

・手巾(はんかち)をふりつつひとは墜ちてゆくとも若者達よ より高い精神の輝きを君達の手で

・激しい磁場のなかで君の言葉をきいたけれど花卉も飛行帽も皆赤くぬれてゐた

・向日葵がある意識を刺戟する 遠い雲のなかにヂュラルミンが光つてゐる

・公債艦隊。人絹のシュミーズ。この流域は徒渉しやすい

・茫漠たる収支よ。芽吹かぬ新樹の上を つぎつぎに美しい馬具が流れる

・或朝短劍が垣の蔓薔薇に刺さつてゐた 私はひつそり穹窿(そら)の内側に坐つた

・樂器のやうにひゞいて來る肉叉(フオーク)の音 旣に蛾は無數の思想を産みつけて去つた

・月に翅の透く昆蟲 美しい衣裳につゝまれた肉體の見える夜となる

・鏡の前に立つて笑ふ植物性の知性 衣裳が散りおちるとあたり一面の月光であつた

・玻璃器(ガラス)から咽喉(のど)に溢(こぼ)れる水 月光が美しく人體に侵入してゆくのが見える

・やがて氷河をわたるものならば せめて明るくこの月に屍(しかばね)となつてゆかう

・落葉の底に潜む記憶 莨の銀紙を光らせながら朝の林間をゆかう

・落葉の底を流れる水 一本の立木を搖(ゆす)ると 眼窩に深い瑠璃空がたまる

・林の外れの草屋根 生活の波長が眼に見えぬ速度で午後の背戸を洗つてゐる

・夕潮は金星のひゞきを持つ 硝子戸のなかで靑く植物の葉が烟となる

・葉巻をくゆらす夕暮の海 硝子の内側で象牙がしづかな音を立てゝゐた

・金色(こんじき)に燃える海 暗い硝子のなかで乳房がいつまでも燃えてゐる

・この部屋を洗ふ濃い時間の流れ 人間ほど人間を悲しくさせるものはない

・椎の葉陰に更けて駐(とま)る儀裝馬車 白い墓より半ば身を起し窓帷(カアテン)を挑(かゝ)げる

・裸婦の繪の下で啜る錫蘭(セイロン)の花 やがてその馬車は光る海に下つてゆくだろう

・功名の蔭に木深く眠る幾多の夢 長劍微かに鳴つて石階を下る

・常春藤(きづた)の壁に添ふ道徳的の遁走 嬌然と夜半の月光に刺される

・月光に浮き彫りにされる微笑 やがて僧院の奥ふかく浄衣が畳まれる

 

 

モダニズム短歌 目次
http://azzurro.hatenablog.jp/entry/2017/05/30/054929

 

 

http://twilog.org/azzurro45854864
twilogで歌人名または歌集名で検索すると、歌をまとめて見ることができます。