海たち  山田一彦  (稲垣足穂の周辺) モダニズム

 

海たち         

          山田一

 

綠色の詩集と表紙

花たちが ふることができないために 夜は明けることができました
呼吸の反射することのできる額の こまかいヨコ線の多い液體性の帽子
雨のふるのに波のたてることのできない旗は鉛筆にひとしいものでした
劍を吊つた馬と
第5次水泳の行ふことのできる貴婦人たちの美麗
細まかい線のタテにあることのできる洋髪の色
木綿幕にうつる女性の涙の眼鏡へ入ることのできるところ
ガラス性の紳士の病氣治療法
保護色をもつ女性の變色方法
眼球にかげのあることなど 

 

──藝術は滅亡によつてすくはれました

  ボタンのない兵隊の帽子と

  海以外のところに

 

眞空管中にすみ得る魚
眞空管中にすみ得ざる鳥
眞空管ないに音樂し得る液體たち
眞空管ないにおこる影
眞空管ないにおこる波
水中にしかおこり得ざる波
いろいろの波たちがたわむれる波

色たちにとりかこまれたいろ
綠色にうつる綠色のかげ
綠色を透してみた綠色の色
綠色をかさねてみた綠色たち

線を重ねて綠色を作り得る動作

 

全てから海以外のすべてをのぞく時空と海が
のこる
吊り揚げられるDictionaire
發光する波
發光する動物
發光する植物
つやのない白粉
光のない海の夢
移動をゆれる形而上學と
移動をゆれぬ形而下學と
すべりの惡るい波
水と氣體のあり得る波
とざされた化粧室の扉と
愛人の瞳にとざされながらいつの間にか海中を
もぐる私
愛人の瞳をとざしながらいつの間にか空中を
あるく私

     

時間を放射し得る純粹なる主觀
空間を引力し得る純粹なる客觀

記號によつて動かされ得るCirconstance
効果に反比例し得ざる形式

液體の綠色たち
氣體の桃色たち

毛髪の空間を運動する魚たち
貴婦人たちのセピヤ色麥酒瓶内における運動たち

 

第8化粧室における完全な服を身にまとへる Une Femmeが眞裸體の7人のオンナの長い髪たちの運動をみつめながら、手紙を書いては温度計の硝子をみて居たのです、その女は桃色を愛する女でしかないのですが、藥瓶性のセピヤ色の眼鏡に涙をうつした時だけは、完全なる女になりきれないこいことを困つたのです、女の腰の動作をみつめながら考へた、思想が思想であつたか思想でなかつたか思ひなやむ時間に帽子が感情しました、自動車は海へと同じ空間と時間を所有しながら 13 臺だけ並びました、Une Femme は夢の中で夢をみたと思つた夢をみて居て夢だと氣がついた瞬間に、不愉快でないことは愉快であり愉快でないものは不愉快であり、愉快でも不愉快でもないことと、愉快でもあり不愉快でもあることをどう考へたらいいかとその軌道を探し初めました、が數の有限性を無限性にまで肯定しながらも數の鋭角性におどろきました、電氣のついてる地下浴場では數の平凡さ加減には鉛筆をしやぶつて煙突のリボンをみて居る、赤ちやん を持つたことのない不妊性の女です、女はたまらなくなつてきたので綠色の警戒色を着ながら薔薇の花のために接吻させられたことをうれしく思ひました、が原始性を愛して毛絲の帽子をあみはじめました、女は苦しいと思ひ込みたい位苦しみをうらやむ程苦しんで居ました、Une Femme は月經すべきだつたのですが男性の男のそれをみて定期的に大量のそれをみることができなくなつたのです、野蠻人の比較生理學の革命は第8化粧室にピラミツドを建築してしまひました。

 

 ※「眞空管中にすみ得る魚」から「線を重ねて綠色を作り得る動作」までの連と「全てから海以外のすべてを」から「空中をあるく私」までの連は同一頁の上下。

 

『薔薇魔術學説』第1巻第2号(昭和2年11月)

 

稲垣足穂の周辺 目次

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