鷹  丸山清  (稲垣足穂の周辺)

「四季」派の詩人丸山薫の弟で、稲垣足穂から"宝石細工のような小品"を書く幻想作家とされた丸山清の代表作。ご高覧ください。

 

 

翼をひろげればコンドルよりも大きくなるが窄めれば雀よりも小さくなる不思議な鷹が献上されて、天守閣のいちばん高い軒に美しい朱塗の鳥籠が吊るされました。片脚の失はれた怪しい猫背の男が身にあまる恩賞に浴して曙城を去るときに、次のやうに言ひ殘しました。
 「人間を嫌ふ氣むづかしい性格で御座ります。どんな餌食をもいつさい口に致さぬ代りには、絶えまなく昏々として深いねむりをむさぼつてゐるので御座ります。」
 それゆへに、家臣等はいふに及ばず、古くから仕へてゐる鷹匠達も、濫りに天守閣の頂上へ登るのを堅く禁じられました。
 亂淫のために若くして腰の不自由な御城主様は、今日も多勢の侍女等に左右から身を支へられながら、お庭の泉水のほとりを散策してゐました。虹のやうに灣曲して架けられた太鼓橋を渡る途中、ふと、杳かな頭上に棲む珍しい鷹を思ひ出したので、
「南蠻わたりの遠目鏡を持て。」
 かぼそい聲で荒々しく御側用人に命じました。
 見れば今、深いねむりから醒めて天へ舞ひ立たうとする鷹は、童子のかわいゝ掌に包まれようほどにちんまりとした小雀に過ぎません。精巧に壘まれた兩の翼は二本の脚が鳥籠の入口を離れると共に、恰も扇をひらくさまに次第に大きく末廣にくりひろげられて、小雀が忽ち百舌となり、……鴉となり、……鷹となり、荒鷲に變じてしまひます。
「やがて傳説のなかの大鵬となり、一面の蒼穹が三千里の翼に被はれて、爲に天地が晦冥となるであらう。」
 不吉な豫感を人々の胸に呼びおこさせ乍ら最後に實在のコンドルぐらゐの大いさに達する頃には、もう城廓の眞上を一巡して更にいつさう幅員のひろい第二の輪を城下の空にゑがきはじめてゐました。半身不随の御城主様が侍女等をせきたてゝ庭内の一隅の小高い築山のいたゞきへよろめきながら登つてゆく背後には、手槍のやうに細長い望遠鏡を肩に擔いだ老骨が、これもあたふたとして馳せあがつてゆきました。

 

「なあに、ゼンマイを仕込んだ細工物さ。」
 堀割の岸の柳の木蔭で、松葉杖を小脇に抱へ込んだ男が嚙んで吐き出すやうに呟きました。三日月型にふくらんだ猫背を一本脚で支へて佇む姿は、宛然、池中の殘瀬で鶴が片脚をあげて立ち乍らに居眠る形に髣髴してゐました。
「だが、怖ろしいことだ。生命を持たぬ物が持つらしく生活してゐる。」
 幽暗な面ざしで眺めやる空の一角では、コンドルが荒鷲となり、……鷹となり、……鴉となり、百舌となり、天守閣の屋根を中心とする大圓が次第に半經をせばめるにつれて、いつぱいに張られた翼が譬へば花が蕾に立ちかへるやうに少しづゝ閉ぢられてゆきました。とうとう小雀へまで縮んで鳥籠のなかへ消え去つたときに、城門の奥では御城主様を取り巻いて割れるやうな拍手喝采が湧きあがりました。
「眞相を知らぬ世間の連中の氣樂が羨ましい。作つた俺自身にとつては、ゼンマイと木材で仕組まれた鷹は、所詮、生活のないカラクリに過ぎないのだ。」
 香具師は殘念らしく舌打ちを洩らして、折から迫る夕闇に紛れて城下を立ち去つてしまひました。

 せめて一匹の蟋蟀が生き殘つてゐたなら……、そして、荒れ果てた城門の附近に散らばる灰いろ頭蓋骨のなかで、山吹いろの月に寄せる凉しいひとふしを奏でゝくれたなら……、赤い死の假面に似た惡性の疫病が蔓延して全世界に棲息するすべての生物を屠つて以来、曙城の城内からも氣むづかしい御家老様の咳払ひ一つ洩れ聞こえませんでした。あらゆる種類の殘骸を滿載した地球が、太陽に護られて空しく宇宙の縹渺を航行してゐるに過ぎません。しかも、或る晩、寂として人影のない天守閣の高い窓のほとりからハタハタとゆるやかな羽音をひゞかせて何ものかゞ舞ひあがつたときに、地球はかすかに全身を搖り動かして次のやうに獨語した様子でありました。
「はて、面妖な、今なほ拙者の背の上に何ものかゞ生命を保つてゐるらしい。」

 

 

『文藝都市』創刊号昭和3年(1928)2月

参考文献
・"宝石細工のような小品"の幻想作家--丸山薫の弟・丸山清をめぐって
安智史
愛知大学国文学 」(50)2010年12月
・「荒唐無稽派」の奇想作家--丸山薫の弟・丸山清をめぐって(2)
安智史
愛知大学文学論叢」143,2011年3月
・コント・ファンタスティックの短篇作家 : 丸山薫の弟・丸山清をめぐって(3)
安智史
愛知大学国文学 」(51), 2011年12月

 

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