神山裕一   (モダニズム短歌)

 

 

・帆柱の四五本が搖るる月夜空しろく羽ばたきて過ぐるものあり

・人或は眺めやるべし海原に夜ふけて赤く月ぞ照らせる

・夜はふけてやどかりうごく磯の岩娼家のあかりおよび來らず

・磯の空ときにひるがへる蝙蝠(かはほり)は月夜さやけみよく遊ぶらし

・部屋の灯もしろじろとふけぬ緣の下の蟋蟀のこゑを聞かされてゐる

・秋の蚊をたまさかは手にはたき落とし何も考えぬ夜がふけてゐつ

・匂ひなき枯木の肌や落葉焚くけむりまつはれり朝は幽かに

・庭木の梢(うれ)あらはに空をさすところ日のくれの風はくろくよどめり

・この朝は遠山に雪の光りしか時雨の街をゆきつつおもふ

・庭闇のかそけき雨をうちまもりこたへなき子の肩息づけり

・あたたかき冬の日つづくあぢきなさ白けし街の石だたみ踏む

・小驛のをぐらき燈(あかり)はや過ぎてなほこころひくくらきその驛  
     (夜の急行列車)

・枯原に夕かげ黄なりひそやかに卵うみをへし蟲は死ぬらむ

・杉木群立ちしづかなる山のなかに流るる水のありて音すも

・この山に音する水のながれゆくはてをおもへば國はひろしも

・冬眠りひそけきもののかくろへる野にしみわたりけさの雨ふる

・雲のかげをりをりすぐる枯野原日は照りながら時の空しさ

・夕空を枯野へ落ちし鳥のかげのきびしき線ぞ眼には殘れる

・筑紫の友死にし報せの來しときをわがむさぼりて飯(いひ)は食みゐつ

・疊這ふ夜蜘蛛をとらへ火に燒けりいのち絕えしものの臭くにほふも

・街路樹に音なくそそぐ夕しぐれ華やかにさむき燈もともりたり

・夕早く病院の窓にともる燈のまだ白々し街の寒けさ

・屋上に昇り來しとき日は照れりしまらくはわがひとりしあゆめる

・ふてぶてしく心のなかに居直りて生きむおもひもかつは寂しき

・一すぢに立ちくるこころ何にかけ生きむとするかただに迷へる

・山房の庭ひるしづかなり百日紅の花のひまより雲ひかり見ゆ

・俵負ひ登り來し人は地虫鳴く庭の夕をしづかにいこふ

・谷越えし向ふの山に猿のごとき啼きごゑせしか木木のしづけさ

・山の子が竹鐵砲をならす音木の間にひびき暮れゆかむとす

・山房の大き屋根くらく空を截り夕ほのかに雲流れゆく

・山に住む人らしづけし木木の間におもく沈みて藁屋暮れたる

・日はくれていづみに釜をあらふ音この山ふかく人の住むあり

・はるかなる山また山はくれそめぬここに生きゆく人らしづけき

・闇ふかく流るる渓の音澄めり落ちつぎにつついづちゆくらむ

・天地はくれしづみたり山深くまれに人間の笑ふは何ぞ

・山寺のラムプ小暗くもるる庭わづかに白し二もとの杉

 

 

 改造社版『新萬葉集』『香蘭選集』より

 

 

 

モダニズム短歌 目次

 

 

http://twilog.org/azzurro45854864
twilog歌人名または歌集名で検索すると、歌をまとめて見ることができます。