中村鎭(中村鎮)  (モダニズム短歌)

 

・自動階段(エスカレーター)。花ひとつ。私の足元まで昇つて來て踠(もが)いてゐる

・自動階段(エスカレーター)。自動階段(エスカレーター)。花ふたつ。平行に昇つて來て、左右の窓から別々に別れて行つた。

・自動階段(エスカレーター)。花ふたつ。ひとつリボンで結ばれて、昇り詰めると解けてしまつた。

・自動階段(エスカレーター)。自動階段(エスカレーター)。花ひとつひとつづつ昇つて來て、ひとつリボンで結ばれる。

・自動階段(エスカレーター)。花ひとつ。私の足元で咲いたまま 〈戀人の訪(たづ)ねて來る午後であつた。〉

・表情のかたさに麵麭(ぱん)は食(た)べられる ひと房(ふさ)の葡萄があつて 孤獨ではなかつた 

・麵麭(ぱん)たべて殺(ころ)される 愛憎への杞憂が 蟻の進軍のやうに コツプの水の澱(よど)み

・〈2(ツウ)─10(テン)─J(ジヤツク)〉麵麭(ぱん)ちぎつてたべる たべきつて ひとの死にも たべられる

・表情のかたさに麵麭(ぱん)は食(た)べられる ひとの死に たべねばならぬ葡萄もあつて

・暗い暗い寒い空 白い白い吹雪の巷(まち) こんな日に邪教殺戮の血は流されるか

・邪教殺戮の雪日だらうか 化粧された愛國劇の流血だらうか 戒嚴令下ここ帝都の混沌に でも鶯が鳴いてゐる

・吹雪の中のナポレオンの勲章であらうか 黄いろの太陽は重量に耐へて〈吊り落された!〉惡寒の窓 水仙の搖れ また雪

・また降つてつむ雪〈白紙もえるままの化石となれ〉雪崩(なだれ)る日までの街の傾斜 鋭角に結ばれて銃剣のとかれず

・暗い暗い寒い空 白い白い吹雪の巷 混沌として鶯ばかり 天氣豫報(ラジオ)のやうに〈雪、のち晴れ〉であつた。

・ひた馳りに驅つて蹄鐵に烟る 槍騎兵の一隊過ぎ去つた十字路には杏の花盛り散るに迷つてゐた

・ただ灼(や)けるだけ 砂場の沖の水平線の炎(ほのほ)の海の冷たい表情 圖太く女がウクレレを彈いてゐた

・雷鳴のある雲 急流を遡(さかのぼ)る風 銀魚(うを)の多情(こころ)の彈性にひらけば さびしい彼女であつた

・澱(よど)み黄昏(たそが)れ、銀鱗(うろこ)・銀鱗(うろこ)の赤い 〈花・花の離別(わか)れ〉 激情を身悶え、裸魚の沈淪(しづ)む


 〔茉莉(マツリ)〕紫茉莉科に屬する木、熱帯地方に産す、葉は圓狀にし、對生し、枝端五瓣白色の花着生し、夕に開き朝に落つ、香氣高し。
 〔末利(マツリ)〕後漢書に曰く「理國之道、擧本業而抑末利」本業とは農、末利とは工商の謂である。

・往古(むかし)は〈末利〉を業(なりはひ)する氓(たみ)を奴隷とした。それから餘りに暗い歴史の黄昏(ゆふぐれ)、人々は自らの眼(め)を抉(えぐ)ると、新しい眼(め)に茉莉の花が純白(しろ)かつた。

・末利に求める視線が黴菌(かび)のやうに穢(けがら)はしい、ドン・キホーテ氏の墓前にも紫茉莉(むらさきまつり)の木があつて、産業革命の日であつた。

十八史略に〈末利〉といふ語を講義する日、私はこの茉莉の花を謳歌する少年達を悲しめないために、二十世紀のドン・キホーテの表情を自嘲した。

・純白(しろ)い茉莉の花が煤煙に汚(よご)れて散らうとする。〈軍需工業など……〉小さい末利の奴隷に需要(もとめ)て私の居る。

・茉莉の朝をまつまでもない。ウエルズの來るべき世界が、幻像のアンクル・トム氏が、漢文末利(かんぶんまつり)の若い敎師の去来が……。

・思ひ思ひのパステル畫 沈黙の鏡は でもカメレオンの表情に粉碎するので 冷雨のだらだら坂を蝶々は消えてゆくに過ぎない。

・妖精の舞踊劇(バレエ)を踊る 冴えて星ぞら。赤いトルコの弦月旗ふつて地球は雪。ぶよぶよ肥(ふと)つてゐた。

・メリー・ゴーランドが後退してゆく 近衛公の顔のやうな高級車で 詩人達も出發してゆく。

・黄色い夢に秋を見る。南畫の遠い島に、新らしいメリー・ゴーランドが建設されて、ダリヤの聯隊旗も咲いてゐた。

・X光線らしい焦點で、戰爭の悲哀を換算したいろいろの花、アジアの地圖のひろくなる日の──。

 

 

 

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