成川はつ子  (モダニズム短歌)

 

・窓の銅板 ホトホト鳴る月の鳩舎 花の莢はじけて黄ばみそめた

・霧の中の銃眼 斜面を走る空色のボタン 匂ひわすれて崖の家へ翅(はね)いた

・裝身具 故國に觸れる聰明な音樂 白馬の館に朱線を忘れる

・豁谷の踵 橋のむかうで白い肩から花のやうに睫毛にふれた

・蒸汽船の屋根 旅愁は銃彈の跡に似る 人住むとも見えぬ島かげの明るさ

・波切の岬 愛情に永別した烈日の異國風景石の階段に座る

・九月 庭園の銃を捨て 腕をのばし 痛ましい薔薇の陽にかくれた枝をささえる

・レンズをぬぐうても海は鉛色に見える 高山の花は聲に染つて鮮かにとんだ

・新調の靑い野 南の眞珠灣 明けがた海の女はきれいに飛躍した

・視察團をもたぬ夏の花園 高壓塔の縞を越えて香料が届けられる

・成層圈をかきわけかひくぐり 無帽の兵は人形の雪崩を受ける 地の襞に一行の聖句を寫した

・雪來る日 ひたすら逸らすかしこい妹の明眸に たゆとふ無音の一つを沈め

・しげり合う草木に応へて涙する 遠雷のあのゆたかな翼にあこがれ夜に近づいた

・その夜甲蟲が翅をひろげると純粹な精神が 緊張する あの森の鶴が膝をのばすのだらう

・手套の影 キラキラ光る曉の商店街 衿 侘しいゆめをみつめる

・來る日も來る日も八月の松の林は激しくゆれて 一つの追憶が空いろの吐息をもらす

・植物の秘かな邂逅にも高い精神の戦慄となつて 花束の中で幾許の手紙が燃える

 

 

 

 

モダニズム短歌 目次


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