高群郁  (モダニズム短歌)

 

久保田正文編『現代名歌選』は、新短歌を前衛短歌運動の一環として、プロレタリア短歌と区別していて、その新短歌のチャンピョンとして上田穆、中野嘉一、山田盈一郎、林亜夫とともに高群郁を ひとまとめにしているのですが、手に取った作品の多くがテーマ的にはプロレタリア系のもののようで、そのテイストの比較的薄いものをここに集めてみました。

 

 

・ペチカあらたな郷愁の想にふけり 
 悲しみはあなたの心による
 シべリヤの夜のかほ

・春は露西亜橇(トロイカ)にゆられ
 明るいコルホーズ婦人らの顔
 新しい感激は朝光(あさかげ)に照らされてゐる

・シベリヤの夜明け太陽を孕み
 コムソモールカ
 烈しい氷原地帯に火を
うけ継ぐもの

・橇の鈴の音がなり
 馭者(クウーチエル)のギターは古風な戀歌(マドリガル)
 しきりなる放浪のシベリヤは春の刺繡にほふ

・禿鷹の影走り
 苔地帯(ツンドラ)は原始のかほり
 靑春のシベリヤはいくつもの現實がゆききする

・蠟燭のやうに光つて白樺(ベリヨーザ)
 國訛で叫びかける。
 東洋の感傷など旅日誌に綴れば濡れた草の匂ひがする。

・罌粟のやうに燃える旗
 逞しくふれてくる思想の透徹
 ビオニールの行進は一切の美である。

・子供の家(ヂエーヅキドーム)
 燕麥の風は草笛を乗せ、
 オクチヤブリヤら
 人生案内を溫めて 壁新聞に鐵の流れ。

・天映(ザリヤー) あの空の下に焰がある。
 コンバインに小麥の匂ひ
 突撃隊(ウダールニク)の顔を生産の歡喜(よろこび)が走る。

・飾窓に 襯衣(ルパーシカ)のなつかしき現實
眞紅の旗など
 こんなにも大膽に立てゝ尼港(ニコライエフスク)の春がある。

・あなたの脊にひそかな會話を溫めて
 林がある
 野ざらしにされてまことにふれず

・花瓣のない葩のやうな寂しさ
 そんな思ひ出もある
 けふも僕は林の散歩に疲れたらしい

・昏く漂鳥の羽搏き
 夕濕りの野路をかへれば
 村落の蹠に瞼おもたき灯がともる

・朝の鏡にネクタイを結ぶ
 いく日も虛しき黄昏をむかへて
 痛すぎる靴底の鋲の音である

・肉親も嘲つたが
 生活に敗れたのは世界観のためではない
 泣けない顔に霙がふる

・私の詩は花より人を愛さねばならぬから
 貧しすぎる僕は
 いきどほることしか知らない

・音もなく洋書の頁を切る
 ささやかに生きる日は
 せめて冬花を病妻の枕べに置いてみる

・ここに逞しい意志がある 
 機械の美を愛せよ 
 僕は東京に煙草すいに来たのではない

・現物地代の村は冬空に澄み
 高架線の光るしじま
 山裾の彼方を寒流が移つてゆく

・梅林が綻ぶほどの光り
 草屋根の古い風俗も磨かれて
 靜かな運命を美しく思ふ

・候鳥の飛翔に光る林
 靜かな夕映の流域を歩いても
 なぜ美しい村は愛されないのか

・黄昏の林の存在もかなしければ
 そんな別れの
 美しい瞬きは石の匂ひをもつ

・冬晴れの光しづかに翳す
 宿命的なものに動く百姓の列
 鴉の群が氷雨の音を乗せて來た

・その貧しき古里の感情に痛めば
 ぬれ光る靑葉のまま
 空が燒けてゐる

・わが惱みの農村救濟にかかはるとき
 葉脈のやうな新鮮さに私が燃えるではないか

 

 

 

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