三宅史平  (モダニズム短歌)

 

・でぱあとなどの空を泳ぎまはる、廣告飛行機は戀人のない金魚です。失禮なものをくつつけたまま 燕尾服で せかせか お散歩です

・つぎ、順天堂まへでございます、まがりますから、さて、御注意願ひますれば くりいむ色のあぱあとの たくさんある窓が いつせいに ぐいと 釣革にぶらさがります

・課長さまの部屋は窓がきちやうめんであるから 屋根、屋根、屋根、と白い塔の赤い屋根と、靑い空とが、しつくり額にはまつてゐるのである

・でぱあとの屋根の望遠鏡から、ぼくは 秋がよく晴れてゐたから、にこやかに、汽船の窓へ手を振りちぎるのであつた

・風に頰つぺたをなでさせて あどばるうんはいい氣持です、むしばもちですから 舌で奥齒をつついてるんです

・天井がおさへつけて暗い地下道に深夜の跫音が一ぱいこもる

・がうがうと幾百尺に捲き上げて落した槌のなんと地ひびき

・新しく築かれて行く東京は我等の首都だがつちり作れ

・蘇つた精力をつめこんだ通勤電車 首都の心臓へ驀進して行く

・Go! 一せいに騒音をあげて突進する十字街頭のめざましい進出

・うねりを乗越えうねりを乗越え海峽の黎明(よあけ)をまつすぐに進み行く汽船(ふね)だ

・すさまじく傾いて汽船は轉舵する、見よ、大きく描く轉換の經路(あと)を

・失(なく)した言葉やもしや此處かと、歸るなり、部屋の電燈ともす氣になる

・深夜ふと目が覺めてみる、晝間(ひるま)から、失(なく)した言葉をしきりに探す

・どぶ水にキラキラ逃げる陽(ひ)の反射、私に乗合自動車(バス)から追ひかけられる

・一列に夕陽へ走るプラターヌ追ひぬき追ひぬき乗合自動車(バス)は走る

・壁の底はるかちまたの騒音あり、僕から首都が放射してゐる

・タアルの香つと來た刹那、トオキイの闇黑街があたまを過る

・ゆきすがり、店の花の香の一つから、故郷の小川が眼のまへに浮く

・踊子(おどりこ)のつかれ、倚りあひ、華やかに夜の電車の空氣を濁す

・雨のよる、線路よこぎる、あたまから架線の重みが身にのしかかる

・永遠のそこまで深い靑空をあすの颱風が窒息させてる

・鏡からじつと見返す眼の底を正視に堪へぬぼくとなりをり

・チヤプリンが笑ひを撒ひてうすれ行く後姿のなんてさびしき

・豚といふヒポコンデリアのいきものが腹立たしくて石を蹴とばす

・酔ひしれて絨氈の上にたふれゐる今宵のピエロは實ににくめぬ

・島かげに生き捨てられてひとりぼちあの星からあまりに遠い

・目のあをい異人のこどもどこを見て、ぼくにせつないおもひを持たす

・ガラス窓(ど)の向ふにちらり消えた顔ぼくに生命(いのち)をつながしてゐる

・風船がいくつも空につながれて、五月はいつぱいかがやいてゐる

・戀情も今は星らにうばはれ芝生の上にねころんでゐる

・星の下ねころぶ生命(いのち)うしなはれ地(つち)の脈搏それだけ生きる

・それらみな、星、星、星らかがやいてもつひにゆるがぬ波のくらさだ

・星座うかべて空は移れど海面(うみづら)のこのま黑さはどうしやうもない

・夕ぐれははるかの空のうすあかりにんげんのむねを、かう、しめつける

・ぼくらみなはなやかにをる海のきしあらしは遠くとほくうすれる

・海のはてなんとはるかな岸に來てとほくたびびとに握手をおくる

・らんでう"ぅのまことにきれいなわかれ ゆふやみにきやしやなあくしゆが白くもとめる

・これはこんくりいとのとくわいにいくまんのもずがちぎりおとしてわたるこゑ

・ふくらんだこばると色にくぎられて白いびるでぃんぐが音をひそめる

・びるでぃんぐの煙突がうすい煙(けむ)をはき高層雲がひろがつて來る

・あをぞらでぬりつぶした鏡まんなかにまつかなダリヤ、そばにぼくの顔がはんぶん

・築きあげられた忘却を恥ぢる眼のまへに 海は もう たくましい夏だ

・訴へる瞳(ひとみ)をさけてならない瞳にも 烈日の海の波をうならせておけ

・行きずりの微笑の少女だつた その微笑に そしてぼくは「また逢う日まで」の手を振る 夕ぐれだつた 波止場だつた 美しかつた。あなたの「さよなら」の微笑がその焦點だつた

・ありつたけの苦痛にしろ ぼくは「生き」へ意志する 夏は夏の晝が燃えろ

・遠く 燈臺は囘轉をつづけ 沖はもう明るい 山の夜(よ)の 朝への移り

・山は 今がいちばん深い眠りで 雲を動かすだけの 夜(よる)が晝への移り

・ひつそり大きな動きをはらむ空に 山は輪廓だけの あけがたの沈默

・今日の 打ち誤るキイ 打つひとつびとつが 胸の疲れに叩きこまれる

・キイが意志する 輕快なタツチ あをぎりの葉の裏の陽が胸まですきとほるです

・星らのゐる草つぱらに立つて 感情は、つひに、ひろい 美しいもの

・星を、ひとつづつ、みんな並べて 草つぱらの闇も 闇の草つぱらも ひろい

・星と星とをつなぐ、いつか、遊びを持つて みんな忘れたひろさとなる

・星の宇宙に ぼくはつひに消えこんだ、そのとき ぼくが草つぱらにゐる

・星がせはしく囘轉する夜ルだ 忘れた人も、ふと、ぼくを待つてる

・流星の消えるまでのいのりは その瞬間の光となる

・星座に弧を貫いて消える光の その永遠ののすたるじい

・星座をのせて おもむろに囘轉する どこまで深い まあるい闇なんだ

・波打つ風に肩をあげて ひとつひとつの星の 胸いつぱいの光りだ

・山に立てば 水平線がかたむいてて のしかかる海のづうたいだ。

・午前十時のあをぞらの コンパクトの蓋をしめわすれたお月さまです。

・るり色の光 幾重にもかさなつて。十月の太陽は 見るほど遠い。

・この葉を照らせ、この葉を照らせ。そこで、あの葉、その葉が、どれも光つて。

・これらのおもひでは かげゑの童話の、一枚づつの紗をかけて うすらぐ。

・放り出した足の、お孃さんたちの足の、砂濱で。

・おちひ ふたつの影をならべ、野の それつきりの愛情である。

・空は 枝ばかりの梢、靄にくるんだ ひとつぶの星と。

・靄の、街路樹の、わすれて ことこと靴があるいてゐました。

・ちりみだれ、星ら、星ら、ひかり、ひかり、こころばらばらちりばめられる

・星やみがぼくらふたりをここにあらせ、はなればなれのこころらとなる

・ばらまいて星らがそらにひかるときやみはひろびろ、ぼくらにせまる

・かれがれのひろさひろげるくさはらのそらはるりいろのひかりらがちる

・るりいろのひろがり、そらのかぎりくらく、そこらみじんにちらばるひかりら

・かれのばらどこまでひとりにるりいろがのがれやうもなくくりひろがる

・秋ばれのかれ野どこまでもあるかなしみはつひにるりいろのめらんこるあとなる

・るりいろが、さらさら、さらすかれ木ばらうれひはからからのおちばをふむ

・すみとほるあまりあかるいそらがあり、そこらいちめんくらさがつつむ

・かれ野あゆむひとりごころのさくばくにふれるひかりらぴりぴりささる

・秋ばれはそらのひろさがばらばらにひかるひかりにみじんちらばれ

・かれ木ばらここはなげきがあゆむべく落葉(らくえう)ぱらぱらふりみだれる

・あをぞらをかくれがもないすすきばらなげきはうちへにぎりこまれる

・ぷらたあぬかれがれかれるきいろばへめらんこりあがはなやかにある

・照りかへすだりあのあかをふれよぎりるりいろのそらへなげきはひろがる

・すすきばらの穂のゆれがいつせいにひろがるときぼくのなげきのはなばなしさよ

 

 

 


『ら行の憂鬱』(表現社 1935年)その他

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