星の転生  高木春夫  (稲垣足穂の周辺)

 

星の轉生

            高木春夫

窓をあけて星をながめたとき
風は赤ん坊の生毛のやふに、やはらかに
さらさらと流れたではないか
ゆふぐれ、山のなかのひとつの池を眺め
なんといふものさびしい遁世の志を
いだいたことか
その瞬間の頰えみを湛えてゐたことが
いまは遠くすぎさつた夢のやふに
不可思議なものとなつてしまつた


時計を前において心にもない想いごとを
してゐたとき自然の猫なぜ聲に
夢からさめたときのやうに恥づかしい
おもひをしながら、それでも河から
あがつてきたときのやうな爽快な氣持に
つよく胸を摶たれてゐた そふして
七色の虹にもましてうつくしい
朱色の水蒸氣がせいほふの空いちめんに
蔓びこつてゐたではないか
根づよい虛無とのたゝかひ
あかあかとした舞踏の男女の息づかい
豊滿なにん婦の香り、
にぎやかな笑ひと陋劣なかたり
石油のやふに燃えるお酒と男たちの
眞黑な頸すぢ、いやないやな
露西亞風の勞働、
花束と煙草の喫殻とはひきちぎれて
波のやふにあれてゐる


寂しさふな星のまたたきをごらん
ぼんのうの未練に泣いてゐたではないか

 


※「せいほふ」「息づかい」、原詩では傍点。
※「胸を摶たれた」→「胸を搏たれた」か?

 

『GGPG』第2年第1集 大正14年(1925年)1月


高木春夫 虛無主義者の猫・・・
高木春夫 幻想W
高木春夫 ダダの空音
高木春夫 眠り男A氏の發狂行列
高木春夫 水の無い景色

 

稲垣足穂の周 辺 目次