会話  左川ちか  (詩ランダム)

 

會話

            左川ちか

──重いリズムの下積になつてゐた季節のために神の手はあげられるだらう。起伏する波の這ひ出して來る沿線は鹽の花が咲いてゐる。すべてのものの生命の律動を渴望する古風な鍵盤はそのほこりだらけな指で太陽の熱した時間を待つてゐる。
──夢は夢見る者にだけ殘せ。草の間で陽炎はその綠色の觸毛をなびかせ、毀れ易い影を守つてゐる。また、マドリガルの紫の煙は空をくもり硝子にする。
──木の芽の破れる音がする。大きな歡喜の甘美なる果實。人の網膜を叩く步調のながれ。
──眞暗な墓石の下ですでに大地の一部となり喪失せる限りない色彩が現實と花苑を亂す時刻を知りたいのだ。
──
──不滅の深淵をころがりながら、幾度も目覺めるものに鬨聲となり、その音が私を生み、その光が私を射る。この天の饗宴を迎へるべくホテルのロビイはサフランで埋められてゐる。

 

 


『MADAME BLANCHE』第14号 昭和9年(1934年)3月

 

 

左川ちか 雲のかたち
左川ちか 白と黒
左川ちか 花咲ける大空に
左川ちか 春
左川ちか 冬の詩
左川ちか 目覚めるために
左川ちか 夢

 

 


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