西東三鬼  (モダニズム俳句)

 

・聖燭祭工人ヨセフ我が愛す

・燭寒し屍にすがる聖母の圖

・あきかぜの草よりひくく白き塔

・貝殻のみちなり黑き寡婦にあふ

・風とゆく白犬寡婦をはなれざり

・聖き夜の鐘なかぞらに魚玻璃に

・東方の聖き星凍て魚ひかる

・水枕ガバリと寒い海がある

・黑馬に映るけしきの海が鳴る

・園丁の望遠鏡の帆前船

・微熱ありきのふの猫と沖をみる

・春ゆうべあまたのびつこ跳ねゆけり

・右の眼に大河左の眼に騎兵

・白馬を少女瀆(けが)れて下りにけむ

・汽車と女ゆきて月蝕はじまりぬ

・手品師の指いきいきと地下の街

・猶太教寺院(シナゴーグ)の夕さり閑雅なる微熱

・ランチタイム禁苑の鶴天に浮き

・ジヤズの階下(した)帽子置場の少女なり

・三階へ靑きワルツをさかのぼる

・肩とがり月夜の蝶と花園に

・手の螢にほひ少年ねむる晝

・夏痩せて少年魚をのみゑがく

・熱さらず遠き花火は遠く咲け

・算術の少年しのび泣けり夏

・綠蔭に三人の老婆わらへりき

・ハルポマルクス神の糞より生れたり

・夏曉の子供よ土に馬を描き

・道化師や大いに笑ふ馬より落ち

・冬天を降(お)り來て鐵の椅子にあり

・ピアノ鳴りあなた聖なる冬木と日

・昇降機しづかに雷の夜を昇る

・紅き林檎高度千米の天に嚙む

・高原の向日葵(ひまはり)の影われらの影

・夜の湖ああ白い手に燐寸(マツチ)の火

・月夜少女小公園の木の股に

・空港なりライタア處女の手にともる

・美しき寒夜の影を別ちけり

・戀猫と語る女は憎むべし

・おそるべき君等の乳房夏來(きた)る

・中年や遠くみのれる夜の桃

・老年や月下の森に面の舞

・露人ワシコフ叫びて石榴(ざくろ)打ち落す

・黑人の掌(て)の桃色にクリスマス

・少女二人五月の濡れし森に入る

・天暑し孔雀(くじやく)が啼いてオペラめく

 


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