渡辺白泉  (モダニズム俳句)

 

・街燈は夜霧にぬれるためにある

・あまりにも石白ければ石を切る

・山蔭にゆふべ眞赤な石を切る

・象使ひ白き横目を綠蔭に

・まつさをな空地にともりたる電燈

・横濱の靑き市電にものわすれ

・めしひたるひとのまはりを歸る雁

・夏童女緬羊の顏刈る見たり

・夏童女紅き靴はき寢(い)に往きぬ

・祖父(ぢぢ)が胸赤くて閑古鳥鳴けり

・月光にふれしたまゆらくさめしぬ

・乙女子と三日(みか)逢はずければ天の川

・白き帆がひかりしりぞきゆく焚火

・臀(しり)圓き妻と斜面の芝植うる

・一本のみち遠ければきみを戀ふ

・しんかんと汝(な)が眼翳(かげ)れり鳰(にほ)の聲

・きみとゆけば眞間の繼橋ふつと照る

・われは戀ひきみは晩霞をつげわたる

・白靴を穿きかなかなに打たれゐる

・泣くことのあれば饒舌の霧一夜

・生(せい)續き雪ふる町にたちどまる

・冬の晝鳩にアポロンと呼ばれて笑む

・泣かんとし手袋を深く深くはむ

・朝曇烈しくゴオゴリをほめ默る

・遠き遠き近き近き遠き遠き車輪

・かぎりなく樹は倒るれど日はひとつ

・提燈を遠くもちゆきてもて歸る

・鷄たちにカンナは見えぬかもしれぬ

・銃後という不思議な町を丘で見た

・遠い馬僕見てないた僕も泣いた

憲兵の前で滑つてころんぢやつた

・戦争が廊下の奥に立っていた

・馬場乾き少尉の首が跳ねまはる

・吾子(あこ)うまるわれ頭(ず)を垂れて居りしかば

・朧曇の月の在處(ありど)と共にゆく

・春潮の爆裂したる白さかな

・新綠や白猫のゐる枇杷の下

・炎天やたらりたらりと石運ぶ

・秋晴れや笄町(かうがい ちやう)の暗き坂

・極月(ごくげつ)やなほも枯れゆく散紅葉

・北風の馬荒れ荒れて築地まで

・水番と士官夫人の眼が發止

・夏の海水兵ひとり紛失す

・童話めく焦土の道や雪降らでも

 

 

 

 


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