片山桃史  (モダニズム俳句)

 

・泳ぎ寄る眼に舷の迅かりき

・鋭(と)きこゝろヨツトを迅く迅く驅る

・六月の懈怠ランチは河を駛る

・雨ぬくし神をもたざるわが怠惰

・影法師動くことなし雁渡る

・雁なけり醫師の眼鏡が壁にある

・雁ないて額に月の來てゐたり

・樂器店菊咲き樂器ひやゝかに

・樂やみてまなこ開けば菊すめり

・菊すめり樂器賣りたるレヂスタア

・珈琲の香にあふ舗道秋の雨

・蹤いてくる跫音それぬ秋の雨

・蜻蛉の翅音のひゞく菊日和

・貨車あまたちらばり凍てて歳去りぬ

・芝枯れて運河は靑し朝のお茶

・さくら咲く朝のスリッパひややかに

・朝のそら碧くさくらは濡れてゐる

・春曉の雨よ口笛とほくより

・口笛が絕えず薔薇垣雨ふれり

・窗高く五月の靑き河を敷く

タイピストすきとほる手をもつ五月

・鐵を灼く火を凝視む瞳に火が棲める

・靑葡萄紅茶のみたる手の血色

・透明な紅茶輕快なるノック

・秋まぶし表情かたき少女の話

・秋まぶし頑なに黑き瞳を俯せざる

・秋まぶし十顆の爪を目に偸む

・秋まぶし紅きつめたき唇小さき

・いんいんと耳鳴りわれに時亡ぶ

・よりどころなき眸に夕べ雪ふれり

・紫雲英野をまぶしみ神を疑はず

・蝶ひかる風ふき神は寢たまへり

・蛇苺地に熟れ人の眼はにごる

・どくだみの香に惡魔醒め蝶羽うつ

・どくだみに惡魔の會話虻とべり

・シュミイズにかくれぬ肌朝すゞし

・血管のみどりの肌朝すゞし

・肩萎えてをんながとほる雨がふる

・雨がふる戀をうちあけようと思ふ

・想出の中にも白き雲とべり

・三日月がひかれば女うそをつく

・階上にピアノ髭剃り麵麭を燒く

・朝の水胃に墜ち煙草肺ふかく

・雨はよし想出の女みな横顏

・雨の夜の遠き音読秋深し

・燈眩し肉搏つおとのにぶきおと

・桐咲けり憂愁ふかく身に棲める

・身のまはり靑き濕度の手紙書く

・靑の朝暴風身ぬちにも吹けり

・夕鷗我が吐く煙河を這ふ

・夕燒けてマストの十字架(クルス)ひとおりる

・叱られて叱られてありたりし神よ

・花の上に神々を見失ふ勿れ

 

 

モダニズム俳句 目次