平畑静塔  (モダニズム俳句)

 

・花が散る村のポストへ看護婦が

・そのころの解剖(ふわけ)の畫帳曝しあり

・舟鉾の螺鈿の梶があらはれぬ

・瀧近く郵便局のありにけり

・燈籠と泳ぎ別るる荒男見ゆ

・白き霧あふれて開く朝の門

・セツト輝(て)り含嗽ぐすりの色靑き

・女優出て月光冴ゆるセツト裏

・大年の街を乙女は書を讀みつ

・新春の人立つ書肆に今日も來る

・蛾の迷ふ白き樂譜をめくりゐる

・ホテル裏花の墓場が昏れてゆく

・靑空に躁狂(マニア)の手なる凧澄めり

・道中の娼家の鏡かゞやける

・傘止の生身の汗の光るとき

・地圖賣の女(め)顴骨が灼ける寺

・死にはべる銀につめたき壺を抱き

・ホスピタル算盤はじく夜をともり

・驅黴藥少女に注すと日は蝕えし

・ギター彈く樹下狂人に日は蝕えし

・蜜柑咲き海峽音を聞けり寡婦

・七夕のほろびたる朝移民發つ

・絕巓へケーブル賭博者を乗せたり

・鳩の足路上に赤し泥激(たぎ)ち

・ホール裏密林帶に秋が來る

終電車手に靑栗の君を歸し

・蟬擲てば狂人守の夜が疲れ

・冬園に尼となる身の犇と立てり

・聖女體煙のごとし訣れ去る

・冬天よ田村秋子は亡ぶるな

・病院船牧牛のごとき笛を鳴らし

・病院船海豚に花は棄てられる

・病院船晩餐の僧いや哄ふ

・難民の踊る假面の眼を感ず

・難民と神父とのみに居らしめよ

・ガスマスクやけに眞赤な雲だけだ

・混血のソロ低くせり除夜の家

・力士默々と撲(う)ち去りぬ開港の夜へ

・聖誕日旅人三鬼の髯伸びし

 

 

 

 

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