神生彩史  (モダニズム俳句)

 

・新涼の玻璃に描ける白き裸女

・蟲の音をビルの巷にうたがはず

・月の潮白きランチが截りゆけり

・暖房や大き裸婦の圖を壁に

・をさならに白きページに靑あらし

・重工業白き月光をけぶらする

・白き船月の海ゆき居ずなりぬ

・詩書さぶく經濟の書と肩を組めり

・秋ふかき螺旋階段ひとりのぼる

・秋ひらくをみなのかひなよりしろく

・秋ひらく果實のかほりつちにふり

・あんなに碧い空でねそべつてる雲

・月光は魂なき魚をあをくせり

・貝のゆめわだなかあやにけむる夢

・さくらさくら日本の婢廚を出づ

・靜物の畫の翳あをし秋ふかく

・炎天の赤き花視て胃を病めり

・朝しろくミルクは果肉よりつめたし

・種子を掌にしづもりふかきわがいのち

・深海の魚のしづけさにかよふ雨

・蝶凍てゝ老ひの移民にとらへらる

・街は春地下鐵は地下をのみ行けり

・人間のいのちしづかに機にかよふ   (神風号に寄す)

・風となり機翼をうすくうすくせり      (神風号に寄す)

・とある樹に卵がかへりゐるおぼろ

・夏ふかしをんないつはりをつゝみ了へぬ

・くだものらはだへつめたし夜の薄暑

・くちびるのいつてんのあかをむすびけり

・雷とほしをさなごゼリーよりやはらか

・秋の晝ぼろんぼろんと艀ども

・秋の夜のひとづまたくみなるタンゴ

・枯園に温室あをあをと娶らざる

・冬の雨錨は海の底にある

・病院船白雲とならびしづかなる

・うなはらにしろき指くみいのちとぢぬ

・隕石にひびく聲ありいのちとぢぬ

・星ひとつ北にともりて凍てにけり

・元日の肩ほそくしてわが妹なり

・冬紅葉閨秀畵家のひとりの旅

・ルンペンに鶴かうかうと凍てにけり

扁桃腺腫れて無月をもどりけり

・產院に脱ぎし男の靴瀟洒

・くるぶしのしづけさ人を戀ひわたり

・はなやかに泳ぎつかれてひとづまなる

・夕燒けのガラスの中で眼をあらふ

・短日の化粧室(トワレ)に素顏素顏とあふ

・春ひらくひとごゑおつるみづぐもり

・春ひらくひとのたいおんはなびらに

・花ぐもりおのがつめたき手を愛せり

・夏曉なりホテル呆けし燈をひとつ

・電文のかくもみぢかき訃にあひたり

秋天の微塵ふりきて蟲となる

・信仰は暖房に神は凍天に

・胃に充つるものやはらかき夜霧かな

・花屋閑雅に英字新聞とどきたり

・炎天下わがうつそみの影靑き

・月も星も雲の上に在り大暑かな

・秋の晝をんなの眞顏釘を打つ

・たそがれのゑくぼ消えゆき雨ふれり

・春の月母がはらはらと笑へりき

・木犀の闇うつくしきゆあみかな

・病院に花々燒かれ春深き

・南京市場に素脚かがやきあふ晩夏

・香水の香のあをあをと墓地暮れぬ

・銀河ながれ砲彈みがく女の手

・滿月のちぶさ錨をぬらしたり

祇王寺の縞あざやかな秋の蚊よ

・孤獨の手竹の夕日に振りたわめ

・正月の映畵は母の肩より見ゆ

・春晝の眉墨紅棒ごうまんたる

・ビール樽ごろんごろんと夏夕べ

・冬ぬくし鶴にあをぞらゆるみつゝ

・鶴の背に冬かげらふきてゆるゝ 

冬日影むらさきふかく鶴澄めり

・月蒼く脚が地雷を踏みにゆく

・寒牡丹妹に書くことなくなりぬ

 

 

 


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