「存在」に就いて  古賀春江  (詩ランダム)

 

「存在」に就いて

          古賀春江

うるんだ眼から指が動いて
靑い水の滴りを掬ひあげる
深い重みが遠い所からやつて來る
微笑(ほゝえ)みながら頁をめくると
掌の上にある桃色の鳩の羽が
落ちぼけた顏をなめるやうに
昔噺の本を案内する


切斷の整理はしかしどんなに努力しても
甘いア・プリオリは猾(ずる)いよ
背廣の背中を柔らかな手で撫でられて
街頭で股は高く切れあがつた
清々しい靴音で若夏花の匂ひを立て
兎に角姿勢は先づ上々
蒼穹の紫の影もまた傳説の鏡か
古い體溫の穴を開けて
深夜の夢を組んでゆく


地球の雜音が時間に映つて
頭の毛を後から引つぱる
美しいものは何所にもある
窓は平面
雨脚をうんと突つ張つて
匂ひの眞實を嬉しがる
美しい椅子に美しい少女の貌
花瓶の葩が窓からの風に散る
少女の指が一寸動くと
空の星の一つが飛ぶ


「存在」は純粹である。

 

 

 

『美術新論』(美術新論社 1933年4月)

 

 


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