横山房子  (モダニズム俳句)

 

・南風の港の晝に今日も來(き)ぬ

・アシカ棲む水にすだまは夜は戱(たはむ)る

・原稿の出ぬ日の貌が壁を凝視(み)る

・遊歩場朝(あした)のバラに人在(あ)らず

日時計の埃に高く陽がゆける

・戰傷者のバス過ぎ鋪道よみがえる

・昏れ早き一日の果を米濯ぐ

・濯ぎゐる米の白さに闇まとふ

・北風(きた)すさぶ海獸にゐて咆ゆる

・北風すさぶ汽笛も航(ゆ)かぬ刻更けて

・キー打てば活字の唄の胸に充ち

・決別のことばタイプの邊にみじかし

・蝶墜ちぬあしたタイプの機油匂ひ

・凍蝶(いててふ)の眼を怖(お)ぢタイプライター打つ

・春潮に抛(なげう)つ小石の描ける線

・あらせいとう汽車の音波きて顫ふ

・新綠の炭坑(やま)に炭車と人黑く

・文殻を焚くと汀の闇に下りぬ

・文殻の炎に海の闇ゆらぐ

・照空燈めぐる沖向き髪を乾す

・鷗まひ窓の海港をはるけくす

・雛まつる玻璃海港の雲を浮かべ

・海峽の夜潮に煙草すへる女

・驛昏れてホテルのグリル靑く灯る

・ランチタイム學童歸る白き橋

・兵ゆきてばら垣の雨しげくなりぬ

・雪の夜の黑き蛾を怖(お)ぢ浴槽に

・霜深き朝出勤のうすき化粧

・重き封書手に梅雨をくゞりゆく

・梅雨夜更け封書の墜ちし音ポストに

・輕氣球黑き魚のごと夏空に

・光失せし氣球は天の鍵穴か

・輕氣球たゞよひ夏天の深き弧よ

・虹きえぬ黄昏の空街にのこり

・愁ある夜はひとえ帶黑き衣(い)に

・汗ばみし帶とけば窓に星ながる

・デツキの灯しろく月光海にあふれ

・月光のデツキに二人の刻ながれ

・燈管のケビンの外をゆく独逸語

・食卓に陸(くが)の花愛(め)づ船の朝

・競馬みるねむたき瞳(ひとみ)にしむ葉巻

・競馬果て枯れし芝踏み人を待てり

・海峽の空の冬雲しろがねに

・ひる月をさむきデツキの子等に指す

 

 

 

 

 

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