松本良三『飛行毛氈』Ⅰ (モダニズム短歌)

松本良三『飛行毛氈』
栗田書店〈日本歌人叢書 第一篇〉 1935(昭10年)


良三没後に刊行された歌集で、編集およびタイトルは旧制中学以来の友人石川信雄(歌集『シネマ』)によるもの。タイトルは良三の中近東好きに因んだもののよう。飛行毛氈とは空飛ぶ絨毯のことですが、歌の内容は千一夜物語の中近東というより、メソポタミア文明のそれという印象。



・壁掛の動物たちが生きてゐた遠いしあはせはもうかへり来ぬ

・ ケルビムの唄が聞える昼頃は花花の咲きて園もふくるる

・小鳥らや魚や獸らのかかれある石など掘りにわれもゆかうか

・こまやかに心をぬらすルウシイの歌も聞こうと秋を待ったが 

・疲(くた)びれし驢馬とジヤンムはお互いのやさしい心をくれあひしなり  (ジヤンム=フランシス・ジャム)

・珈琲にどんな苦味(にがみ)も與へない話はいかに退屈ならむ 
    
・花園のなかにゐる白い胸像の春はまはりからこきざみに來る 

・オエロオパの白い汽船が着く日よりやや憂欝なわが春となり (オエロオパ=ヨーロッパ)

・小鳥らや魚や獸らのかかれある石など掘りにわれもゆかうか 
  
・十日程ひしがれはてた魂はまたいくぢなくわが身をまもる 

・谿底の亡骸(なきがら)を啄(た)べし鳥たちのとまりゐたこれは樹木か知れぬ
 
・今朝買ひしメソポタミアの地圖なくし夜更けの街にわれ迷ひゐる

・閉ざされた白い扉に小鳥らが小鳥らの聲(こえ)でささやきかける 

・夜となる園に凋るる花花の匂ひに街もいつかつつまれ 

・じつとしてはゐられぬままに歩みゆく足跡に春の花花が咲き 

・わがちちはかのパミイルの山ちかきセリカの村へ旅つづけゆき 

・やさしさだ眞心(まごころ)だといつてゐられないチエツチエ蠅らに鞭ふり廻す

・小鳥らか花花か接吻(きす)か花園かひつそりと春の野のものがたり 

・宵空の波止場にのぼるうすあをい月が蛇らをよこしまにせり 

・夜の森にひとつの炎(ほのほ)とばしつつ昔の母の花環をさがす 

・碧空(あをぞら)をやどしゐる水の底に住む貝の生活もまたやるせなく



松本良三『飛行毛氈』Ⅱ
松本良三『飛行毛氈』Ⅲ


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