石川信雄『シネマ』Ⅰ (モダニズム短歌)

・春庭(はるには)は白や黄の花のまつさかりわが家(いへ)はもはやうしろに見えぬ 

・白鳥の子をかばふため家鴨等に棒ふりあげるこどもでありき 

白薔薇(しろばら)のをとめとわれはあを空にきえ去る苑(その)の徑(みち)の上なり 

・すみれさへ摘(つ)まうとしなかつたきよらかなかの友よここに死にのたれゐる

・われの眼のうしろに燃ゆるあをい火よ誰知るものもなく明日(あす)となる

・駱駝等のむれからとほく砂原によるの天使らと輪踊りをする    

・山の手の循環線を春のころわれもいちどは乗りまはし見き 

・スウイイト・ピイの頰をした少女(をとめ)のそばに乗り春の電車は空はしらせる  

・壁にかけた鏡にうつるわが室(へや)に六年ほどは見とれてすぎぬ 

・窓のそとに木や空や屋根のほんとうにあることがふと恐ろしくなる

・われつひに惡魔となつてケルビムの少女も海にかどはかし去る 

・羊等のなめ合つてゐる森のなか狼のやうにはしりぬけ來る 

・オレンヂやアツプル・パイを食べさせるかの苦しみよここに見おくる 

・奈落へとわれの落ちゆくを手つだひしかの人よ今も地獄にすめる

・地下道にあふれる花等はればれとながれゆく先のみな見えてあれ 

・今日われはまはだかで電車にのりてゐき誰知るものもなく降(お)りて來ぬ 

・ポオリイのはじめてのてがみは夏のころ今日はあついわと書き出されあり

・何もののわれそそのかす赤の黄の花火をひるも夜(よ)もうちあげる

・すなほなる羊等のいたくほめられゐる野の上の空にはげ鷹(たか)のとぶ 

・わが肩によぢのぼつては踊(をど)りゐたミツキイ猿(さる)を沼に投げ込む

・剥製(はくせい)のカナリヤを鳴かせきき入れるシネマの女(をんな)ふと思ひだす
 
・すつぱりとわれの頭(かしら)を斬りおとすギヨテインの下(もと)でからからと笑ふ
  

石川信雄『シネマ』Ⅱ



参考文献
岩崎芳秋『石川信夫研究』(短歌新聞社 2004)
忍足ユミ『天にあこがる 石川信雄の生涯と文学』(2017)
押切寛子『石川信夫の中国詠 : 歌集『太白光』の「江南春」抄を読む』(鶫書房 2019)
塚本邦雄『殘花遺珠─知られざる名作』(邑書林 1995)
石川信雄『シネマ―短歌集 (日本歌人叢書) 』(ながらみ書房 2013 復刻版)
石川輝子・鈴木ひとみ編『石川信雄著作集』(青磁社 2017)


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