美木行雄 Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

 ・セロリーの齒(は)の泌む別離(わかれ)といへば、いつまで儚(はかな)い、白い鷗の窓かしら。

 

 ・歐州メールV汽船は、もう十日地圖(とうかちづ)のうへで、税關(ぜいくわん)の旗、夕(ゆうべ)の雲など・・・・・・また自殺だと騒いでゐる。

 

・スーヴニール、スーヴニールと港(みなと)の船のいふやうで 鰈(かれひ)ら砂(すな)に 雜魚(ざこ)ら藻に〈世(よ)は太平(たいへい)の如(ごと)くに候〉

 

・海を消えた黒い船──海に浮かぶ白い船。あれから半世紀 實にさまざまの自殺があつた 

 

 ・高邁(こうまい)な精神(せいしん)があへなく散る サクラの花は浄土(じやうど)のうへ しかも魚(さかな)は白い眼

 

 ・外人(ぐわいじん)の生毛(うぶげ)に光(ひか)る日本(にほん)の風(かぜ) 雀(すずめ)を狙(ねら)ふ空氣銃 ブリテン號の銅鑼(ドラ)がなる

 

 ・胃(ゐ)では魚が嚼(こな)れてゐる 映畫(えいぐわ)をみて街(まち)を歩(ある)きながら頻(しきり)に貯金帳(ちよきんちよう)が氣になりだす

 

 ・水くぐるペンギン鳥(てう)は喜び居(を)るに〈働かうにも仕事がない〉と無産派議員はいふのであつた

 

 ・女は意味の解(と)けぬ電文(でんぶん)だつた。河童(かつぱ)の顔に冷めたい雨(あめ)があたる       (河童=フラッパー・ガール)

 

 ・妬心(としん)もえて 白い死灰(しかい)の雲となるまで 三萬三千三百三十三日 尼さんの踵(あし)の穢(きたな)いこと

 

 ・まして男よ 霜夜(しもよ)は骨にしむとも 木(き)と冴(さ)えて 泣くでない

 

 ・埠頭(ふとう)まで落葉(おちば)をちらし 落葉無殘。泣かない顔が小鳥を射(う)つ 

 

 ・時計臺が鋪道(ほどう)へ銀行の窓へ翳を屈折(を)る 毒殺魔(どくさつま)の寫真は刑事の手に落ちた 氣象臺あたり鳩(はと)の群(むれ)

 

・時計臺の白い文字盤を鳩が過(す)ぎる。サラリーマンが郊外の雪路を降(お)りてゐる

 

・高層建築の鐵筋に貼(は)りつく 碧(あを)い 廣重の空 爪(つめ)ほどのひるの月 かかる (廣重上・・)

 

 ・空に描かれる鐵筋はNYXZと讀まれる 腦膜の 黒い線條を疑はず 街の 橋をわたる

 

・夜は、街のねおんと戀する男女をうつす隅田川の底に くろう重ねて 木の影しづむ        (ねおん上・・・) 

 

・かあてんに 白い月のささら波 あがるとき、肺くろき處女(をとめ)の息絶(いきた)える 

 

・新聞社の屋上(をくじよう)に舞ひおりる鳩ら 旗行列をする街の透視圖 その鳥國のしろい道 水平線に消える          

 

・神學校のサクラをちらす日本の雀たち 外人とパイプ 海港(みなと)の上の白い雲

 

・時計臺の白い雲 白い柩を石でうつ。うなだれてゐるから 骨透くほどにさみしふなる

 

・うぐいす啼いて 朝あける あらはれて消える雲ら 蟻は眼をあげて日和を観測(み)る

 

・ダンサーは手鏡(ハンドグラス)を窺いてゐた 地下室では 革命家がせつせと ぴすとるを磨いてゐた 

 

・馬占山 高粱の野に虫と潜み 地球の重心傾いてゐる

 

 

美木行雄 Ⅱ

                      

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