明石海人『白描』  (モダニズム短歌)

・大空の蒼ひとしきり澄みまさりわれは愚かしき異變をおもふ 

・蒼空の澄みきはまれる晝日なか光れ光れと玻璃戸をみがく

・蒼空のこんなにあをい倖をみんな跣足で跳びだせ跳びだせ

・掻き剥がしかきはがすなるわが空のつひにひるまぬ蒼を悲しむ

・涯もなき靑空をおほふはてもなき闇がりを彫(ゑ)りて星々の棲む 

・ひとしきり物音絶ゆる簷(のき)をめぐり向日葵を驕らす空の黝(くろず)む  

・ひたぶるに若き果肉をかがやかす赤茄子畠にやすらひがたし 

・飛びこめば靑き斜面は消え失せてま下にひろがる屋根のなき街 

・圓心の一點しろく盲(めし)ひつつ狂はむとするいのちたもてり 

無花果(いちじく)の饐(す)えて落ちたる夕まぐれかのときを我なにと言ひけむ 

・まのあたり向ひの坂を這ひあがる日あしの赤さのがれられはせぬ 

・かたくなに忿りを孕むけだものの赤みだつ眼を刎ねかへしをり   

・晝も夜も慧(さか)しくひらく耳の孔ふたつ完き不運にゐるも 

・身がはりの石くれ一つ投げおとし眞晝のうつつきりぎしを離る 

・いつの世のねむりにかよふたまゆらまひるしづかに雷雲崩る 

・あらぬ世に生れあはせて今日をみる砌(みぎり)の石は雨にそぼてり

・天國も地獄も見えぬ日のひかり顱頂をぬらして水よりも蒼し 

・われの眼のつひに見るなき世はありて晝のもなかを白萩の散る

・かぎりなき命と聞けばあなかしこ靈魂てふに化けむはいつぞ 

・失せし眼にひらく夜明の夢を刷き千草の文(あや)を雨あしの往く 

・シルレア紀の地層は杳(とほ)きそのかみを海の蠍(さそり)の我も棲みけむ 

コロンブスがアメリカを見たのはこんな日か掌をうつ蒼い太陽  

・引力にゆがむ光の理論など眞赤なうそなる地の上に住めり

・この空にいかなる太陽のかがやかばわが眼にひらく花々ならむ 

・不運にも置去られつつ眼のたまに鍼(はり)などたてて明し暮すか 

・かたつむりあとを絶ちたり篁の午前十時のひかりは縞に 

・わが指の頂にきて金花蟲(たまむし)のけはひはやがて羽根ひらきたり 

・昨夜の雨の土のゆるみを萌えいでて犯すなき靑芽の貪婪は光る 

・心音のしましおこたる日のまひるうつつに花は散りまがひつつ 

・みなそこに小魚は疾し全身の棘ことごとく拔け去る暫し

・水底(みなそこ)に木洩れ日とほるしづけさを何の邪心かとめどもあらぬ 

・まのあたり山蚕(やまこ)の腹を透かしつつあるひは古き謀叛(むほん)をおもふ 

 

 

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