草飼稔 Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

・虹のきものの女の子
  きみはみ空のお人魚
  散つて消(しま)つた うろこ雲

・しやぼん玉
  しやぼん玉の偽のない色は
  稚(ちい)さな音で そのやうに消えた。

・びい玉 びい玉 
 稚い夢のきれぎれを
 さまざまな色の 絹絲にむすんだ。

・おもひ出は ゆめと うつゝの
 格子縞のつゝ袖を着(つ)け
 わたしを取巻く

・きみの掌(て)に 掌(わたし)をくんで
 掌(て)すぢの鳥籠をつくつてた
 ふたりは小鳥

・繪封筒
 あなたの頬を ぬけてきた
 泪のにほい 薬のにほい

・にほいのない花 散らぬ花
 あなたの頬は
 造花(かみ)の薔薇

・掌(て)の水溜
 魚の目ばかり 流れの雲うつした

・頁のない本の中に
 誰れも讀めない文字になってゐる
 わたし

・この徑は どこまで歩つても
 鵞鳥の聲がゆく先にゐて
 常に顔を歪めてゐる

・雲の背中の 何がわたしを招(よ)ぶのか ふり仰ぐ前額は 動かぬ雲の色をしてゐる

・白い葩のやうに 掌(てのひら)をくむ あなたは わたしの温室(へや)で 咲いたかのやうに

・わたしの胸が あまり狭すぎて
 小鳥よ
 おまへはすつかり 羽を傷(いた)めた

・カタカナのやうに 稚(ちい)さな指は
 純(ただ)しく編(く)まれてゐた
 わたしの少年

・暗い言葉のかたちを 今日も 血色の呼吸が流て 哀れにも私の體操が始まる

・私(ひとり) わたしばかりでない 空しい教科の中に 歩(あきらめ)を移してゐる 背中の家族

・ペンを持つ手が 鶏になつて 終日 空しい嘆聲をあげ わたしの痣を喙む

・何もみえない 聞こえない のに わたしの影にゆれてゐる樹々の梢

・梢の上に わたしの筆がある
 青空の
 ひと色に染まりながら

・樹々の梢の上を わたしの爪先が歩いてゐる。しきりに神々の前額を蹴つて。

・本箱のなかで 私の衣装が骨牌のやうに竝んでゐる すつかり私の皮膚の装釘で。

・二十年 年輪の中に 咽喉をひそめ 空雷をひそめ わたしは一本の枯れ木であつた。

・書物の上の毀れた空 〈道〉は氷河となつて 肉體の空地へ流れてくる。

・目にみえぬ圖書館の重さであるか。わたしの歩を妨げる肉體の中の書物。

・何處へつゞくともわからぬ雲の上から、わたしはつねに、血を咯く小鳥の羽搏きを開いてゐる。

・旗を振り ふり 敗北の わたしの相(かたち)へ さつと白い線を
引き去つて 冬

・風のまゝ わたしは白い旗となつて 空(そら)へ すべてを まかせた

・擧げてしまつた 白い掌(てのひら) 身をまかせた 空へ 旗のかたちは ω(オメガ)

・掌(て)を振れば 掌(て)をふれば あゝ 靑空のひみつに ひつかゝる

・雨にぬれて たつた私(ひとり)の足下を失くして わたしの肩を 辷り墜ちた

・花を真似 ひとしく 神の足下にわたしらはゐた

・指先は 梢となつて 夕空はひくゝ 血にまみれ 雲を刺す

・唖(あ) 唖(あ) 唖(あ) きこえぬ聲で 鴉が一羽 ひつかゝつてゐる わたしの咽喉

 

草飼稔 Ⅱ

 

参考文献

清藤碌郎『異端と自由ー17人の詩人たち 』( 北方新社 2000 )
清藤碌郎『ふるさとの詩と詩人 』青森県の文化シリーズ〈22〉( 北方新社 1984)
芸術と自由社編『新短歌作家論』(多摩書房 1969 )
詩誌『朔』139号「草飼稔追悼号」 ( 朔社 1999/02 )

 

 


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 草飼稔氏の御子息のサイト

 http://www.dhk.janis.or.jp/~angel-35/minoru01.html

 

 

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