廣江ミチ子 Ⅱ  (モダニズム短歌)

 

・暗いカイエ なめらかに海をわたり 帆船はかたりと 落下した

・逆説のものがたりを寫本して夕ぐれとなるたゝまれて行く皿にともすれば明滅した

・侵蝕して人々はとほつてゐた 地圖に「あれは弗化水素といふものです

高山植物はめがねをかけた 明るいきりのはれま そこから展開した海であつた

・花類に 折れまがつた羊齒がつめたいはかりを吊るしてゐる

・圓錘のさびしい果てに手をふつて影の粉をあゆむ

・手風琴よ こまかな耳のふるへる理髪屋の どこを走つてゐるのかしら

・河岸に二厘のはりがねを落とし 貝がらに一ぱいのペガサスを書けば

・そのうちにとほのいてゆく虛白のひろがりに少女ははつとして耳をすます 〈メソオド〉

・少年は少女をとらへる 部屋はしづかにあるきませう タイトル

・郵便切手がふるへて そして はなれた と コツプの破れる音

・らせんの本をひらく R(アール)と云つてごらんといつて吊ランプをかたむける

・こよひは恢復期にむかふので スイスのやうに漉したてのまつげをふれあはす

・ひのくれのまどをあける あみの目のルーペをよこぎつてゆく足どりは石油のにほひがする

・そのようにポーズして發光する貝肉の さびしいかげりを本にしてゐた

・はなやかに手をにぎれば かたへに秋の日の芯があり 茶色はむかしのゆめをいたましめる

・脊にしみる文字はいたくてKと書く 交番のまがり角に贋のオペラを仕かけする

・ひびいつた街路の ほそいがらすのかけらをひろつては あたらうともしないことばをなげ合ふ

・はてしなく圓周のさびしい日は 近日うちにとしるして 君は情熱の觸手をかたよせる

・夜つぴて 倹約なシヤボンはソオダで一杯だ 廣告について搖すりながら可憐に挨拶した

・感觸はやはらかく臨時列車をいそがせる 思惟のかたちに本を抱へてはなやかに階を下りる

・城などを編みこむと やさしいしぐさで おしづかにおしづかに薔薇夫人が浴みする

・多數の車がくもでに走りながら ふるへる磁しやくをゑがいて海にしみとほる

・モノクロオム・チント
ひよわな肋骨にしのばせた鳩かごに海のふくれる銀板があつた

・姉たちのひかげの弱さ
手をひろげれば空しい微塵のいつぱいみちた濕原のつらなりにそれらのすぎてゆく私をみた

・點々としたたりをつけて 花の下によける人よ ある時それも 白い機械であつたりした

・製圖師の 羅列はくづれ伏す 然しヰオリンの音などは最後のものとしてのこされた

・生理的にも 君は夜のにほひとなる 彷彿と眼をあけてかぶりをふらないのだ

・花の譜はくびをほそめ 灣の入りがたに何故か一ぴきの蛾となつて流れて來た

・透明を缺くためにはつきりと探り得た抑止といふ高度

・十二歳 窓をゆすつてミモザを嗅いだ もはやそのために目の前に小さな灰が降る

・部落にはわたしが住んだ 會ひ 別れ わたしはひとりすんで方角をしらなかつた

・降りやんだ雪 だけどいやだ 私は雨の音をつたつて結晶のやうに見えた

・日まし雜閙を追うて石灰をぬすまう 海にはミシンが浮んだ

・その時まで 私は犬を呼ぶ おとなへばひとりかがんでことばをさがしては暗くなつた

・彼らは海をみた いく條もベルがとほく成り彼らは負傷してなほつてゐなかつた

・風が強い そのやうな日であれば ゆつくりと坂をこして彼らは㡌を振る

・おなじき日まぶたをとざし、層一層てのひらを縫うたのは乗馬のかげであるというてもみた

・海よ 丁ねいに胸をひらいて待つた 町なみの町なみのあたりは白い顔して眼が疲れてゐた

・ふと予覚まなざしを軋ませた 冬の消燈の環のやうな遠さだつた

・でもあの静かな花のある町 月のくまの寒いのかしら ボデイ 屋根裏のレエスとしても

・霧が動いた 馬車は燃え 駅の売店の少ししやがんだ声をつかむのだ

・とはいへ彼は斜面をゆく 日毎に臥床する足弱の蝶よ セリーズ 流れる谷間にも見た

・息をして下さい 微風がよろぼひ出る わが足音のとほく吹きこむ咳のなかに

・百合かなしむおももちのしてブランコはとまり若い雲だけが海岸をとほる

・二つの金網にかくれてゆくまひるの所業といふこと かなはねば我が偏差に激しい水沫のにほひ

・青年は地図の痕跡を見つけてゐた 捕捉しがたいもののやうにベルが踏まれてあつた

・さあれ又本を取り上げる 云ひふるされた海岸のベツドに比して皺の多い手よ

・心の中の騒々しき日にかへる シニカルなものの音のみ海のバルコンの蔓はゆれ

 

廣江ミチ子 Ⅰ


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