草飼稔 Ⅱ  (モダニズム短歌)

 


・氷の下に空の映りだすのはいつだらう、川はどちらへも流れてゐない

・空にも雪が降つてゐて つひ 食卓に後姿でのこされ隣の人のナイフを握る

・どこからくる切なさであらう、松の花ほどの姿勢で ひたすら剃刀をみせてゐた

・もはや日數はうごかない、林のつきる空に たそがれの瀧がおちてゐた

・歌ひのこした空に 傷つきやすい言葉をおとして 少年は波のやうに花の身振をくりかへす

・そこにも雪崩があつた、昔の肩をさぐりながら 鋭い刃の 流れをつかむ

・いたましく 睡りからさめてゐた、わたしも毀れやすい空をシイツにしてゐた

・本をひろげる もう雪は降りませぬ シヨベルの音が冴え 斷崖だけが見えてくる

・十年──すでに松の花に歩を移した、川を身につけて劇しい波頭に近づいてゐた

・身を託す情(こころ)はない、五厘の凧をあげて空を圖り 風のとりまくところへ 灯をともす

・プログラムのやうに果無かつた、さむい挨拶をくりかへし けふも盃をさしのべたまゝだ

・さぐりあふ空は花に似た、明るく雲が來て坐り 蝶のやうないでたちをする

・汲めどもつきぬ空があり、ものさびた樹の枝々笛を鳴らして いきづいてゐる

・狙はれてゐる瞳をした、砂の行方を看まもつて 明るく 背部の海へ歩いてゆく

・どこかで噴水の音がする 門だけが殘つてゐる石の上で よろめきながら 胸をさがす

・とほくでベルが鳴り 寒い時が經つ また 川のやうに切ない手紙を書く

・霧に話しかけてゐる、波が來て消す沙の上で 耳鳴りのほどの わびしさであつた

・あてどなく空に戯むれる、噴水のやうに 咳きこみながら 私からすべてを奪ふ姿勢で

・たれが私を呼んだのか、みあぐれば明るい瀧がおちて この若い気構へが 空にのぼつてゆく

・ランプに類した集り、何と象徴的な夜であらう、荒地からは合唱がきこえてくる

・手袋を忘れてきた、いたるところで劍の音がする。硝子のやうに笑つてみせる。

・越えるものがない 地平線はいくつも國旗をかくしてゐる。鶯はもう鳴かない。

・肩をはづすと 白鳥がとび去る 寢臺に散る李の花にも 火藥の匂ひがのこる。

・空が無い。逞しい左手だけが 靑い苹果(りんご)を握つたまま 花のやうに走つてゆく。

・新聞紙の上に 雪が降りしきる。何かを待たねばならないやうに 照準をする。

・氷の下で眠りからさめる。いくつものカメラを向けられ 絶望から立ちあがらない。

・人々はめいめいの河を武器に移した。若い計畫は 慌しく生涯を追うのであつた。

・靑年らは砂漠をひきづつてゐた。明方の食事にはユマニストにラツパ吹かせた。

・黄昏はどこであらう。また新らしい山脈がみえて フライパンの底に雪がのこる。

・國境は霧のなかにあつた。昨日のコンミユニケは寂しく 傷痕は花のやうにゆれてゐた。

タンポポの下で歌つた。すべての機械にとりまかれて 日本の石たちも搖れてゐた。

・花粉が頰に吹きすぎる、海と肩をならべながら はかない武器の位置をなほした。

・體操をぬけ出るために 虚しく海をうつす義眼も ときには國旗のやうに輝きだす。

・睡つてゐる間に 多くの庭をすぎて 空にすてられた花束のやうに 切ない沐浴をした。

・歌ひながら すべてが空へおちてゆく、女は野茨の藪で 汚れた羽をかくした。

・だれも歸らない徑で あてどなくめざめてゐて、噴水のある明方であつたね。

・約束はをはつたね。だれの夢がさめたのか、どの空も地球儀のやうに侘しいね。

・あさい夢であつた 古い本のきざはしで、物語りのなかばで 寒い河が流れはじめた。

・五線紙の上に霜が降りてゐた。石のやうに侘しいピアノ、指のありかをさがしてゐる。

 

 

 

草飼稔 Ⅰ


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