太田靜子  (モダニズム短歌)

 

 

モダニズム短歌補遺ともいうべき歌群。
太宰治『斜陽』の原作者太田靜子が、戦前短歌におけるモダニズム表現の集積地だった新短歌でどんな歌を詠んでいたかということで、ここに挙げておきます。


・天使のダンテルがふるへ 悶えが續き、繪皿の夢に眠りたかつた

・愛の移ろひ、聖き血のいえぬ迷ひで 菩提樹の風を待ち侘びる

・告別の踊のころ森はざわめいた わびしき悶えに消えのこる光だつた

・愁はうつとりと キラキラする星を歌ふ 婚禮に囚はれて 眠りの精が消えてゐる

・あのやうな光にも 燃えたつたミルテの夢、いま星に冴えて思い出はやさしい

・天使は消えて菫がうごめく 地上に嘆きはすべての夢に秘めてあつた

・歎きにうつる俤(おもかげ)もなく菫をつんだ 遠いしあはせに眠りたかつた

・天にちらばる貝殻星 今晩は(ボンニユイ) 綠色リボンの侘しいことを知つてゐる?

・噴水の光芒に 游いでゐるやさしい夜曲、不幸なベーゼの悲しみよ消えよ

・消えかかる虹のしあはせ しあはせ 私のリボンは黄色になつてゐる

・假睡(ねむ)る貝殻の古い夢はやさしい ごらん愛する者が 星のやうに小さく見える

・おもひ泛(うか)んでは吹かれる明け方 靑しみて わが生誕の遙かな愁ひよ

・白百合の移ろうところ 明け方よ 樹々はローソクを消してまはる

・星まばたけば 野ばらの夢しなだれかかる わが歌よ湖をさまよひ行け

・樹液の流れに 上衣が失はれはじめた いま動けば 美しい攪亂がくる

・匂ひと色に埋れて 假眠(ねむ)る あれは風かしら《私が可愛いい》

・羊齒の下でレエスをあんだ 波がきこえるあれは蝸牛を呼ぶのだらう

ローソクの明りを 湖に投げる 祝婚歌も南の風を待つてゐる

・タンブール喪(うし)なひ 菩提樹によりそふ 眉の上に さらに 靑い湖が見える

・ヴエヌスの肌に こぼるる月光(つき) さびしい虫のゐると思ふか

・首失へるヴエヌス 風と虫 たのしい舟のたつころよ

・素足でふめば 水滲みて來て 虫の生れる草の中

・潮流の靑い匂ひ 戸が動き 碎けるものがあらはに見える

・水色の空に染まり おいしい泉よ ぬらしてゐる白襦子の肌

・あでやかな女達 眼(まなこ)ひらき 呼び合ふ 墓は沈んでうめいてゐたが

・横たはる石より 薔薇色のけむり立ち 影とものうさの身はくずるる

・踊子は古ながらのあでやかさ 運ばれてきて 私はこんなに靜かな様子

・墓地の靑い影繪の下 笑つて通れば あなたよ紅薔薇が咲いてゐる

・はだしの足で 海へ下りる 俯向いた天鵞絨姿 枯草の絶間なき接吻の後

・波頭 ヴエヌスの妹 貝の桃色ただ西風の吹くばかりに

・ここらこのあたり 黒い月 落葉はすれど 來るあてのあるあで姿

・夜鶯やさしげに 黒い月のうつけきに あだ姿と身にしみる

・つめたい霧に 落ちてゐる柊の花 影繪となつて搖れる胸にも

・ペパーミントは細めになり 喘ぐ息よ 追ひながら逃げねばならず

・霧にぬれ やすやすとくず折るる ペパーミントをのませて貰ふ

・靄に立てば 頰にかかるあなたの手よ 濡れて來たと思ふばかり

 

13番目「白百合の移ろうところ」と16番目「匂ひと色に埋れて」の歌を修正しました。私のうっかりで書き間違えていたようです。

終わりから3番目の「ペパーミントは細めになり」の歌を追加しました。上記の歌は下記の書籍から採ったものですが、近いうちに太田靜子の第一歌集『衣裳の冬』を確認して、出来れば歌数を増やしたと思っています。

 

『新短歌:年刊歌集1937年』『新短歌:年刊歌集1938年』から。
モダニズム短歌 目次

 

 

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