美木行雄 Ⅱ (モダニズム短歌)

  

・斷髪が
 日にぱつと搖れ、
 びるでんぐの角を
  踵で廻る
 洋裝の女。

 

・街はづれの
  暗い坂の上で、
 へつどらいと
 ぢーつと廻り、
 ─女(ひと)を乘してゐる。

 

・ぱつと、
 燭光をうけてあげる
 横顔の、
 鼻筋はきんととほり、
 輝く眼のいろ。(Miss Junea)

 

・しようういんどの
 友禪模様の
 明るさ。
 しばらくは、立つて、
 感覺を洗つてゐた。

 

・眼をつむれば、
 搖れる きんぽうげの花。
 幻覺の
 湧くがままに、
 自己を 放任(まか)してゐた。

 

・眼をつむれば、
 きんぽうげ、
 たんぽぽの花、明るく
 日にほほけてゐる
  幻想である。

 

・足、足、足
 赤いふえるとの足 二つ靜止(とま)り、
 古帽子の中へ、
 錢が落ちる。

 

・風、風、風の音、
  雀ちちと鳴き、
 冬の日向の
  かあてんを横ぎる。

 

・一際高く、
 冬空を劃る びるでいんぐの、
 窓に
 うすらな
 日がさしてゐる。

 

・吹き晴れの 寒空をかぎる
 びるでんぐの、
 窓の一つ
 赤く、
 かーてんを ひいてゐる。

 

・ほーる前の、
 ぷらたぬすの影に 身をひそめ、
 すとりーとがある
  人を探してる。

 

・とろりと
 光を湛へた 落日が、
 踏切のぽーるに、押へられてゐる。

 

・ほつり、
 ほつり、
 朝の高架線路に
 人が現はれ、
 靑天の下を一列(れつ)にゆく。

 

・單なるしう恥であらうか。
 裸婦像の
 大膽なぽーずの
  前をはなれる。
 ※長谷川昇氏作「裸婦」をみる

 

・動く街へ!
 近代裝飾の
 明るい街へ、
 爽かな全身感覺を放射してゐる。

 

・汚れたものとは思ふまい。
 ──そくそくと、
  彼女の妖艶な
 肢體が、
 迫つてくる。

 

・白堊館の屋上にかへる鳩ら 窓一ぱいの海 畑の菜つ葉に農夫が人肥(こえ)をかけてゐる

 

・時計臺の白い雲 白い柩を石でうつ。うなだれてゐるから 骨透くほどさみしうなる

 

・一日船のとほらぬ窓の海 それから灯がともり 少女が机で讀書してゐる

 

・白い柩に釘をうつ 白い顔でなければ黑い顔が障子に映つてゐる

 

・ほてるの窓をすぎる鷗ら すたいる・ぶつくを繰(く)つてゐるムスメと母 雲と麻雀牌

 

・どあをのつくする 麻雀牌とぱいぷ 外人の横顔とぴすとる 港外をすぎてゆくよつとがある

 

・燈臺を掠める きれぎれの霧 馬車が消える 海底のマンモス象の骨片(こつぺん)を魚らがこえる

 

・水平線にきえてゆくますとをみうしなふ 眼鏡をよぎる雲は 眼鏡をくもらす 鷗らの群

 

・母の背に 枯葉のおと、骨きざむ時計のおと、すぎてゆく風に怖れよ

 

・いつまでも坐つてゐる影、木の葉がちる、蟲がきて死ぬ 土のひえ

 

 ・結婚式にはモーニング 實(じつ)に氣どつて歌(うた)も詠(うた)へば なかなか私も役者である

 

・時としてなかなか私は喜劇役者。親から小遣(こづかひ)せしめたとき 莞爾(くわんじ)と笑(わら)うて戸外(そと)に出る

 

・氣取屋(きどりや)のなかなか私は千兩役者 街に出ては乞食(こじき)の唄に仔細(しさい)ありげな容子(ようす)ぶり

 

・なかなか私は隅(すみ)におけない千兩役者 人がゐるから 死人の床(とこ)に泪(なみだ)をおとす

 

・心なく母を欺(あざむ)くは この子。今日とても 金は大いに儲かると告げた

 

・小遣錢(こづかひ)は充分あり 今更結婚は望(のぞ)まぬ等(など)と母への嘘だつた

 

・あざむいて歸すとは 母よ思ふな。これが世の わが眞實なら──

 

・腦病院へ友を拉(と)られて その子らとみる庭の 草木(くさぎ)も 泪(なみだ)ながる

 

 ・ああ血統(けつとう)の黝(くろ)い壁(かべ) 十方(じつぽう)かくれなし 目をやる方(かた)もなし

 

・肉親(にくしん)の黝(くろ)い壁に 消えた 形もない あのうしろ姿(すがた)

 

・人の世(よ)の泪涸(なみだか)れ果(は)て 笑顔(ゑがほ)も變(かは)つた ぞんと窶(やつ)れたこの人妻

 

・人も新聞も來なくなり それでも人の子人の妻なら 待つてゐた

 

・血統の血の消えるまで いつまで待てど 暗(くら)いこの屋根(やね)の下 

 

・珍らしく裁縫などしてゐると 父が死んだとの電報がきた

 

・街では萬歳々々と兵を送つてゐた。袱紗(ふくさ)を抱(かか)へ 譯(わけ)もなく泪ぐむで走る

 

・嗚呼 黝(くろ)い血統の家(いへ)の壁 梅暦(うめごよみ)やうの繪の消えのこる

 

・落魄(らくはく)のロシア人波止場へ船を見にいつた。灰色の空に鳶が舞うてゐる

 

・パラグワイへ百七名の移民船(いみんせん)は 恰もさんざん雨にぬれ 踏み躙(にぢ)られた波止場のテープ

 

・黑い雨だ。パラグワイへ移民を送る 波止場の 傘の 侘(わび)しい賑やかさ

 

 

※「結婚式にはモーニング」以下、美木清一名義。

 

『現代短歌全集』(改造社)、『日本歌人協会年刊歌集 昭和10年』、『新短歌年刊歌集 1938年』より

 

美木行雄 Ⅰ

 

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