ノック・バツト型「のぞき器械」 丸山清  (稲垣足穂の周辺)

 
見たところ野球用のバツトであるが、提げてみるとノツク・バツトよりもいつそう輕いから携帶には至つて便利なしろものである。實際は樫の棒に似せたボール紙の細工物であつて、その中腹から左右に一本づゝ都合(あはせて)二本のゴム管が垂れさがり、又、その内部の洞穴(ほらあな)には多くの操人形(あやつりにんぎよう)と數種の豆樂器との仕掛けが巧妙にほどこされてある。能書(のうがき)に示された活字に依ると、先づ左の手でバツトの中心とおぼしいあたりを握つて空中に支へ、次ぎに二本のゴム管のはしを醫者の聽診器のやうな具合に兩の耳の中へあてがひ、望遠鏡で天體を究めるまねをして此のバツトの内部を細い方から覗き込めばいいのだが、それと同時に右の手でハンドル(附屬品)をバツトの横に穿たれてある小さい穴にさし込んでカラカラと廻すことをも是非わすれてはいけない、と、これが使用法のあらましである。さてハンドルの廻轉と共にどんな光景がバツトの内部に覗かれるかといふに、例へばバツトの外側に「雪の護持院ヶ原」としるされてあるとすればこれは日活映畵「修羅八荒」の一節であつて、白雪皚々の二番原三番原を見はるかす極めてぞんざいなセツトが御城の高石垣の書割をもそなへて、レンズの作用で思ひのほかひろびろと御貴殿(あなたさま)の視界に展開されることに相違ない。そして其處には十數個の小指大の人形が忍びの覆面黑裝束でめいめい蟲針(むしばり)を白刄になぞらへて振りかざし、ひョこりひョこりと間斷なくおじぎの交換をくりかへしながら眞綿の積雪の上をどうどう巡(めぐ)りしてゐるに過ぎない。おじぎと共に手にしてゐる蟲針がせわしく上下に動くのであるが、つまりこれが亂刀飛雪護持院ヶ原の寒けき殺陣を模した演出である。中央にわだかまつて多勢の頭巾黄裝束にかこまれ獨樂(こま)のやうにクルリクルリと旋囘してゐる人形が五分月代に大髻といふ風體(つくり)から察して主役河部五郎の扮する殘香惠之介であるらしく、群を離れてぢツと兩腕をこまねいてゐるのが近頃物騒至極の神道無念流の先生陣場彌十郎、彼方の松の樹かげから三味線をかゝへた上半身をのぞかせてと見こう見してゐる鳥追ひ姿こそヒロイン江戸節お駒かと思はれる。いつ果てるともなく無變化無勝負のチヤンバラをつゞける操人形のあつけなさはさることながら、ハンドルをまわすにつれて二本のゴム管の中を通過して御貴殿(あなたさま)の耳へさゝやく此の立ち廻り劇の伴奏樂(ヂンタ)のあほらしさにはまた格別の趣きがないでもない。チンチキトントンチントントン、チントコチントコチントコトコ、卽ちひろめ屋のマーチであるが、これは二本のゴム管によつてのみ御貴殿(あなたさま)の耳へ運ばれるこそばゆいほどに極くかすかな演奏であるから、或ひはチンチキトントンと鳴く蟲がこのボール紙製バツトのなかに秘密に飼つてあつて、數日後には蟲が空腹のために死亡してしまひ再び伴奏樂(ヂンタ)を聞けないこととなるのではあるまいか、などと一應は不審を抱いてみるが當然であらう。だがこれこそ數種の豆樂器の必死の活動(はたらき)によつて釀されるシンフオニーであると心得て置くがいゝ。

最近に新宿驛前の緣日を歩いた人はこのノツク・バツト型「のぞき器械」を賣つてゐるもう六十に近いきさくで漂逸な爺さんを眼に止めたであらうが、頭がつるりと禿げおはせ頰鬚とあご髯とをきれいに剃り落した𤏐徳利型(かんどくりがた)の面相が鉈豆煙管(なたまめぎせる)をパクリとくわえてめくら縞の着物のゑりにさゝつてゐるありさまを見るにつけても、この人こそこの未來派的舊式玩具を賣るためにのみ生れて來たことに相違ない、などと私の如き劒劇フアンがつい懷しさに涙ぐましくなつてしまふ。
「おい、爺さん、阪妻はあるかい。阪妻は。」
「オーライ、無明地獄に人形師、えーとそれから幕末、亂鬪の巷、毒笑、こゝンとこのが素浪人。」
「多味太郎の千葉周作はどうだ。」
「あツ、旦那、そいつを未だ封切らねぇンで……。」
當分のうち宣傳のために破格大安賣りの一本二十錢のところを更に十二本揃へて一ダース一圓といふ徳川な買ひ方があり、場所は新宿驛前の戸塚停留所に寄つた大道であるから、若し御貴殿(あなたさま)が武蔵野館のくらやみの中で西洋映畵の石鹼の泡に食傷したなら、毒消しとして、又、寢ながら樂しむために二三本なり一ダースなりを求めるといゝ。(完)

 

 

 補遺──仔細に檢査してみると、バツトの腹に針の溝ほどの小穴が無數に穿たれてあるが、これは筒の内部の闇を照らすためのあかり取りの窓である。特製品といふのがある、一本七十錢、但し、これにはあかり取りの窓が穿たれてない、といふてもカラカラとハンドルを廻すと同時に内部に豆デンキがともるやうに裝置してあるから、それには及ばぬのである、尤も別に電池を求める必要があるけれど……。いろとりどりの色紙細工が豆デンキの光を浴びるから、興味深い照明作用をうかゞふことが出來る。消燈した寢室のくらやみで弄ぶに適當であるが、爺さんの店にはいつも二三本しか用意されてない。そして、この方は一向に賣れ行きがないさうだから、値切れば三四十錢にまけぬとも限るまい。又、もとより玩具ではあるが、野球選手がサツクの中へ實用のバツトと共にこのノツク・バツト型のぞき器械を忍ばせて出場し、自分の打撃順を待つてゐる暇に時々ハンドルを廻してみるのも乙であらう。

 

 

 

 第九次『新思潮』22号 昭和2年(1927年)2月

 

 

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