春日
衣巻省三
猫と一室に戯れつくしても暮れなかつた
もう殺すよりほかない!
首をしめ終へると日はやつとくれた
死んだ猫はピクピク手を動かすのを止めない
春日は夜の中に僅かに生き殘つて手を動かしてゐる
空腹
初めお腹の中に虹がたつてゐる──あした天氣になあれ
──やがてその空が暮れゆくと蛭が這ひ出してきた
夜のレデイは、いづれも金魚のやうに生臭い。出目金(デメキン)が、どつかで近づきになつた女を思ひ出させた。
美しい時代
頂上は寳石のやうに輝いてゐた。もうそこは手がとゞきさうに近かつた。
君は空からやつてきたのだつた。僕の額をふみながら。
そこで君のあみあげの靴に挨拶をすると、目を鈴やかにして落ちて行つた。止まりたかつたのだが………。
君は水晶のうつり香をもつた少年だつた。
はるかの下で、君はいつまでも手をふつてゐた。
ひと束の菫の花の湖と、空色のシヤボン玉の煙をたてたゼンマイ仕掛けの汽車と。
君はそれらと共に消えた。僕はさびしく暮れのこる。
僕たちは美しい世界に住んでゐた。
『FANTASIA』第3輯 昭和5年(1930年)6月号