山田盈一郎  (モダニズム短歌)

 

昭和初期は、林亞夫とともにエリオット、パウンドの影響下にあったようですが。


・椅子の向ふに傾く海 記憶のシュミーズ 少女はリボンが何故悲しいか

・風は白い廣場で廻らない 蒼褪めた銅像の上に影が降りてくる

・丘を蒙古風のアクセントが越える 少女の素肌が露字新聞の蔭に隠される

・地球儀の中から鳩が翔び昇(あが)る 窓の向ふから少女が手を擧げて挨拶する

・秋 小鳥は透明な心臓を持つ 少女は白い手套を脱いで梢にかける

・黄昏は白い掌のやうに美しい 啣へたパイプの中に沈む家具をみる

・ポートレイトに汽船が印刷される 日曜のハバナ煙草は石炭の匂ひがする

・室内・少女の痩せた肩と椅子が夢みる 街の朽葉は海へおちる

・シャルマンな雄鶏は吠えない ピカピカする海岸線は寢臺の上に續いてゐる

・鳴らないピアノはミルクの海になる 退屈なパイプは終日空を吐いてゐる

・リボンを附ける夕暮 Bon Bon 子供部屋に子供がゐなくなる

・古びた街は街の中にある・花屋の花は花屋の花を美しく飾つてる

・やがて僕の影に影が降りる 羊齒類の眠る午後の雲が樹木の上にとまる

・桃や梨や乾葡萄を収穫する夏は雲やスポンヂや貝殻蟲と比格される

・蜂の巢箱の廻りを自轉車でとばす 快適な氣候(クリマ)のために白いハンカチを吹かせる

・少女は陳列される 鶏などゐる牧場の花色の背景を持つ少女は陳列される

・果樹園の昆蟲は新聞紙のやうに繁殖する手押ポンプの上で一日雲が廻轉する

・一束の燐寸ほどの夕暮 楡の木の下に來る僕は僕の一番近くにゐる

・卵形の競馬場の先は屈折する 蝶とパラソルと雲とパラソルと雲と蝶と間違へる

・鳩は經驗に於いて鳩等にひとしい。それ故に少女の乳房は手袋の如く認識される。

・風と噴水と 陽は遙るか ひかる 樹木(きぎ)をこえる午後

・リンネルの空と錻力の蝶が走る。風は幾度か屋根に当つては曲つた

 

 

平井乙麿編『流線車』(短歌藝術社、昭和9年(1934年))より
※この歌集は、前田夕暮門下の彦根支社の同人達による短歌誌『藝術短歌』の合同歌集。

 

略歴

昭和5年呼子と口笛』に出稿。また同じ時期『短歌月刊』へも投稿していたようである(新短歌との接触)。

『若草』への投稿から前田夕暮と触れ合い、昭和6年夕暮の結社誌『詩歌』へ入社。

昭和7年『詩歌』の準同人となり、同年秋、古川伝三郎を通じ宮崎信義等の『詩歌』の仲間と平井乙麿が主になり『藝術短歌』を発行。

昭和9年『藝術短歌』の同人達との合同歌集『流線車』刊行。間もなくカタカナ書きの作品を『詩歌』に送っても平がなに直されるなど、その他の事情にて『詩歌』より退社。詩誌『椎の木』へ送稿。逗子八郎主宰の『短歌と方法』へ入社。

その後『短歌と方法』を編集しつつ、林亞夫、椎名勇ととも昭和11年『デパアル』創刊。

昭和14年渡満。

戦後は『新短歌』『芸術と自由』同人。

 

 

 

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