平井乙麿  (モダニズム短歌)

 

・五月 靑い靑い 班猫(はんめう)のやうな眼になでられ ガラスのやうに痩せて 寢てゐる私

・肉体ふかく 靑い魚のやうな眼と 班猫(はんめう)のやうな眼とがさいなむ 私といふものを

・眼をつむれば 白い細い線 眼球をくるみ肉体の底ふかく 細胞は崩れおちる

・愛も憎しみも 水のやうに沈んでゆけ 肉体 靑葉の頃を 白う透(す)けていつた

・赤線を越える体溫計 眼をつむれば 腦漿の澱みの遙を 死は 水のやうに沈淪した

・疲れた眸を 白い白い風の流れ 風の流れに透(す)けた掌(てのひら)の 掌(てのひら)の死の陰翳(かげ)を ベッドに見た

・夜の凋むロビイ 星は 冷たい灯をともして網膜の底ふかくを すべりおちた

・靑い靑い 木の實のやうな情熱の ひとすぢに攀ぢのぼる胸の 恢復期に向ふか

・風 風のながれ 風のゆくへ 風のやうな愛情ゆゑに 白いたんぽぽの 流れだつた

・季節の 風速計量器と云はうか たんぽぽの絮毛 白いカァブを 野に描いた

・巻直した帶のはしから たんぽぽの絮毛がとんだ 白い足 生垣をすぎた

・純白な フランネルの暖さで A・M XI時の太陽光線を 背負つて歩いた 雪原

・風ふけば 風のゆくへにくづれる 白い細い噴水塔 ひつそり 黎明(よあけ)のベンチに來た

・ポストマン ひつそりすぎた 蔓ばらの垣根を透(す)けて見える 白い胴体の犬

・蔓ばらの 小さい風に吹かれた──記憶のなかに 野茨が咲き 少女がゐた

・少女 乳の角度へ 赤い小さい蔓ばらの花を咲かせ 齒を磨いてゐる

・やがて 力學的な春もおとづれるか 水銀は科學の正確な觸手を 空へのばす

・水銀の示角をよむ子供の小さい指のそばでフラウは 時計のネヂを巻き 正午のサイレンを待つ

・住宅の戸口の犬 ポストマンの冷く磨かれた合羽 樹木は雨に濡れ 風の方位に光る

文化住宅街の窓になるサイレン〈正午〉フラウはエプロンに手をくるめて 雨の樹林に向いて立つ

 

 

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