小關茂(小関茂) Ⅰ  (モダニズム短歌)

 

中野嘉一が、足穂と似た宇宙論的世界と呼んだ小關茂の短歌です。私の印象では、シュペルヴィエルパステルナークの詩の世界に近く感じられます。

 1968年に戦前の歌を纏めた『小関茂歌集Ⅱ』から選んだので、基本、現代仮名遣いで表記しています。(将来初出を見つけたら仮名遣いを変える可能性大)

「太陽を載せた汽船」は合同歌集『十一人』(昭和5)所収で、中野が小關の最高傑作と称したもの、『小関茂歌集Ⅱ』にも収められていますが、配列等が違うので『十一人』の方を取りました。

 

 

     都會の遠望

・風が飛んでくる、風を裂いてゆけば、森の上のコンクリート・タワー

・枯枝の影を踏んでゆく土の彈性 ! 白く光る都會が展開してくる

・赫い丘陵を越えてくれば氷原のやうに涯もないひそやかな大都會

・にぶい銀色に光つてゐる海の遠望、厚い光の層を裂いてくる太陽

・平野から光つた粉が飛び立つのだ、きらきらと空がゆれてゐる

・自分がちつぽけにちつぽけになつて歩いてるいちめんの麥の芽の中を

     街の彷徨者

・はげしい心をおしつぶして、まつしぐらに歩きまはる自分よ、止つてくれ

・どうかして徴笑をしてみようとする、控室の柱の陰で(職業紹介所)

・顔が歪んでくる、沈默の底に彼女の汚れた足袋がぽつんとある

     疲れた都會

・そこらぢう漠然とした呪詛がおしつぶされてゐる都會の疲れた沈默

・どこへいつてもうづく神經が、ぢつとしてゐて厚い壁を透してうなづきあふ

     夕ぐれ──凍つてゆく

・ふかい夕ぐれの騒音に、はつきりとひとつ凧がうなつてゐる

・とりつきやうもないさびしさで夕焼の中に立つてゐる電信柱

・ふきとばされる紙屑といつしよに街から街へふきとばされてゆく

・くろい空から凍(し)みた月がぽろぽろとかけて落ちる、硫黄のやうにもろく

・風までが透明な水晶となつて凍りはて、つめたくてもろい月がそこにある

・くろい空がきしみながら凍つてゆく、しづかにつめたく暮れてゆき

・風もなく日が暮れる、ものうげに靑い空の底から

・ひそやかにまたしづかに、萬物は空のふかみから夜となる

     都會の未端

・どつかでわつと喚きさうな豫感のするしんとした街はづれ

・自分をどつかへ棄てようと思ひ、知らない犬を呼んでみる

・あをい泥色で描いた街はづれ、私の後姿が見える

・ぎがんとまがつた橋のアーチ、しなびた子どもらが渡つてゐる

     變電所

・あをぐろい壁をしてぢつと立つてゐる變電所の前の碍子の列

・煙もたてずぢつとしてゐる變電所の窓のつめたい凝視

・厚い壁の向ふできいんといふさびしいダイナモのうなり

・送電線が河を渡つてくる、都會はくろい生物である

・山かげに並ぶ墓標にとんぼがとまり、飛んでいつてしまふ

・夜ふけてあかいリボンがある、それが私にまとまつたことを考へさせない

・はれやかにまつ白い客船がひとつ、泥色をした港にはいつてくる

・見知らない街が見える、大雨のあとの石橋の白さ

・このつめたさはどこからくる、誰か一人ぐらゐは通りさうなものだ

     太陽を載せた汽船

・太陽がくるくると廻つて汽船(ふね)の中に沈んでしまつた、私も乗らう

・水平線からくだつてゆく汽船(ふね)の白さ、透明な海の向ふ側を

・汽船は太陽を載せて透明な海の斜面を沈んでいつた

 

以上、合同歌集『十一人』所収「太陽を載せた汽船」より

 

・私の胸で規則正しく搏っている鼓動、高いたかい天へひろがってゆく

・地平に接しているところからねばねばと溶けて流れる空

・なんにもないからっぽの空間(くうかん)、夜中ごろ起きてあかりをつける

・夜あけごろふっと起るざわめき、おどろいて物体(もの)に手をふれてみる

・猫の仔夜中でも起きていて、あかりをつけたら僕の眼をみた

・私の中で野原が鳴る、私には私が見えない、さびしさ

・野原と空のつぎ目からころがり落ちてやろう、月のあっち側

・うすあかり、どこにも陰影のない鉄橋、私が渡っている

・人間があれあんなにちいさくて黒い点、さびしくない郊外

・日なか、影のある郊外の家、人間のけはいがする

・猫の仔め、ぼくをみている──がこゝはいったいどこだろうな

・さびしさに触られそう。向うむきになって歩いている

・いってもいってもおんなじ道、ふりかえってみるひろい地平

・風め、僕ん中をふっとんでいけ、植物ん中をふっとんでいけ

・野菊の花、首だけ出して流れてゆく、さびしい河、魚がいない

・積雲光り、ぐんぐん昇る。雲ん中の土堤を子どもらいっさんに

・すぽんと空ん中へ石を抛った。犬っころめおどろいている

・ちっぽけな生きものめ、魚のくせに人間が怖いのか、みてやるぞ

・盛りあがり、いつもたゞひっそりと船のひっついている海

・空をゆく風の透明。音を運んでくる、この丘の上にまでも

・起ち上ろうとする自分の肩を抱いている。ぐうっと抱きしめている

・炭の火が白く崩れてゆくのに、カーテンの外はたゞいちめんの夜じゃないか

・今きたばかりなのに古びたハガキ、なんべん読んでもきいろい黄昏

・どっち向いても陰影のないたそがれ、さみしくって歩かれない

・へんに荒果てた地平、煙だけあがってゆく、青々と澄んだ空

・うっとりとみる街並──犯し難い、森厳な、ひそやかな傾き──真昼

・こおろぎ、宇宙のどっかでないている。夜・金ペンにみとれていると

・河の中、ゆれている、いちめんに、宇宙がゆれているような

・くろいものが、ゆれながら、漂いながら、光りながら、いってしまった

・マッチをすりたい、おどかしてやりたい、消してやりたい、この自我を

・石の中の、ひとりの暗にめざめている。頭だけ、光のように憎んでいる。

・一人の俺はあざ笑い、一人は字を書いていた。そして夜が明けはじめた

・いつみてもその雲はそこに、窓だけの四角に眼の痛くなる空があって

・夜あけにふとさめて、空の高みをゆく風の音を聞いた

・一粒の麦地に落ちて──熊は故郷を考えている               (熊)

・足の間から見える空は故郷の庭に咲いたエゾギクの色だった          (熊)

・悪辱の日は終り、途方もなくしんかんとした月の出であった

・あれはやはりこんな夜であった。激しい息をしながら見た月であった。

・いつの日か、わたしはロケットに乗り、そうだあの「雨の海」へ降りようか

・光り輝く球形の世界──眼もくらむばかり荒凉たるところ

・まん中の山は地球に向い、縁辺の山は宇宙の遙か彼方に向う

・虫がなき、月は昇る。月はアジアの天心にかゝっている

 

 

 

合同歌集『十一人』、『小関茂歌集Ⅱ』より

 

小関茂 Ⅱ

 

参考文献
香川進『現代歌人論〈第2〉』 (桜楓社出版 1962)
芸術と自由社編『新短歌作家論』(多摩書房 1969) 
小関茂研究会編『歌人小関茂ー作品とその世界』( 短歌新聞社 1977)

 


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